マッサと、たいへんな使命
「マッサファール王子様!」
マッサが、ぼうぜんとしていると、やがて、落ち着いた大人たちは、いっせいに、マッサの前にひざまずいた。
こんな景色、これまで、物語の中でしか、見たことがなかった。
「ご無事のお帰り、我ら一同、心よりお喜び申し上げます! これで、我が国は、救われます!」
「……え?」
マッサは、なんだか、すごく気になる言葉を聞いたような気がした。
『これで、我が国は、救われます』――
どうして、ぼくが帰ってくると、この国が救われるんだろう?
いや、今は、それよりも気になることが、たくさんある。
「あのう……」
「ははーっ!」
「いや、ははーっじゃなくて……すみませんけど、みなさん、とりあえず、立ってくれませんか? なんか、こうしてると、すごく、申し訳ない感じがするんで……」
マッサが言うと、ようやく、みんなが立ち上がった。
「あの、質問が、いくつかあるんですけど……まず、この石のことを、もっと、くわしく教えてもらえませんか? ぼく、この石のこと、なんにも知らないんです。ふしぎな力があることも、今日、はじめて知ったんです。」
「それは『守り石』と呼ばれる宝石です。この国の王家に、代々伝えられてきた、世界にただひとつしかない、貴重な宝です。」
ガーベラ隊長が、嬉しそうに説明した。
「その石には、ふしぎな力が宿っていて、身につけている人の命が危険にさらされたとき、その身を守ってくれるのです。つまり、『守り石』を身につけているかぎり、その人は、ぜったいに、死ぬことはないのです。」
「ええーっ!?」
マッサは、飛び上がりそうになるくらいびっくりした。
それが本当なら、ものすごい宝物だ。
いや、本当なら、じゃない。
ぜったいに、本当だ。
だって、さっき、えんとつが落ちてきて死にそうになったとき、実際に、この石のおかげで、命が助かったんだから。
「えっ……それじゃあ、まさか、ぼく、すっごーくおじいちゃんになっても、死なないってこと!?」
「いえ、それは、違います。年をとって死ぬのは、自然なことですから、それは、とめられません。その石は、まだ寿命が来ていないのに、けがや病気や毒で死ぬことから、持ち主を守ってくれるのです。」
「あっ、そうなんだ……あれ? でも、ぼく、昼間にこの塔の屋上に飛び降りたとき、あっちこっちぶつけて、めっちゃくちゃ痛かったんだけど……」
「それは、死ぬようなことではなかったからでしょう。その石は、本当に命の危険が迫ったときにしか働かないと、言い伝えられています。」
「あっ、そうなんだ……」
石なのに、けっこう、厳しいやつだ。
ちょっとしたことでは、助けてくれないっていうことか。
「あの、もうひとつ、質問していいですか?」
「はい、何なりと。」
「あの……ぼく……王子、だったんですよね?」
「はい。その『守り石』をお持ちなのですから、あなたが、マッサファール王子様にまちがいありません。」
「ぼくが、王子、っていうことは……ぼくの、お父さんか、お母さんが、この国の、王様だったっていうことですか?」
マッサは、おそるおそる、つぶやいた。
すると、横から、騎士団長が、大きくうなずいた。
「はい。あなたの母上が、この国の女王陛下でした。
私たちが知るかぎり、その『守り石』を最後にお持ちになっていたのは、あなたの母上です。女王陛下は、大魔王の軍勢との戦いの中、赤ん坊だった王子の身を守るため、あなたに、この『守り石』を持たせたのでしょう。」
「ははうえ……」
マッサは、つぶやいた。
母上というのは、お母さん、ということだ。
「あの……ぼくの、お母さんや、お父さんって、今、元気なんですか?」
そう質問すると、その場にいる人たち全員の顔が、さっと暗くなった。
マッサは、なんだか、いやな予感がした。
騎士団長が、重々しく答えた。
「女王陛下は、夫である、あなたの父上と共に、魔王の軍勢に、最後まで立ち向かわれました。そのときの戦いははげしく、大混乱が起こり、その混乱の中で、我々は、王子の父上と母上を見失ってしまったのです。
なんとか、大魔王の軍勢を押し返し、戦いが終わったとき、我々は、お二人を、必死になって探しました。しかし、お二人のお姿は、とうとう、見つからなかったのです。そして、王子、あなたのお姿もです。」
「じゃあ……ぼくのお父さんとお母さんは、その戦争で、死んじゃったんだ。」
マッサは、つぶやいた。
これまでは、きっとどこかで元気に生きているんだろう、と思っていたから、すごくショックな気持ちもある。
でも、マッサの心の中には、実は、同じくらい、うれしい気持ちもあった。
だって、これまでは、お父さんとお母さんは、赤ん坊のマッサをおいて、二人で家を出ていってしまったんだと信じていたからだ。
おじいちゃんから、ずっと、そんなふうに聞かされていたからだ。
お父さんも、お母さんも、ぼくのことがきらいだったのかな。
置いていってもいいやと思うくらい、どうでもよかったのかな。
そんなふうに思って、悲しくなるときもあった。
でも、そうじゃなかったんだ、ということが、分かった。
戦争があって、大混乱になって、その中で、マッサと、お父さんとお母さんは、離ればなれになってしまったんだ。
きらいだったから、置いていかれたんじゃなかったんだ。
「希望は、まだありますぞ、王子。」
悲しいのと、嬉しいのと、二つの気持ちが胸の中でいっぱいになって、マッサが、ぽろぽろ、涙をこぼしていると、騎士団長が言った。
「我々は、あなたの父上と母上を『見つけることができなかった』のです。つまり、行方不明ですな。生きておられるかどうかは、分からないが、亡くなったとも決まっていない。
……正直に申し上げて、今日までは、我々も、すっかりあきらめておりました。あなたの母上も父上も、そしてあなたも、あの大混乱の中で、亡くなってしまったのだろうと。
けれども、あなたは、生きておられた! それならば、母上や父上だって、どこかで、生きておられるかもしれないではありませんか。」
なるほど! と、マッサは思った。
この世界を、よーく探せば、どこかで、お母さんや、お父さんと、会えるかもしれない。
「ぼく、探したい! お父さんやお母さんを探して、会ってみたいです!」
「もちろん、お手伝いいたしますぞ。」
騎士団長が、にこにこしながら言った。
「しかし、とにかく、まずは、王子の使命を果たしていただくことが、先ですな。」
「えっ?」
また、気になる言葉が出てきた。
『使命』というのは、絶対にしなくてはいけない、大事なしごと、という意味だ。
「あの……ぼくの『使命』って、いったい、何のことですか? そうだ、そういえば、さっき、『これで、我が国は、救われます。』って――」
「もちろん、そのことですとも。」
その場に集まった大人たち全員が、うんうん、とうなずいた。
「『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う。』……マッサファール王子、あなたは、これから、仲間を集めて、大魔王と戦うのです!」




