106 二つのお守り
魔導国リースベニア。
国民の三分の一を魔法使いが占めるこの国は、西方大陸における魔法先進国のひとつとして知られている。
中央諸国を襲った古龍種の暴走から人々を守り、封印都市グラムベルンへの封印を成功させた大魔法使い――グラハム・リースベニアによって建国されたこの国は、そのルーツもあって魔法への関心が際だって高い。
王室から下級貴族まで多くの要職を魔法使いが務めるこの国が、国別対抗戦に力を入れ始めたのは八年前の前々回大会のこと。
以来、その優れた技術力で目覚ましい結果を出し、前回大会では最終予選を代表選手三人全員が突破している。
前回の最終予選でアーデンフェルド王国の代表選手が全滅しちゃったのは、この三人に当たってしまったのも原因なんだよね。
今回も同じ三人が出場しているとのこと。
王国にとっては最大のライバルであると言える。
うう……緊張してきた……。
気分転換に散歩してこよう。
代表選手が多く泊まっている宿舎の周りを歩く。
しかし、これが逆効果だった。
あちこちから感じる強い魔力の気配。
ば、化物だらけなんだけど……。
さすが各国を代表する強者たちと言うしかない。
あまりに強い気配の数々に戸惑っていた私は、その中に見知ったものを見つけて足を止めた。
――あいつ、もう練習してる。
気づかれないよう注意しつつ、練習するその姿を覗き見る。
地味で楽しくない基礎練習を一心に繰り返す後ろ姿。
変わってないな、とうれしくなった。
簡単にやっているように見えて、努力を見せないだけ。
あいつを作っているのは途方もない量の反復だ。
負けてられない。
私も隠れて練習できるところを探さなくちゃ。
近くにあった神殿の裏手で練習をした。
基礎練習を小一時間ほど続けていると、少しずつ気持ちも落ち着いてくる。
よし! 今日は終わり!
満足して宿舎に帰ろうとした私は、道ばたでお守りが売られていることに気づく。
こういうときは神頼みも大切だし、買っておくか。
ひとつください、と言いかけてやめた。
少し考えてから、私は言う。
「じゃあ、これを――」
「お守り?」
宿舎での夕食後、買って来たそれを渡すと、ルークは驚いた様子で瞳を揺らした。
「うん、必勝祈願。こういうのも大切かなって」
言ってから、ふと学生時代のやりとりを思いだして続ける。
「ルークは神様とか信じてないって言ってたしいらないかもだけど」
「あれ? そんなこと言った?」
「言ってたよ。覚えてない? 魔術学院の卒業試験前」
「…………」
「うわ、忘れてるじゃんこの人」
私は白い目でルークを見つつ言う。
「心優しい私は、卒業試験の一週間前に、ルークの分のお守りも買ってあげたわけ。ところが、渡そうと話を切り出したら最悪のタイミングでそんなことを言いだしてさ」
「……あったかもしれない」
「もう渡しづらいったらなかったよ。もったいないから強引に押しつけたけど」
懐かしい記憶を思い返しつつ言う。
ルークにとってはありがた迷惑だったかもしれないけど。
まあ、私が渡したかっただけだしね。
「あんたの主義とは違うかもだけど、もらっときなさいな。一緒に勝ち進んで魔導国の人たちをびっくりさせてやろうぞ」
なんだかちょっと照れくさくて。
冗談めかして言うと、ルークはくすりと笑った。
「うん」
◇ ◇ ◇
『言ってたよ。覚えてない? 魔術学院の卒業試験』
そう言われて、ルーク・ヴァルトシュタインはうまく言葉を返せなかった。
本当はその日のことも昨日のことのようにすぐ思いだせて。
だけど、覚えすぎているのも変に思われるかも、とか余計な気持ちが頭を巡った。
ぎこちない反応を彼女はどう思っただろう。
気にしてしまう自分に嘆息しつつ、渡されたお守りを見つめる。
簡素な作りのそれを大切に内ポケットにしまった。
ポケットの中で、指が別の何かに触れる。
彼女がいなくなったことを確認して、そっと取り出した。
そこにあったのは古くなったお守り。
本当は、あの日もらったそれを今も持ち歩いている。






