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マッサ、混乱する

「ええーっ!?」


 マッサは、思わず声に出して叫んだ。

 魔法を使ってみせろ、だって!? そんなの、むちゃくちゃだ!

 当たり前だけど、マッサは、これまでの人生で、魔法を使ったことなんか一回もない。

 使おうと思ったことさえ、一回もなかった。


 もちろん、すごく小さかった頃には、おはなしに出てくる魔法使いに憧れて、ひょっとしたら、ぼくも飛べるかもしれない! と思って、ほうきにまたがって、いすの上からジャンプしてみたことはあった。

 でも、結果は、空に舞い上がるどころか、ドスン! と床におっこちて、おじいちゃんに、うるさい! と怒られただけだった。

 それなのに、いきなり、魔法を使ってみせろ、なんて言われても……!


「どうしたのじゃ? あれほど偉そうに、わしの孫じゃと言い張っておったのに、できぬというのかえ?」


「いや……でも……」


 マッサは、必死に頭を回転させた。

 はやく、何か言わないと、このまま、嘘つきだと決めつけられてしまう。

 えーと、えーと……そうだ!


「だって、魔法を使うためには、魔法学校に行って、やり方を習わないといけないんでしょう? ぼく、一度も、そういうところに行ったことがなくて、魔法の使い方を習ったことがないから、やり方が分かりません。だから、魔法が使えないんです。」


「ふん!」


 せっかく、マッサが、すじの通った説明をしたのに、女王は、鼻で笑った。


「やり方が分かりません、じゃと? では見せてやろうかい、魔法の使い方をな。……これ、ポモーナ! こっちへおいで!」


「はい、女王陛下!」


 突然、女王に呼ばれて、元気よく走ってきたのは、小学校一年生くらいに見える、小さな女の子だった。

 床まで届く、長い衣を着ている。

 小さいけど、この子も、魔女なんだ。


「ポモーナや。おまえ、ちょっとそこで、飛んでみせておくれ。」


「はい、女王陛下!」


 ちょんと膝をまげて、かわいくお辞儀をしたかと思うと、そのまま、とん! と床を蹴って、ポモーナという女の子は、風船みたいにふわふわと空中に浮かび上がった。


「ここを、ぐるーっと回って、それから床に下りるんじゃよ。」


「はい、女王陛下!」


 ポモーナは、女王に言われた通りに、マッサたちのまわりを、ぐるーっと飛んで、それから、すたっ、と床に着地した。


「見たか?」


 ぽかんとしているマッサに、女王は、意地悪そうに言った。


「ポモーナは、昨日、魔法学校に入って、魔法を習い始めたところじゃ。」


「昨日!?」


「そうじゃ。魔女や魔法使いにとって、空を飛ぶことは、他の人間が歩いたり走ったりするのと同じくらい、当たり前のこと。魔法の素質を持っている者ならば、誰でもできることじゃ。……ポモーナや、おまえ、学校で、飛び方を教わったかい?」


「はい、女王陛下! わたし、最初のお勉強で、お行儀のいい飛び方を教わりました。」


「では、どうやって飛んだらいいか、ここにいる者たちに、教えてやってくれんかのう。」


「はい、女王陛下! 飛ぶ時には、きょろきょろしないで、しっかり前を見ます。お友達とおしゃべりしないで、しっかり口をとじます。そして、手や足は、ばたばたさせないで、かっこうよく、のばします。」


「ポモーナや、ポモーナや。」


 女王は、手をふりながら言った。


「どうやって飛んだらいいか、と、わしがたずねたのは、飛ぶときに気をつけることではなくて、地面から浮かび上がる方法を、聞きたかったのじゃよ。」


「あら、ごめんなさい、女王陛下! 地面から浮かび上がる方法は……」


 ポモーナは、そこまで言って、口を閉じ、うーん? と首をひねった。

 自分はできるけど、どうやって説明したらいいのか分からない、という様子だった。


「地面から、浮かび上がるには……うーんと……どうしたらいいかって? ごめんなさい、わたし、よくわかりません、女王陛下。だって、ただ・・そう思えば・・・・・、できるんですもん。髪の毛をとかしたり、ほっぺたを触ったりするみたいに。わたし、学校で教わる、ずっと前から、飛ぶことはできました。」


「ああ、そうじゃな、ポモーナ。ありがとう、下がってよい。」


 マッサに喋るときとは、別人みたいに優しい声で言った女王は、もう一度、マッサのほうを向いて、


「まあ、そういうことじゃ。」


 と、また意地悪な言い方に戻った。


「簡単すぎて、説明もできんわい。ただ、そう思えば、飛べる。飛ぼうと思えば、飛べるのじゃ。」


「そんなあ!」


 飛ぼうと思えば飛べる、なんて、説明が適当すぎる!


「だいたい、魔法の素質を持つ赤ん坊は、ゆりかごの中に寝ておるときから、勝手にふわふわ飛んでいくものじゃからのう。そんなこともできぬ、ということは、おまえには、魔法の素質はない。……と、いうことは、わしの孫ではない、ということじゃろうなあ。」


「そんなあ……」


 マッサは、弱々しく呟いた。

 ここまで言われると、自分でも、だんだん自信がなくなってくる。


 ぼくは、本当に、この人の孫なんだろうか?

 王子だ王子だ、とみんなに言われたから、そうだったのか! と自分でも信じたけど、本当に、そうなのか?


 女王に、おじいちゃんが《守り石》を盗んだんじゃないかと言われたとき、すごく腹が立ったけど、よくよく考えたら、おじいちゃんがどうやって《守り石》を手に入れたのか、マッサは知らない。


 もし、おじいちゃんが、昔《穴》を抜けてこっちに来て、たまたま《守り石》を拾ったとか、それとも、考えたくないけど、盗んじゃったとかで、マッサと《守り石》のあいだには、もともと、何の関係もないんだとしたら――?


「もしも、おまえが、わしの孫ではないのならば、おまえを、このまま帰らせるわけにはいかぬ。」


「……えっ?」


 心配と不安で、頭の中がぐるぐる混乱していたマッサは、女王の重大な言葉を、もうちょっとで聞き逃すところだった。

 マッサが見上げると、女王は、きびしい顔で玉座から立ち上がり、握りしめていた長い杖で、どん! と床を突いた。


「おまえが、わしの孫でないのならば、おまえは、王子であると嘘をつき、人々をだました、極悪人じゃ! この城から、生きて帰れるとは、思わんことじゃな!」


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