マッサと《炎食い》の若者
「お待ちくださいっ!!!!!!!」
なぞの黒マントが、手袋をはめた片手を、いきなりこっちに突き出して、そう叫んだ。
その声が、おばあちゃんの怒鳴り声の十倍くらい大きかったので、マッサたちはみんな、もうちょっとで、壁の上から吹き飛ばされそうになった。
もちろん、ふつうの人間に、これほど大きな声が出せるはずがない。
魔法だ。
あの黒マントも、魔法使いなんだ!
「男の声だな。」
「声が、若いですぜ。何もんだ?」
マッサのとなりで、隊長とディールが口々に言った。
なぞの黒マントは、ひらりとあざやかな身ごなしで馬から飛び降りると、マッサたちのほうを見上げて、言った。
「攻撃は、控えていただきたい。私は、あなたがたの味方です。」
「しかし、わしらは、そなたのことを知らぬ。」
おばあちゃんは、ぴしゃりと言った。
「そなたは、何者じゃ? そのフードをあげて、顔を見せるがよい!」
すると、なぞの黒マントは、ゆっくりとうなずいて、顔を隠しているフードに手をかけた。
マッサたちは、通路の手すりに両手をついて、食い入るように、その姿を見つめた。
ぱさりと、そいつの背中に、フードが落ちる――
「うおっ!?」
思わず唸ったのは、ディールだ。
マッサは、息をのんで、そいつの姿を見つめた。
なぞの黒マントの中身は、ものすごくきれいな顔をした若者だった。
先に声を聞いていなかったら、きれいな女の人かと間違えてしまうような顔だ。
でも、ディールが「うおっ!?」と言って、マッサが息をのんだのは、その人の顔がきれいだったから、ではなかった。
その人は、顔の印象が吹っ飛んでしまうくらい、ものすごく変わった姿をしていたんだ。
まず、長く伸ばした髪の毛が、青い。
染めたような青さじゃなくて、まるで、ブルーの目の色みたいな、サファイアでできた糸みたいな、深く澄んだ青色だ。
そして、目が真っ赤だった。
「目が真っ赤」というと、夜更かしをしすぎたりして、白目の部分が赤くなることみたいだけど、そういうのじゃない。
人間の目が茶色だったり、青かったり、黒かったりするみたいに、目が赤いんだ。
まるで、本物のルビーがはめ込んであるみたいだ。
そして、何よりもマッサたちが驚いたのは、その顔も、髪の毛も、目も、すべてが、ぼうっと光っているということだった。
懐中電灯ほど強い光り方ではないけど、間違いない。
昼間の光の下でも、見間違えようがないほどはっきりと、体が、内側から光り輝いている。
こんな不思議な姿をした人のことは、これまで旅をしてきて、見たことも、聞いたこともなかった。
「なるほど。」
でも、おばあちゃんは、その人の正体が分かったみたいで、落ち着いてうなずいた。
「そなたは《炎食い》の一族なのじゃな。」
「その通り。」
体が光っている、きれいな顔の若者は、女王の言葉に満足したように微笑んだ。
「私は、遠い《炎の町》で生まれた《炎食い》の一族の一人です。名を、フレイオ、と申します。以後、お見知りおきを。」
「そうか。」
おばあちゃんは、うなずきながらも、まだ、完全には納得していない。
「では、フレイオよ。そなたは、この《魔女たちの都》に、何の用があって来た?」
若者の微笑みが、ますます大きくなった。
「あなたがたを、お助けするために参りました。」
「なに?」
「《東の賢者》ベルンデールが、私をここへ送り出したのです。私は、賢者ベルンデールの一番弟子。私が《七人の仲間》に加わって、大魔王を倒す旅に、おともいたしましょう!」
その言葉を聞いて、壁の上の通路に集まった魔法使いたちが、いっせいにざわめいた。
「ベルンデールの一番弟子だって!?」
「それが本当なら、あいつは、ものすごく優秀な魔法使いだわ。」
「ああ。《東の賢者》に、実力を認められたってことだからな……」
こちらがざわざわしている様子を、フレイオという若者は、自信満々な様子で見上げている。
その姿は堂々としていて、確かに、すごく優秀そうだ。
でも……と、マッサは思った。
確かに、すごく優秀そうなんだけど、――いや、きっと、実際に優秀なんだろうけど――、何だか、どことなく、つんとしていて、偉そうな人のように思える。
まだ、ゆっくり話をしたこともないのに、こんなふうに考えるのは、よくないことかもしれないけど……
「あれっ。」
いろいろ考えているうちに、マッサは、ふと、根本的なことが気になった。
「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんは、ベルンデールさんに、来てくれるようにお願いしたんだよね? それなのに、どうして、弟子の人が来たんだろう。ベルンデールさんは、別の用事か何かで、忙しかったのかな?」
「ふむ、確かにな。」
おばあちゃんは、そう呟いた。
「フレイオよ。わしは、そなたの師匠のベルンデールを招いたはずなのじゃが。ベルンデール本人ではなく、代わりに、そなたが来たのは、どういうわけかな?」
「実は……」
それまで自信満々だったフレイオの表情が、急に暗くなった。
まさか、と、マッサは、嫌な予感がした。
ベルンデールさんは、確か、百五十歳くらいのおじいさんのはずだ。
まさか……おばあちゃんからの手紙が届いたときには、ベルンデールさんは、もう……?
「師匠は、どうしても、ここに来ることができなかったのです。」
「何じゃと? まさか……」
「はい。」
フレイオは、暗い顔で、重々しく言った。
「師匠は今、ひどいぎっくり腰で、寝込んでおりまして。私が、代わりに来ることになったのです。」
マッサたちは、思わず、がくーっと力が抜けて倒れそうになった。
もしかしたら、ベルンデールさんは、もうお亡くなりになっちゃったんじゃないかと心配したのに、ぎっくり腰だったのか。
「ふん!」
と、急に、馬鹿にするような大声をあげたのは、ディールだった。
「おどかしやがって。何かと思えば、ぎっくり腰かよっ! まったく、そんな調子じゃ、そのベルンデールってやつが、もし来てくれてたとしても、戦いの役に立ってたかどうか、怪しいもんだぜ!」




