100 願い続けてきたもの
国別対抗戦に出場するには、各地域で行われる最終予選で出場権を勝ち取る必要がある。
アーデンフェルド王国が組み込まれているのは大陸西部最終予選。
しかし、この最終予選で近年王国は苦戦を強いられている。
他の国が総力を挙げて準備をしている中、魔法使いの本分から外れたものとしてあまり力を入れずに選手を派遣していたのがその原因。
そもそも、アーデンフェルドの王宮魔術師団は魔法研究に重きを置く組織として作られてきた伝統がある。
今の総長も人類史上初の時間遡行魔法に成功した人だったりと魔法の研究に力を入れている人が多いんだよね。
だからこそ、本気で取り組めばもっと良い成績が残せるはずなのに、と悔しく思っていた記憶がある。
四年前に行われた前回の最終予選では派遣された三人の代表選手がすべてここで敗退。
一人も本戦に進むことはできなかった。
この結果を評して帝国内ではアーデンフェルド王国を「もはや我々の敵ではない」とか「時代遅れの魔法後進国」なんて書いている新聞社もあるのだとか。
帝国だって大森林から森妖精族の魔法使いを助っ人として呼んできて優勝してるだけでしょうに!
許せねえよなぁ! ぶっ飛ばしてやる!
「いいぞスプリングフィールド。その意気だ」
言ったのは、同じく代表選手に選ばれた先輩だった。
一番隊第三席を務める聖金級魔術師――ライアン・アーチブレット。
「戦いに勝つために必要なのは燃えたぎる熱い心。なるほど、さすがは歴代二位の早さで昇格してきた注目の新星というだけのことはある」
ライアン先輩は満足げにうなずきつつ続ける。
「いいか、スプリングフィールド。俺たちには無限の可能性がある。極東に分布するこの竹という植物を見ろ。嵐にも雪にも負けずしなやかに立ち続け、空に向け顔を上げ続ける。なんと美しく力強い姿だろう。俺たちもあの竹のように今を全力で戦おうじゃないか。お前なら絶対できる。今日から俺たちはバンブーだ!」
「…………」
ガウェインさんに次ぐ炎熱系魔法の使い手であるこの先輩。
私は少しの間、特殊な人だなぁ、と改めて実感してから、
「そうです! バンブーです!」
と拳を突き上げる。
「やるぞ! さあ、走り込みだスプリングフィールド!」
「はい! 夕日に向かって走りましょう先輩!」
面白そうなノリにはとりあえず乗っかっておくのが私の主義である。
こういう熱いの、好きな方だしね。
対極である冷静クール系男子なルークは、めちゃくちゃ冷めた目で私と先輩のことを見てたけど。
ルークもやればいいのにな。楽しいのに。
そう伝えたところ、
「絶対やらない」
と有無を言わさぬ返事。
しかし、今回の代表選手は私たち三人でチームなのだ。
全員でやった方が雰囲気的にも絶対いいはず。
そう考えた私は秘策を打ち出すことにした。
「ねえねえ、ルーク。バンブーやってくれたら特別にこのお弁当の卵焼きあげてもいいよ」
「いらない」
「ぐ……ならば仕方ない。ひとつだけ。ひとつだけならこの唐揚げも」
「僕のハンバーグ食べる?」
「いいの!? ありがと! わーい!」
ルークが暮らすお屋敷の料理長さんが作ったハンバーグはとろとろで頬が溶け落ちそうなくらいおいしかった。
予想外の大戦果に幸せいっぱいで昼食を終えてから、不意に気づく。
はっ!
しまった……!
ハンバーグの誘惑に負けて、完全に当初の目的を忘れていた。
さすがルーク。
知性と教養にあふれた素敵大人女子の私を欺くとは……!
一筋縄ではいかない。
頭脳レベルではこの私とまったくの互角と言っていいだろう。
親友の力に改めて感心しつつ、とろふわハンバーグの幸せ味を思い返す。
……明日ももらえないかお願いしてみよう。
◇ ◇ ◇
国別対抗戦に向けて始まった代表選手としてのトレーニング。
王宮魔術師団特別演習場の控え室で、ルーク・ヴァルトシュタインは考える。
(バンブーってなんだ……)
現実主義者であり状況を冷静に客観視しているタイプのルークにとって、人並み外れた熱さを持つその先輩は最も理解できない部類の相手だった。
とはいえ、だからと言ってそれだけで思い悩むほど彼は人に期待していない。
理解することができない相手もいると最初から割り切っているし、要領よく人としてすべきことだけしていれば、さして問題もなく無難で良好な関係の相手として関わっていくことができると知っている。
問題は――そこに彼が何より大切に思っている相手が関係していること。
『やるぞ! さあ、走り込みだスプリングフィールド!』
『はい! 夕日に向かって走りましょう先輩!』
彼女はその先輩とすぐに気が合った。
元々体育会系の相手と相性が良い活発な性格。
学院時代も運動部の先輩と学食大食いバトル最強の座を競っていた彼女なので、予期していた事態ではあったのだが。
それでも、意気投合する二人の姿は、見ていて気分の良いものではない。
(……バカか。大人になれよ、僕)
愚かな感情であることは理解している。
そもそも、名家の次期当主である自分は彼女と結ばれること自体許されない立場だ。
近づきすぎれば彼女を傷つけることになるし、そもそも彼女がそれを望まない可能性だってある。
自分に許されるのは隣で彼女を見守るところまで。
彼女が幸せになれるのであれば、別の誰かと結ばれたとしても祝福しないといけない。
君が幸せならそれで僕は幸せだから。
心の底からそう言える自分でありたいのに。
(くだらないな、僕は)
自嘲気味にそんなことを考えつつ、一日の練習を終える。
住んでいるヴァルトシュタイン家の別邸に帰ったルークを迎えたのは、片眼鏡の老執事だった。
「おかえりなさいませ、ルーク様」
「うん。ありがとう」
言葉をかわしつつ、二人が向かったのは屋敷の二階最奥にある部屋だった。
真っ暗な闇に沈んだその中に、カーテンの隙間から外の灯りが射し込んでいる。
「首尾はどうですか」
言葉は闇の中で普段とは少し違う響き方をしているように感じられた。
「すべて予定通り進んでおります、ルーク様」
老執事はうなずく。
「聖宝級魔術師への昇格人事に際し、王宮内の有力貴族のうち三分の一を取り込むことに成功しました。とはいえ、中立層を納得させられるだけの成果があればとの条件付きではありますが」
「うん。それでいいよ。十分すぎるくらい」
ルーク・ヴァルトシュタインは言う。
「やっとここまできた。やっと……」
噛みしめるような言葉。
願い続けた時間がそこにはにじんでいた。
彼はずっとこの機会を求め続けていたのだ。
最年少記録を大きく更新する形での聖宝級魔術師への昇格。
家柄も立場も思惑も、すべてを黙らせられる圧倒的な成果。
王国史上最高の魔法使いに手が届く。
平民である彼女と結ばれることさえ認めさせられる。
「しかし、ルーク様。あまり期待しすぎない方が……歴代最年少を大幅に更新することになる中で、中立層を納得させられる成果というのは簡単なものではありません」
「わかってる。準優勝では届かないだろうね。優勝するしかない」
「国別対抗戦は各国を代表する魔法使いが、自らの価値を示すために全力で戦う過酷な戦いです。ここで勝利するために個人魔法戦闘に特化して自身を磨き上げてきた者たちも多くいる。前回大会では誰も本戦にさえ進めませんでした。その上、人間離れした強さを誇る森妖精の魔法使いも――」
「僕が勝てない、と。そう言いたいの?」
氷のように冷たい響きの言葉。
しかし、老執事は振り絞るように言葉を続けた。
「もちろん平常時ならこのようなことは申しません。ルーク様は誰よりも優れた魔法使いだと私は心の底から信じております。しかし――」
一度言葉に詰まってから、言った。
「出場をお医者様に止められているのでしょう?」
老執事の言葉は事実だった。
最高難度迷宮の未踏領域。
階層守護者との激戦で、自らの体を顧みなかったその代償。
公爵家御用達の名医でも、完治させることは叶わなかった深い傷。
「前回大会では誰も本戦にさえ進めなかった国別対抗戦だ。ここでの優勝ほど結果として大きなものは他にない。こんな機会ないんだ。手を伸ばさないと、何もできないまま終わってしまう。僕はそう知っている」
ルーク・ヴァルトシュタインは言った。
「出るよ。優勝する。そう決めてる」






