104 特別公開練習4
とても対等とは呼べない戦い。
小さな魔法使いの敗北を確信した観客の一部は戦況から興味を失い始めていた。
「あとどのくらい保つと思う?」
「もう限界だろう。結果は見えてる」
「そもそも、無理があったんだよ。あんなガキみたいに小さい平民女が代表選手なんて」
「そこまで言うことないだろう。十分がんばってるよ、あの子も。さすがに今回は無謀すぎだったが」
結末を確信した上での会話。
「いいや。あの小娘は贔屓されてる。あの戦いぶりを見ろ。あんなのが歴代二位の早さで昇格とかありえるわけ――」
轟音が響いたのはそのときだった。
言葉を遮られた男が、いらだった様子でフィールドに視線を向ける。
「なんだよ、いったい」
怒れる目で見つめて、そのまま硬直した。
時間が静止したかのような一瞬。
その表情が虚をつかれたものに変わる。
「………………え?」
つぶやきはやけに大きく感じられた。
誰も何も言わない。
魅入られたかのように戦況を見つめることしかできない。
十対一。
実績も経験も到底敵わない精鋭を相手にして、
絶望的な数的不利を跳ね返し、魔術砲火を正面から迎え撃って相殺する小さな魔法使い。
「うそ、だろ……」
声はふるえていた。
観客たちは、ただ戦況に見入っている。
◇ ◇ ◇
(面白い! そう来なくては――!)
新人魔法使いの見せた予想外の力。
その姿に内心胸を躍らせていたのが、一番隊に所属する魔法使いたちだった。
王宮魔術師団でも最も優秀な精鋭が配属される一番隊は、王国魔法界の統括と管理を主たる仕事としている。
制度作りや監査といった実務的な職務も多い彼らは、普段なかなか経験できない強者との戦いを求めてこの公開練習に参加していた。
たまには管理側の仕事ではなく、一人の魔法使いとして、全力で戦っても壊れない相手に自らの力をぶつけてみたい。
彼らの武器はその頭脳だ。
他の隊に比べて際だって高い知力と分析力を持つ彼らは、ノエル・スプリングフィールドの動きの一つ一つに隠された意図があることに気づいていた。
高い状況判断力と見えない工夫。
力任せに戦っているように見えて、真実はまったくその対極にある。
不足を補うために、相手が効率よく力を発揮できない立ち位置に常に立ち、攻撃を局所集中することで、部分的に均衡を作って対抗する。
彼女が突いているのはこちらの弱点だ。
各隊と王の盾の寄せ集めである今回の参加者は、チームとしての練度にどうしても欠けた部分がある。
個の戦術理解度が高い分、一見存在しないように見える連携の隙。
しかし、そこに生じるわずかなギャップこそが彼女が魔術砲火を相殺できる理由になっていた。
(おそらくその事実に気づいているのは我ら一番隊の魔術師だけ。末恐ろしい状況判断能力)
いったいどれほどの地獄を経験すればこの若さでここまでの域に到達できるのか。
(しかし、相手が悪かったな。タネさえわかってしまえば対処の方法もある。他の連中では難しくても、我々にできないことではない)
彼女が利用している連携の隙を逆用し、行動を先読みして最も対処しづらいタイミングで攻撃を集中する。
効果は残酷なほどに明らかだった。
不意を打たれた彼女は攻撃をかわしきれず、被弾。
瞬く間に壁際まで押し込まれる。
それは半ば必然の結果だった。
連携の隙を突き、攻撃を局所に集中して作った均衡だったのだ。
地力の差は明らか。
そこさえ埋めてしまえば、戦況の針は一気に傾いて戻らない。
怒濤の猛攻に後退することしかできないノエル・スプリングフィールド。
濁流を前に為す術のない小石のように、かろうじて致命傷を避けるだけで精一杯。
(賞賛しよう。君はこの戦力差を前によく戦った)
もはや形勢を立て直すことは不可能。
決着をつけようと踏み込む一番隊の魔術師たち。
(終わりだ)
周囲の空間を埋め尽くすように展開する魔方陣。
無数の魔術砲火が彼女に殺到して――
瞬間、彼らを襲ったのは経験したことのない悪寒だった。
(なん、だ……!?)
強振する大地。
質量を持った衝撃波が全身を叩く。
(術式起動速度が上がって――)
放たれたのはそれまでより連射速度を増した風の大砲。
立ち位置で連携の隙をつけなくなった中で、それでも局所的有利を作り魔術砲火を押し返せるところまで術式起動速度が向上している。
(戦いの中で力を増しているのか……!?)
今までの彼女が手を抜いていたようには思えない。
おそらく、自分でも制御できるようなものではないのだろう。
あくまで本能的に、敵の攻撃に対して行われる効率化と最適化。
戦いの中で自身を作り替え、進化していく怪物。
小さな身体に眠る底知れない力。
その速度はさらに増していく。
(なんだ、これは……)
強烈な悪寒。
果てしなく増大する魔力の気配。
「――――まずい」
瞬間、割り込んだのは二人の聖宝級魔術師だった。
炎熱系最強と称される《業炎の魔術師》――ガウェイン・スタークと、氷結系最強と称される《白銀の魔術師》――クリス・シャーロック。
目にも留まらぬ速度での首筋への手刀。
突然の不意打ち。
意識を失う小さな魔法使い。
二人は一瞬で小さな魔法使いを無力化して言う。
「既に三分経ってる。ノエル・スプリングフィールドの勝ちだ」
低いトーンの言葉。
そこにはかすかな焦りの色が感じられた。
自分たちには一切目もくれず、二人がかりで彼女を止めた二人の聖宝級魔術師。
(止めていなければいったい何が……)
握りしめていた手の中は、経験したことのない量の汗で濡れていた。
歴代二位の速さで昇格を続ける新人魔法使い。
その真価はまだ彼女の中に眠っている。






