マッサ、絶体絶命
「わたしも、トイレに行きたい……」
「ぼくも! もう、もれる!」
「ええーっ!?」
どうしよう。マッサは、こまった。
ここで、みんながおもらしをしたら、地下室の中が、たいへんなことになってしまう。
でも、トイレがある場所は、建物の外の、中庭だ。
戸締まりを、しっかりして、がっちり、立てこもっておけって言われたのに、勝手にドアをあけて外に出ても大丈夫なんだろうか?
空の上には、あの化け物鳥が、たくさん飛んでいるのに……
「ああーん、もれる、もれるー!」
「おしっこ、もれるー!」
「……ああーっ、もう! しかたないなあ!」
マッサは、ガタンと、隠れ場所のふたを持ち上げた。
「ほら、みんな、こっち! もうちょっとだけ、がまんして!」
マッサは、小さい子たちをつれて、いそいで、中庭につながるドアのところへ言った。
耳を澄まして、外のようすをうかがう。
遠くから、かすかに、叫び声が聞こえるような気がしたけど、近くは、しーんとしていて、何もいないようだった。
「はい! みんな、急いで! もう、いちいち、トイレに並んでる場合じゃないから、みんな、そのへんでしなさい!」
マッサが中庭に続くドアをあけると、小さい子たちが、どどどどっと、飛び出した。
マッサは、中庭の真ん中に出て、空を見張った。
時々、空の上の高いところを、黒い影と、銀色の光が、ひらっ、ひらっと通り過ぎていく。
化け物鳥たちは、中庭にいるマッサたちのことには、全然、気付いていないみたいだ。
「マッサおにいちゃん、トイレ、終わった!」
「はい、じゃあ、すぐに中に入って! 隠れ場所にもどって! みんな、急いで!」
トイレをすませた子たちが、次々と建物の中に戻っていく。
「おしっこ、もれちゃった! ああーん、ああーん!」
「いいから! もう、そんなの、いいから! とにかく、建物の中に――」
ズボンをぬらして泣いている、いちばん小さい子を抱きかかえながら、マッサが叫んだ、そのときだ。
マッサたちの後ろで、ズシーン! と、重い音がして、ぶわっと、くさい風がふいた。
(まさか)
マッサは、いちばん小さい子を抱きかかえたまま、おそるおそる、後ろをふりかえった。
グォオオオオオン!
中庭に、大きな化け物鳥が一羽、着陸して、マッサたちに向かって吠えた。
「わああああああぁ!」
「うわあああああ!」
マッサと小さい子は、おんなじ顔になって叫んだ。
「マッサおにいちゃん!」
ドアのところから、先に建物に入った子たちが、必死な顔をして呼んでいる。
その声が聞こえたしゅんかん、マッサの体は、勝手に動いた。
「うおおおおっ!」
マッサは、抱きかかえていた、いちばん小さい子を、ぶうんと振り回して、思いっきり、みんなのほうに放り投げた。
マッサが、この子を抱きかかえて走ったのでは、のろくなって、二人とも食べられてしまう。
だから、まずは、とにかく、いちばん小さい子を助けようと思ったんだ。
マッサは必死だから、ものすごい力が出て、いちばん小さい子は、びゅーんと飛んで、建物の中で待っている子たちの腕のなかに、すぽーん! とおさまった。
「ドアを、閉めろーっ!」
マッサは、叫んだ。
叫んだマッサの勢いが、あんまり、ものすごかったので、子供たちはすぐに言うことを聞いて、マッサを外に残したまま、バン! とドアを閉めて、ガチャッ! と戸締まりをした。
次の瞬間、ドスドスとそっちに近づいた化け物鳥が、どしーん! とドアに体当たりをした。
でも、『青いゆりかごの家』は、ものすごくがんじょうに作られていたから、全然、こわれなかった。
化け物鳥は、それからも、何度か、しつこく、ドアに体当たりをした。
この中に、小さくて、やわらかくて、食べやすい、人間の子供がたくさんいることが分かっているから、なかなかあきらめないのだ。
そのあいだに、マッサは、そーっと化け物鳥から離れて、中庭のかたすみにある、小さなドアの鍵を、なんとか開けようとしていた。
中庭のかたすみにある、この小さなドアを、マッサは、晩ごはんの列に並んでいるあいだに、なんとなく見つけていた。
そのときは、ぜんぜん、気にしていなかったけど、これは、外への出入口だ。
化け物鳥が、建物のほうに気を取られているあいだに、このドアから、外の道に、脱出することができれば……
でも、暗いせいで、どこをどうやったら、このドアが開くのか、よく分からない。
「あれ……どこだ……えーっ!?」
はやくしなきゃ! と、あせれば、あせるほど、混乱して、わからなくなる。
『ん?』
そのときになって、やっと、目を覚ましたブルーが、リュックサックの中から、寝ぼけまなこで、ごそごそとはい出してきた。
『マッサ! なに、してる?』
「このドアが、あかないんだ! あけるところが、ない!」
ブルーは、泣きそうになっているマッサの肩の上に出てくると、暗いところでもよく見える青い目を光らせて、すぐに、ドアの一か所を指さした。
『あけるところって、それ?』
ブルーが指さしたところをさわってみると、冷たい金属に指が当たった。
それを持ち上げると、カチャッと音がして、ドアが開いた。
「あいた!」
マッサは、思わず、小さな声で叫んだ。
そのとき、
グオウッ!
後ろで、そんな声が聞こえた。




