マッサとチョコレート
「うるせえ、うるせえ! おまえら、ごちゃごちゃ、出てくるな! 中に入ってろ!」
男の子が、顔を真っ赤にしてどなると、子供たちは、はあーい、と言って、ざんねんそうに建物の中にもどっていった。
なかには、ブルーに向かって、ばいばい、と最後まで手をふっている子もいた。
ブルーは、その子のまねをして、ちっちゃな両手を、ぷるぷる、ふりかえしていた。
「あっ、そうだ。」
混乱がおさまったところで、マッサは、ふと、あることを思い出した。
リュックサックを、肩からおろして、中に、手を突っ込んだ。
「おっ、おい、なんだ、おまえ! 武器を出す気か!? ぶんなぐるぞ!」
「ちがいますよ!」
げんこつをかためた男の子に向かって、マッサは、リュックサックから取り出した、板チョコレートを一枚、差し出した。
「はい、これ、どうぞ。これから、ここでお世話になるから、おくりものです。みんなで食べてください。」
「はあ?」
マッサが差し出した板チョコを見て、男の子は、あやしそうな顔をした。
「なんだよ、その、へんな、銀色の板みたいなやつは。」
あっ、そうか、と、マッサは気がついた。
もしかすると、こっちの世界には、チョコレートっていうものが、ないのかもしれない。
「これは、チョコレートっていう名前の、おかしです。おいしいですよ! ほら、こうやって、包み紙をあけて……」
マッサが、銀色の包み紙をやぶってさしだすと、男の子は、ますます、あやしそうな顔をした。
「はあ? なんだよ、この、へんな、茶色い板みたいなやつは! なんか、うんこみたいな色、してるぞ。」
「うんこじゃないですよ! チョコレートです。おいしいですよ。ほら!」
マッサは、チョコレートがうんこじゃないことを、証明するために、チョコレートのはしっこを、ひとかけらちぎって、口に入れた。
「うーん、おいしい! あまくて、最高ですよ。ほら、食べてみてください。」
男の子は、それでも、やっぱり、あやしそうな顔をしていたけれども、やがて、用心深く手を伸ばして、マッサが持っているチョコレートから、ほんの小さなひとかけらを、ちぎって、口に入れた。
「どうですか? チョコレート。」
マッサは、わくわくしながらきいた。
男の子は、しばらく、あやしそうな顔をしながら、口をもぐもぐさせていた。
しばらくすると、その顔が、ぱあっと輝いて、ものすごくおいしい顔になった。
「ウーン……」
と、男の子は、ブルーがりんごを食べたときと、そっくりな声を出した。
小さなチョコレートのかけらを、たっぷり、ゆっくり、味わって、飲みこんでから、
「なんだ、こりゃあ!」
と、男の子は、叫んだ。
「めっちゃくっちゃ、うめえ! こんなうめえもの、食ったの、はじめてだ!」
すると、
「何、何!? おいしいもの!?」
「ちょうだい、ぼくにも、ちょうだい!」
「わたしにも! わたしにも!」
「おいしいもの、分けて!」
「おれにも、食わせろ!」
「わたしにも、ちょうだいよ!」
扉の内側に集まって、聞き耳を立てていた、大勢の子供たちが、ものすごい勢いで、どどどどどどーっと、外にあふれ出てきて、いっせいに、チョコレートに手を伸ばした。
「うるせえ、うるせえ、うるせえーっ! おまえら、ごちゃごちゃ、出てくるな! 手をひっこめろ! でねえと、ぶんなぐるぞ!?」
と、男の子は、怒鳴った。
「ええーっ……!?」
と、子供たちは言って、しょんぼりした顔になった。
「ええーっ……!?」
と、マッサも、かなしくなった。
せっかく、おいしいチョコレートをプレゼントして、みんなで、なかよく食べてもらおうと思ったのに、こんなふうに、ひとりじめするなんて……
でも、次の瞬間、男の子が、意外なことを言った。
「全員が、一気に手を出したら、この、うまいチョコレートが、ぐっちゃぐっちゃに、なっちゃうだろうがっ! ひとりずつ、順番だ! 全員、俺の前に、一列に並べーっ!」
「はあーい。」
子供たちは、おとなしく、一列に並び始めた。
男の子は、その並び方にも、こまかく、目を光らせていた。
「待て、待て、おまえら! 小さい子が先だ! いちばん小さい子から先に、順番に並べ! ……あっ、こら、そこ、横入りをするな! ……おい、後ろのほう、けんかするな! ……なに? 二人が、同時に、列にならんだ? それなら、じゃんけんだ! 正々堂々、じゃんけんをして、勝った方が先、負けた方が、あとに並べ!」
きびしい先生みたいに、びしばしと指示を出しながら、男の子は、みんなに、チョコレートをひとかけらずつ配っていった。




