マッサたちと、みっつめの危険
「分からないの。」
お母さんは、静かに言った。
「私とシュウは、途中までは、一緒に戦っていた。
でも、大魔王の軍隊が一気に押し寄せてきて、魔法を使う相手も出てきて……激しく戦っているうちに、私たちは、離ればなれになってしまったのよ。
それから、私は、あの魔法の柱に閉じ込められてしまった。だから、シュウがどうなったのか、分からないの。」
話しているうちに、お母さんの顔が、ものすごく悲しそうになってきて、片方の目から、すうっと涙が流れた。
マッサは、お母さんが泣いているのを見るなんて初めてだったから、びっくりして、どうしていいか分からなくなった。
どうしよう、どうしようと、しばらく慌ててから、マッサは、思い切って言った。
「お母さん、泣かないで! だって、お父さんは、どこかで生きてるかもしれないもん。
ぼくは、小さい頃からずっと、お母さんもお父さんも、死んじゃったと思ってたんだ。でも、お母さんは、魔法で捕まってたけど、ちゃんと生きてたでしょ。
だから、お母さんと同じように、お父さんだって、生きてるかもしれない。いや、きっと、元気に生きてるよ!」
「……ええ、ええ。」
マッサの励ましに、お母さんはうなずいて、涙をふいた。
「そうね。最後まで、希望を捨ててはいけないわね。」
「うん。……あっ、そうだ! ぼく、大魔王をやっつけたら、お父さんを探しにいくよ。
それで、お父さんを見つけて、お母さんと、お父さんといっしょに、お城に住みたいな。」
「まあ。そんな日が来たら、まるで夢みたいに幸せね。」
お母さんが、ようやく、にっこり笑ってくれたので、マッサはほっとした。
でも、同時に、
(ぼく、勢いで、大変なことを言っちゃったかもしれない。)
という気もした。
だって、お父さんを探し出す前に、まずは、大魔王と対決して、やっつけるという、ものすごい大仕事をやりとげなくちゃならないからだ。
お母さんやお父さんが戦っても、かなわなかった相手を、ぼくが、やっつけることなんて、本当にできるんだろうか?
それに、もし、何とかして大魔王をやっつけることができたとして、本当に、お父さんを見つけ出すことなんて、できるんだろうか?
さっきは、お母さんを励ましたい一心で、あんなふうに言ったけど、もしかしたら、お父さんは、十年前の戦争のときに、もう――
(いや、いや! こんなこと、ぐだぐだ考えていちゃ、だめだ!)
考えが、だんだん、暗いほうへ行きかけたので、マッサは、ぶるぶるっと頭を振って、いやな考えを追い払った。
まだ、大魔王の島に着いてもいないのに、その先の、先のことまで、あれこれ考えたってしょうがない。
まずは、とにかく、大魔王と対決して、勝つことを考えなくちゃ。
そのために、今できることは、しっかり寝て、体をやすめて、パワーをためておくことだ。
「じゃあ、お母さん、ぼく、寝るね。」
「ええ。あなたと大切なお話ができて、よかったわ。おやすみなさい、マッサ。」
「うん。……ねえ、お母さん?」
「なあに?」
「ぼく、ここで寝てもいい?」
「えっ、甲板で? もちろん、いいけど、寒くない?」
「マントがあるから、寒くないよ。」
「そう? じゃあ、おやすみなさい。よく眠ってね。」
「うん。」
マッサは、お母さんのすぐそばで、マントにくるまり、船端の壁にくっついて横になった。
そして、薄目を開けてお母さんの姿を見ながら横になっていた――と思う間もなく、すぐに、ぐっすりと眠りこんでしまった。
眠りながら、マッサは、夢を見た。
元いた世界の、自分の家の、宝物がいっぱい詰め込まれた「あかずの間」の夢だ。
そこに、おじいちゃんがいて、工事に使うつるはしを振るって、必死に、壁に穴をあけている。
あの不思議な「穴」があいていた場所だ。
でも、もう、そこに「穴」はない。
マッサとブルーを追いかけてきた化け物鳥が、木を倒してしまったせいで、「穴」が消えてしまったからだ。
おじいちゃんは、泣きながら、必死に壁を掘っている。
いなくなったマッサを探しているんだ。
でも、いくら壁を掘っても、出てくるのは、木のくずとか、石のかけらばっかりだ。
(おじいちゃん。)
家出をしようと決めたあの日から、もう、何十年も経ったような気がして、マッサは、胸が痛くなってきた。
あの日は、おじいちゃんに、めちゃくちゃ腹を立てていたけど、今は、もう、そうじゃない。
お母さんの話を聞いて、やっと、わけがわかったからだ。
おじいちゃんが、どうして、マッサが魔法や冒険に興味を持つと怒っていたのか。
どうして、「あかずの間」のことを、マッサにずっと隠していたのか。
そういうことが、全部、やっと分かった。
(おじいちゃん、泣かないで! ぼくは、元気だよ、ここにいるよ!
ぼく、もう、おじいちゃんに怒ってないよ。おじいちゃんが嫌いだから、家に帰ってこないんじゃないからね!)
マッサは、おじいちゃんにそう言いたかったけど、こっちの声は、おじいちゃんには届かない。
やがて、壁を掘るのに疲れ果てたのか、おじいちゃんは、その場にがっくりと座りこんでしまった。
(おじいちゃん!)
マッサは叫んだ。
(おじいちゃん、心配しないで! ぼく、元気だよ。約束するよ! いつか、絶対に――)
はっと目を覚ましたとき、まわりは真っ暗で、マッサは一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
目をこすると、目のまわりがぱりぱりになっていて、ぎょっとしたけど、すぐに、自分が寝ながら泣いていたせいだと気がついた。
そうだ、ぼく、今、悲しい夢を見ていたんだった――
「敵襲だぁっ!!」
いきなり、ガーベラ隊長の鋭い叫び声が響き渡って、マッサは一瞬でその場に飛び起き、ついさっきまで悲しい夢を見ていたことも、一瞬で頭から吹っ飛んでしまった。
「何、何!? どうしたの、何が来たの!?」
「ああ、もう、うるっせえなぁ! 誰だよ、俺が寝たとたんに騒ぎ出しやがって……」
「私だ、ディール! 寝ぼけるな、敵襲だぞ!」
「あっ、隊長!? すんません! どこです!?」
「えぇーん、えぇーん、こわいよーう!」
『てき!? どこ、なに!? たいへん、たいへん、たいへん!』
真っ暗で、ほとんど何も見えない上に、みんなが慌てていろいろ言いながら、うろうろ動き回るものだから、飛ぶ船の上は、大混乱に陥った。
「静かにッ! 全員、口を閉じて、その場に止まれぃっ!」
ガーベラ隊長の声の迫力に、混乱していたみんなが口を閉じ、びしっと止まって、その場は、しーんとなった。
「前方に、化け物鳥の群れ! タータさんが発見した。ものすごい数だ! このまま進めば、この船は、化け物鳥の大群のなかに突っ込んでしまう!」
「ええっ……!?」
マッサは、ぞっとして思わず叫んでから、はっとして口を押さえた。
化け物鳥の群れは、まだ、かなり遠くにいるらしい。
あたりはもう暗くなっているから、マッサの視力では、目を凝らしても、群れの姿は見えなかった。
タータさんの鋭い目だからこそ、これほど遠くから、前もって見つけられたんだ。
あの、ギャーッ、ギャーッという嫌な声も、まだ、聞こえてこない。
でも、このまま近づいていったら、ぶつかるのは時間の問題だ!
「どうしよう……お母さん、今から、方向転換して、逃げることはできる!?」
「無理よ。」
お母さんは、きっぱりと言った。
「もちろん、方向転換はできるけれど、化け物鳥に見つからずに離れるのは、無理だわ。そんなに速くは飛ばせない。」
「ええっ!? それじゃ……」
『ブルルルルッ! こわい、こわい! ばけものどり、こわい!』
ブルーが、マッサのところに走ってきて、だだだだーっと胸によじ登ってきた。
ふさふさの小さな体が、ぶるぶる震えている。
でも、震えているのは、マッサも同じだった。
マッサとブルーは、二度も、化け物鳥に食べられそうになったことがあるから、あいつらが来ると思っただけで、もう、倒れそうになるくらい怖い。
「ええい、こうなったら、戦うしかねえってことか! おい、フレイオ、炎の魔法を頼むぜっ!」
「ええ、分かりました!」
ディールとフレイオが叫び、
「子供たちは、すぐに下の部屋に降りるんだ! 王子とブルーも、下へ!
ボルドンは、甲板の真ん中にいて、近づいてきた化け物鳥を、爪で叩き落としてくれ!」
『グオオオーン!』
ガーベラ隊長とボルドンが叫び、
「えーと、それじゃあ、わたしは、何か投げて戦います! えーと、フォーク、フォーク……スプーン……」
タータさんが、急いで戦いの準備を整える。
でも、
「いいえ、みなさん。その必要はないわ。」
アイナファール姫が、静かに言った。
「みなさんは、そのまま、そこにいて大丈夫。私が、魔法を使います。」




