ガーベラ隊長、名乗る
そこは、ぱっと見たところ、ここまでと何の変わりもない壁の途中だった。
立派な門どころか、小さなドアひとつ、細い割れ目のひとつさえない。
みんなは、ガーベラ隊長が、どうしてここを「都の門」だなんて言ったのか、全然分からずに、ぽかんとしていた。
「隊長、すいませんが。」
みんなの気持ちを代表して、ディールが言った。
「ここが……何ですって? 都の門? ……ここが?」
「ああ。」
うたがわしそうなディールの言葉も、まったく気にしていない様子で、ガーベラ隊長は壁の上を見上げた。
「ここに、門があるのだ。魔法の力で隠された門がな。だが、その門は、内側から開かれたときにしか、現れない。外側からは、絶対に開けられないようになっているのだ。」
「ええっ?」
マッサは、びっくりして、大きな声を出してしまった。
「じゃあ、ぼくたち、今から、どうやって、中に入ったらいいんですか?」
「内側から、開けてもらうしかない。」
ガーベラ隊長は言った。
「ここの内側には、いつも門番がいて、近づいてくる者たちを見張っている。私たちのほうからは、中が見えないが、中からは、外が見えるようになっているのだ。今も、門番たちは、私たちが何者なのか、じっと中から見張っているはずだ。」
「じゃあ、今も、この壁の中で、俺たちのことを見張ってる奴らがいるってんですかい? ふん、こそこそしやがって、気に入らねえな。」
ディールが、眉毛をひん曲げながら、白い壁を、コンコンと叩いた。
「で、どうすりゃ、中の奴らは、ここを開けて、俺たちを通してくれるんです? ここで、全員で頭を下げて、お願いでもするんですかい?」
「名乗ろう。」
ガーベラ隊長はそう言うと、壁から数歩下がって、胸をはり、すううっと息を吸い込んだ。
「《魔女たちの都》の、東の門を守る者たちよ!」
ガーベラ隊長の声は、白い壁にはねかえってこだまするんじゃないかと思うくらい。あたりに朗々と響きわたった。
「我々は、大切な報せをたずさえ、遥か遠く、ロックウォール砦より参った! 今すぐに、女王陛下にお目にかかりたい。開門を願う!」
隊長の言葉が終わると、あたりは、しーんと静まりかえった。
誰も――いつもはあれこれうるさい、ディールでさえも――ぴたりと口を閉じて、耳を澄まし、いったいどういうことになるのか、様子をうかがう。
すると、
「ロックウォール砦だと?」
上のほうから、声が聞こえた。
みんなは、いっせいに、ばっと顔をあげて、壁の上を見た。
でも、壁の上には、誰も立っていなかった。
声が聞こえてきたのは、その、もっと、ずっと、上のほう――
『あれ!』
ブルーが、上を見すぎて、リュックサックから後ろ向きに転がり落ちそうになりながら、叫んだ。
「うおおおっ!?」
ディールが、すっとんきょうな叫び声をあげた。
「ほう?」
と、《三日月コウモリ》隊の隊長が言い、
「うわあ!」
と、タータさんが、目を輝かせて言った。
マッサは、といえば、驚きすぎて、声も出なかった。
なぜかといえば、上から聞こえてきた声の持ち主は、壁の、そのまたずっと上――
なんにもない空中に、すっくと立っていたからだ。
「ふんっ!」
その人物は、すその長い、空色の衣をバサリとひるがえしながら、ひゅーん! すたっ! と、地面に降りてきた。
見れば、まだ若い男の人だった。
こんなに若いのに、自由自在に空を飛ぶ魔法が使えるんだ。
その若者は、あやしそうにこっちをじろじろと見ながら、言った。
「ロックウォール砦は、ここからとても遠い。おまえたちが、地平線の向こうから、ずうっと歩いてきたのなら、私たちは、何日も前から、おまえたちを見つけていたはずだ。それなのに、これまで、誰も、おまえたちのことを報告していない。おまえたちは、今日になって、急にあらわれた! あやしい。いったい、どこを通ってきたんだ?」
「いや、何も、あやしいことはないんです。」
マッサは、相手がこっちを疑っているようなので、誤解をとこうと思って、いっしょうけんめい言った。
「ぼくたち、ただ、地下の道を通ってきただけなんです。モグさんに――オオアナホリモグラの人に、案内してもらって、それに、ドラゴンにも、尻尾に乗せてもらって……」
「ドラゴンだと?」
「はい、地下に住んでる、ものすごく大きなドラゴンです。」
「ふん!」
魔法使いの若者は、馬鹿にしたように鼻息を吹いた。
「地下のドラゴンか。聞いたことがあるな。あらゆるものを、その唾で溶かしてしまう、おそろしい生き物だ。そんなものと出会ったのに、おまえたちが、こうして生きているなどとは、とても信じられん話だ。」
「でも、本当に、本当のことなんですよ。」
しんぼう強く言おうとしたマッサを、さっと片腕で止めて、ガーベラ隊長が、にっと笑った。
「そう疑うのも、無理はない。何しろ、あなたは《魔女たちの都》の門番。この都を、あやしい者たちから守るのが仕事だ。」
「そう、その通りだ。」
門番の若者は、そう言って、胸を張った。
すると、ガーベラ隊長は言った。
「安心してほしい。私たちは、決して、あやしい者などではないからだ。この私が、その証拠だ。
……ずいぶん小さかった頃のことだから、忘れてしまったかな?
私は、おまえのことを、よく覚えているぞ。おまえの名前は、セラックだろう? 私は、ガーベラだ。思い出さないか? ほら、この都の魔法学校で、となりの席に座っていたことがあっただろう。」




