マッサ、「あれ」を出す
いきなり名前を呼ばれた魔法使いの若者は、しばらくのあいだ、こいつはいったい何者だ、という顔で、ガーベラ隊長を見つめていた。
そして、
「まさか……」
両方の目を、だんだん大きく見開いて、まん丸にしながら、隊長を指さして叫んだ。
「おまえ、ガーベラかっ!? 魔法学校で、いっつも零点ばっかり取ってた、あの!? 勉強のテストも零点、魔法をかけるテストも零点ばっかりだった、あの、零点のガーベラなのかっ!?」
「そうだ。」
ガーベラ隊長は、苦笑いしながら答えた。
「そう零点、零点と、何度も言うなよ。さすがに、恥ずかしくなってくる。」
「うわあ……」
魔法使いの若者セラックは、ふくざつな顔になって、言った。
「おまえ、帰ってきたのか……何だか、強そうになってるじゃないか。鎧を着て、槍なんかかついで。」
「そうとも。隊長は、強いんだぜ!」
後ろから、ディールが、いきなり、怒鳴るように言った。
「おう、こら、なんだ、てめえは? ひょろひょろのくせに、隊長を馬鹿にしやがって。おまえなんか、隊長がその気になりゃ、槍の一振りで、まっぷたつだぜ!」
「おい、やめろ、ディール。」
すっかり怒って、今にもセラックに殴りかかりそうなディールを、ガーベラ隊長は、穏やかに止めた。
「セラックは、別に、私を馬鹿にしているわけではない。私が昔、零点ばかり取っていたのは、本当の話だからな。」
「でも、隊長!」
「おい、ガーベラ。」
魔法使いの若者セラックは、くだらない、という目つきでディールを眺めながら言った。
「おまえが誰なのかは、よく分かったが、後ろの連中は、いったい何者なんだ? ぎゃあぎゃあうるさい、がらの悪そうな男に、子供、白いもじゃもじゃ、四本も手があるやつ、あとは、大荷物をかついだ男たちがぞろぞろ……」
「何だと、てめえ!」
『もじゃもじゃじゃない! ブルー!』
ディールとブルーが、いっしょに怒り出して、今にもセラックに飛びかかりそうになる。
「まあ、待て!」
そのディールとブルーの首根っこを、両手で、ガシッ! と同時にひっつかまえながら、ガーベラ隊長は、急に、くるりとマッサのほうを向いた。
「あれを。」
「……えっ?」
ガーベラ隊長に捕まえられて、ばたばた暴れるブルーを心配しながら見ていたマッサは、一瞬、何を言われているのか、全然わからなかった。
「あれ、って?」
「だから、あれです、ほら。」
ガーベラ隊長は、じれったそうに、そう言いながら、マッサに、何かをジェスチャーで伝えようとした。
でも、ディールとブルーを同時に捕まえて、両手がふさがっているせいで、全然、何を伝えようとしているのか分からない。
「あれを出してください。ほら、あれ!」
「あれ……?」
マッサが、まだ、ぼうっとしていると、
「ああ!」
後ろに立っていたタータさんのほうが、先に、隊長が言いたいことに気付いたらしい。
「マッサ、きっと、あれのことですよ。ほら。」
言いながら、タータさんは、二本の手の、人差し指と親指の先を、それぞれあわせて、ひとつの丸を作って、胸の前に当てた。
「これ!」
「あっ……あー、あー! それ!」
マッサも、ようやく、隊長が何を言おうとしているのか分かった。
ディールとブルーが、まだ暴れているあいだに、マッサは大急ぎで、服のえりに手を突っこみ、地上に出てきてからは隠していた《守り石》を引っぱり出した。
「セラックさん!」
何だ、という顔で振り向いてきた魔法使いの若者の目の前に、マッサは、《守り石》を見せた。
「あの、ぼく……これ、持ってるんです。」
《守り石》を最初に見た瞬間、セラックは、べつに、何のおどろいた様子もなかった。
でも、
「あれっ? ……あの、セラックさん? もしもし?」
マッサが呼びかけても、全然、動かない。
実は、おどろいてなかったんじゃなくて、おどろきすぎて、立って目を開けたまま、気絶しちゃったみたいだ。
「セラックさん!? おーい! セラックさん!」
マッサが叫ぶと、セラックは、やっと、はっ! と気がついたようだった。
そして次の瞬間、
「うわあああああああああ!」
と、叫びながら、ロケットみたいに空中に飛び上がった。
単にびっくりして地面から飛び上がったんじゃなくて、魔法で、空中に、ビューンと飛び上がったんだ。
そして、
「大変だああああああぁ!」
と叫びながら、空中で扇風機みたいにぶんぶん回転し、ぴゅーん! と、壁の内側に飛び込んでいってしまった。




