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111 不屈の魔術師


 頼れる先輩に引っ張ってもらって、私たちアーデンフェルド代表は勝ち続けた。

 並み居る難敵を打ち倒し、遂に本戦出場権を懸けた予選最終戦に進出。


 期待された通りの理想的な展開。

 しかし、私はここで最も高い壁にぶつかることになる。


 魔導国代表の三選手。

 予選最終戦でその一人と私が当たることになってしまったのだ。


 前回大会では、アーデンフェルド代表の選手が何もさせてもらえず完敗したという大陸西部最強の対戦相手。


「あの小さい子の快進撃もここまでか」

「私応援してたんだけどな」

「うちの代表相手じゃ厳しすぎるって」


 聞こえてくる世間の声。

 元々平民出身の気兼ねなく低評価をつけられる相手みたいな扱いをされていた私なわけで、みんな負けて当然という風に思っているんだろうけど。


 しかし、私には負けられない理由がある。



「この最終予選、俺は両手で足りない数の相手に厳命されている。『絶対に勝て。主将として全員を突破させろ。敗北は許されない』」



 先輩に課せられたミッションは全員での最終予選突破だ。

 よくしてくれる先輩を守るためにも、ここは絶対に勝たないと。


「ノエルさんの相手はルーベンス・メンゲルベルク。魔導国ナンバー2の実力者。齢六十を超えてさらに力を増している《不屈の魔術師》。状態異常魔法を使っての持久戦では大陸西部最強と言われているわ。搦め手を使って相手の良さを徹底的に消した上で完封する。ノエルさんとは相性的にも難しい相手になるわ」


 強いだけじゃなくやりづらいタイプの相手。

 レティシアさんにも協力してもらって対策と準備を立てる。


「いいか。俺たちはチームだ。勝って三人全員でこの予選を突破するぞ」


 勇気づけてくれるライアン先輩。

 試合前には三人で円陣を組んで、冷めてるルークもなんだかんだそこは乗ってくれて。


 何より、私を奮い立たせてくれたのはひとつ前の試合を戦ったあいつの姿だった。


 たった十四秒。

 何一つさせない一方的な試合展開での完勝。


 大歓声の中、向けられた蒼い瞳に私は気づいていた。


 ついてこれる?


 そう言いたげな、挑発するような視線。


 上等だ、と思う。

 絶対置いて行かれてなんてやらないんだから。


 できるだけのことはやってきた。

 あとは、やるべきことを全力でやりきるだけ。


 観客席の視線もまったく気にならなかった。


 私にはもう、目の前の対戦相手しか見えない。






 ◇  ◇  ◇


(良い目をしておるな)


 ルーベンス・メンゲルベルクは相対する小柄な魔法使いに対して思う。

 齢六十を超えてなお魔法への情熱を失わない彼にとって、その女性魔法使いは好ましい存在としてその目に映った。


(この若さでここまでの魔力と術式精度。いったいどれだけの修練を積んできたのか。同じ年齢の儂では到底敵わぬな)


 自らの若い頃を思い返して苦笑する。


(だが、今の儂なら何も問題ない)


 自身が最も得意とする状態異常魔法。


 試合開始直後、魔法式を起動したルーベンスは小柄な魔法使いの反応に微笑む。


(十全に準備して来ておるわ)


 優秀な参謀がついているのだろう。

 ルーベンスの使う魔法の効果範囲を分析した上で、安全に戦える位置を保ち続ける。


 自身が参謀を務めていたとしても、同様の策で挑んでいたことだろう。

 しかしだからこそ、老魔法使いはそこに罠を張っていた。


(できれば伏せておきたかったが、温存してここで勝てなければ何の意味も無い。悪いが、最初の犠牲者になってもらうぞ)


 今回の国別対抗戦に向けて用意していた奥の手を起動する。


視界を闇で覆う魔法ハート・オブ・ダークネス






 ◇  ◇  ◇


 瞬間、黒が私の視界を塗りつぶした。

 かすかな薄さもない完全で深い闇だった。


 何も見えない。

 灯りが落とされた地下室のようにすべてが闇に落ちている。


 おそらく、何らかの状態異常魔法を受けたのだろう。

 視覚を阻害する魔法の研究例は本で読んだことがある。

 魔法戦闘において実用化された例は聞いたことが無いけれど、状態異常魔法を専門としてそれだけに人生を捧げてきた魔法使いさんなら、たどり着いていてもおかしくない。


 続いて私を襲ったのは身体を重たくする状態異常魔法――おそらく毒。

 痺れて動きづらい感覚は麻痺。いくつかの魔法が思いだせないのは忘却魔法の類いだろう。


 状態異常魔法のフルコース。

 私の動きを封じ、長所を消した上で確実に削り潰すのが狙いらしい。


 すごい、と素直にそう思った。

 戦いの中で警戒する相手に対し、ここまで精度の高い状態異常魔法が使えるなんて。


 この人は何十年もの間魔法に情熱を注ぎ、自分の腕を磨き続けたのだ。

 長い道のりの先にたどり着いた極限。


 だからこそ、私は胸に熱いものを感じている。

 魔法を好きだって気持ちは私も同じだから。


 間違いない。

 この人も本物。

 全力をぶつけて挑みたいと思わせてくれる強敵。


 胸を借りさせてもらいます、と私は目を閉じる。

 どうせ見えないなら、見なくて良い。


 心の目で見る。

 感じる。


 行こう、私の大好き――






 ◇  ◇  ◇


(動揺しない、か)


 用意していた奥の手。

 対象の視覚を潰す魔法。

 対して、目の前の小柄な魔法使いは落ち着いていた。


 取り乱すことも臆すこともない。

 賞賛に値する心の強さ。

 逆境への耐性。


(やはりただ者ではない。四年後なら負けていたかもしれぬな)


 しかし、現時点ではまだこちらが上。

 築かれた絶対的優位を覆す力は彼女には無い。


氷槍の雨アイシクルランス


 視界を封じられた状態での攻撃魔法。

 豪雨のように殺到する氷の槍。

 炸裂する猛撃。


(防御魔法を展開することもできなかったか。無理もない)


 しかし次の瞬間、彼の目に映ったのは予想だにしていなかった光景だった。


(バカな、あの連撃を……!?)


 殺到する氷槍の連続攻撃を彼女は見えているかのようなステップでかわしたのだ。


 状態異常魔法から抜け出したということだろうか。

 いや、このわずかな時間であの術式から抜け出せる魔法使いなんて世界中どこにもいないはず。


(だったらどうやって……)


 小柄な魔法使いを観察するルーベンスはやがて、ひとつの結論にたどり着く。


(まさか、風魔法で空間を把握して――)


 見えていない。

 視界を封じられた状態で攻撃をかわしている。


 自ら目を閉じ、空気の流れだけを頼りに攻撃に対処する。


 瞬間、肩口をかすめた風魔法の刃に老魔法使いは絶句した。


(視覚を封じられた状態でこの動き……)


 首筋を冷たいものが伝う。


(化物か、此奴)




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