マッサ、ふるえる
マッサは、暗い草原を、全速力で、ガーベラ隊長たちが降りたはずのほうに向かって走った。
落ちた人たちは、大けがをしているかもしれない。
はやく行って、助けてあげないと!
でも、いくら、翼をつけているからって、あんな高い空から落ちて、生きていられるんだろうか。
もしかしたら、死んじゃった人がいるかもしれない……
「ブルー!」
全速力で走りながら、マッサは、必死に声を出した。
「落ちていった人は……こう、真っ逆さまに、ひゅーって、落ちていった!? それとも、斜めに、すーって、落ちていった!?」
『こっち!』
ブルーは、マッサの後ろの、リュックサックの上で、ちっちゃな手をぴっぴっと振りながら、説明してくれているようだった。
『こっちがわに、すーって、おちた!』
「じゃあ……真っ逆さまじゃ、なくて、ななめに、落ちたんだね!」
マッサが、離れていくときに見た人も、斜めに、空気の上を滑るように落ちていった。
最後まで、あの落ち方だったなら、真っ逆さまに落ちるよりは、まだ、助かっている可能性が高いかもしれない……
『あっ!』
急に、ブルーが叫んで、ぴっぴっぴっ! とマッサの髪の毛を引っ張った。
いつもなら、怒るところだけど、今は、マッサは、ブルーが言いたいことがすぐに分かった。
「どうしたの、ブルー、何か見つけた!?」
『そこの、きの、した! ひとり、おちてる!』
ブルーが肩の上で指さすほうへ、マッサは、はあはあ言いながら、全速力で走った。
月明かりにぼんやりと照らされて、草原に、一本の木が立っている。
その下に、やぶれた紙飛行機みたいに、大きな翼が落ちているのが見えた。
マッサは、駆け寄りながら、心臓がどきどきしすぎて、吐きそうになってきた。
騎士さんたちは、みんな、マッサを守るために戦ってくれたんだ。
折れてやぶれた翼の下にいるのが、ガーベラ隊長や、ディールさんだったら、どうしよう。
そうじゃない人でも、もし、大けがをしてたら、どうしよう。
もしも、死んじゃってたりしたら、どうしよう……
落ちた翼の、三メートルくらい手前で立ち止まってしまったマッサの肩の上から、ブルーが、ぴょーん! と飛びおりて、翼の下に、もぐり込んでいった。
『からだ、あったかい! いきてる! いきてる!』
そう叫ぶ、ブルーの声がした。
『でも、うごいてない! マッサ、きて!』
マッサは、ぶるぶる震える足を、自分で、ばちんばちん! と叩きながら、必死に、前に進んでいった。
勇気を出して、翼の下をのぞきこむと、ぐったりと倒れた騎士の姿が見えた。
誰だろう。
暗いのと、兜をかぶっているせいで、顔が分からない。
兜を脱がせてあげたいけど、動かしても、大丈夫なんだろうか?
もしも、首の骨が、折れてたりしたら……?
マッサが、迷いながら、立ちすくんでいると、
「そこに、立っているのは、誰だーっ!?」
そう叫びながら、こっちに走ってくる人影が見えた。
ああ、あの声は!
「ガーベラたいちょーう! ぼくです! ぼくたち、ここにいます! ここに、一人、倒れてます!」
マッサは、泣きそうになりながら、大きく手を振って場所を知らせた。
「おお、王子! よくぞ、御無事で!」
駆け寄ってきたガーベラ隊長の背中には、もう、翼はなかった。
身軽に動けるように、はずして、向こうに置いてきたらしい。
ガーベラ隊長は、手に持っていた『空笛』を、ヒュヒューッと吹き鳴らした。
マッサがここにいた、ということを、みんなに知らせたんだ。
「ガーベラ隊長、ぼくのことはいいですから、はやく、この人を、みてあげてください!」
「この翼……ルークか! おい、しっかりしろ!」
ガーベラ隊長は、倒れた騎士に駆け寄ると、その肩や胸に巻きついたベルトを手早く解いて、翼をはずした。
それから、そーっと、その騎士を地面に寝かせて、慎重に、兜を脱がせた。
「あっ!」
マッサは、泣きそうになった。
その騎士は、ディールといっしょに、マッサを運んでくれた若者だったからだ。
「大丈夫ですか!? ねえ、その人……ルークさん、大丈夫ですか!? ガーベラ隊長、手当てをしてあげてください!」
「おい、ルーク、ルーク、しっかりしろ! ……ぜんぜん、目を覚まさない。もしかしたら、落ちたときに、頭を打ったのかも。」
「そんな!」
「それに……足が、片方、折れているようだ。これでは、目が覚めても、歩くのは無理だな……」
「ええっ……」
自分を守ってくれようとして、他の人が、こんな目にあってしまうなんて。
マッサは、ショックすぎて、もう、自分のほうが倒れてしまいそうな気がした。
「王子。王子!」
はっと気がつくと、ガーベラ隊長が、マッサの両方の肩を持って揺さぶっていた。
「大丈夫ですか、王子! 気持ちをしっかり持ってください。王子は、どこも、けがをなさっていませんね?」
「う……うん。……はい!」
「では、申し訳ないが、私を手伝っていただきたい!」
ガーベラ隊長は、すごい力で、壊れたルークの翼を、地面から一気に持ち上げた。
マッサも慌てて手伝って、翼を、少し離れたところに運ぶ。
翼を地面に置くと、ガーベラ隊長は、急に、背中にせおっていた槍を取って、ぶうんと振り回し、
「ハァッ!」
と、せっかく運んだルークの翼の、右側の羽を、ばぁんと切り落としてしまった。
「ええっ! どうして、そんなこと……」
「この翼は、左側の羽の骨組みが砕けてしまっているから、今は、もう使えません。だから、この翼を、担架のかわりにして、この上にルークを寝かせて、運びます!」




