マッサ、お母さんと話す
嵐も通り過ぎ、昼下がりになるころには、アイナファール姫も起きてきて、船は再び空に浮かび上がり、北へと進み始めた。
「では、夜に備えて、私たちも交代で休むことにしよう。」
「じゃあ、隊長は先に寝てくださいや。俺が、あとで交代しますぜ。」
「そうか? では、頼んだぞ。何かあったら、すぐに起こしてくれ。」
「えーと、それじゃあ、わたしは、フレイオさんと、組になりましょうかね。どうぞ、先に寝てください。」
「えっ、ああ、そうですか? では、お言葉に甘えて。」
『グオグオ、ガオッ、ウオーン。』
『わかった! ぼく、さきにねる! あとで、ボルドンと、こうたい!』
みんなは二人一組になって、一人は眠り、もう一人は、それぞれの場所で、見張りに立ち始めた。
チッチやタック、ほかの子供たちは、というと、大雨の中、がんばって水を集めた疲れが出て、みんな、もう、ぐっすり眠りこんでいる。
なんとなく広々として、しーん、となった甲板を歩いて、マッサは、船の先頭の、へさきのあたりにいるお母さんのところへ歩いていった。
「あら? マッサ、どうしたの?」
お母さんは、すぐに、マッサの足音に気づいて、ふりむいて、にっこりした。
「あなたも、眠っていいのよ。私が眠っていたあいだ、ずっと起きていたんでしょう? 水を集めるときに、とってもがんばっていたって、ガーベラ隊長が言っていたわ。」
「うん。」
マッサは、確かに、ものすごく眠かったけど、その場から動かなかった。
これまでは、敵が襲ってきたり、みんなが甲板を動き回っていたりして、なかなか、お母さんと二人だけで話すチャンスがなかった。
でも、今はちょうど、まさに、そのチャンスだ。
「ねえ、お母さん。船を動かしながら、ぼくと喋ってても、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。なあに?」
「あのさ……あのね、急に、聞くけど……あのね……ぼくが、赤ちゃんのときって、どんなふうだった?」
「ああ……」
マッサがたずねると、お母さんは、にっこりと笑った。
「とっても、とっても、かわいかったわ。ゆりかごで、すやすや寝ているなって思っていたら、眠ったまま、私たちのところへ、魔法で、ふわふわ飛んできちゃったりしてね。空中で急に目を覚まして、落っこちたりしないかって、よく心配したのよ。」
「ぼく、寝たまま、空を飛んでたの!?」
マッサは、びっくりしながらも、そういえば、ずっと前に《魔女たちの城》で、おばあちゃんがそんなことを言ってたな、と思い出した。
「ええ、そうよ。本当に、かわいかったわ。私と、シュウの、一番の宝物だった。」
お母さんが、急にそう言ったので、マッサは、はっとした。
「えっ? ……シュウ? それって……」
「ああ、そうね、あなたは、赤ん坊だったのだから、覚えていないわね。」
お母さんは、懐かしそうな、寂しそうな顔でマッサを見つめてから、言った。
「シュウは、あなたのお父さんよ。」
「お父さん……」
マッサは、思わず、その言葉を、口の中で何度か繰り返した。
お父さん、という言葉を、実際に口から出すというのは、マッサの人生で、これまでに、あまりないことだった。
同時に、マッサは、元の世界の、おじいちゃんのことを思い出した。
マッサがまだ小さかったころ、ほんのときたま、おじいちゃんが、お父さんの話を口に出すことがあった。
だから、お父さんの名前が、シュウだということは、マッサは知っていた。
でも、お父さんが、どんな人だったのかということは、ぜんぜん知らない。
おじいちゃんは、いつも、すぐに、はっとしたような顔をして、お父さんの話をやめてしまって、それからは、何も話してくれなかったからだ。
「ねえ、お母さん。お父さんって、かっこよかった?」
「顔のこと? ええ、とっても、かっこよかったわ。」
「そうなんだ。ぼくと、似てた?」
「うーん、そうね、眉毛や、目のあたりが似ているわね。それに、あごも。」
「そう?」
そんなふうに言われても、あんまり、よく分からなかったけど、かっこよかったというお父さんと、自分が似ているところがあると分かって、マッサは、ちょっと嬉しかった。
マッサは、お父さんがどんな顔の人だったのか、これまで、ぜんぜん知らなかった。
お父さんの写真も、お母さんの写真も、家には、一枚もなかったからだ。
おじいちゃんは、
「写真を見ると、昔のことを思い出して、つらくなる。」
という理由で、写真をぜんぶ捨ててしまったと言っていた。
それを聞いて、マッサは、
(ぼくは、お父さんやお母さんの写真が見たかったな。捨てたりしないで、取っておいてくれたらよかったのに!)
と、腹を立てたけど、今、思えば、家にお母さんの写真がなかったのは、当たり前のことだったのかもしれない。
だって、お母さんは、こっちの世界のお姫さまだったんだから。
こっちの世界には、写真なんて――
「ん?」
そのとき、マッサは、急に、重大なことに思い当たった。
マッサのおじいちゃんは、マッサが元いた世界の人で、マッサのお父さんのシュウは、おじいちゃんの子供だ。
ということは、お父さんも、おじいちゃんと同じように、もともとは、元の世界で暮らしていたはずだ。
でも、マッサのお母さんのアイナファール姫は、こっちの世界の人だ。
元の世界に住んでいたはずのお父さんと、こっちの世界に住んでいたお母さんが、いったい、どうやって、出会って、結婚することになったんだろう?
「ねえ、お母さん。ぼくのお父さんって……ここの人?」
「ここの、って?」
「ああ、あの、えーと、つまり……ここ、この、世界っていうこと。魔法がある、この世界……」
「いいえ。」
お母さんは、はっきりと言った。
「シュウは、ここの人じゃなかった。彼は、穴を通って、違う国からやってきたの。」
「あの穴だ!」
マッサは、思わず叫んだ。
きっとお父さんは、マッサがこの世界に入ってきたときと同じように、あの「あかずの間」の壁にあいた穴を通って、こっちの世界に来たんだ。
「そうか、分かったぞ! だから、あの部屋には、あんなに、宝物がいっぱいあったんだ!」
マッサは、長いあいだ忘れていた謎が、急にはっきり解決して、またまた叫んだ。
お父さんは、昔、あの部屋の穴を通って、元の世界と、こっちの世界を行ったり来たりして、冒険していたんだ。
そして、手に入れた、いろんなお宝を、あの部屋に集めていたんだ。
いや――ちょっと、待てよ。
おかしいぞ。
いくら何でも、自分の家の中がそんなことになってるのに、おじいちゃんが、そのことに、ぜんぜん気がついてなかった、なんてことが、あるんだろうか?
「ねえ、お母さん。」
マッサは、どきどきしながらたずねた。
「お母さんは、お父さんの、お父さんに……つまり……ぼくのおじいちゃんに、会ったこと、あるの?」
「ええ、もちろんよ。」
お母さんは、あっさりとうなずいた。
「シュウといっしょに、よく、こちらに遊びに来ていらっしゃったもの。結婚するときには、ご挨拶をしたし。」
「えっ……」
マッサは、頭が混乱してきた。
「じゃあ……おじいちゃんも、こっちに、来たことがあって……っていうことは……おじいちゃんは、お母さんのこととか、魔法のこととか、こっちの世界に住んでる人たちのことも、知ってたっていうこと!?」
「ええ、そうよ。」
「いや、でも……そんなはず、ないよ! だって、おじいちゃんは、そういうの……つまり、魔法とか、怪物とか、騎士たちとか、そういうのを、全然、信じてなかったもん!
ぼくが、冒険の物語を読んでたら、おじいちゃんは、めちゃくちゃ怒って、『こんなことは、本当にはおこらない! うそばっかりだ!』って、言ってたもん。
だから、おじいちゃんが、こっちに来てたことがあるなんて、絶対、信じられない!」
「ああ……」
お母さんは、マッサの顔を見つめて、大きくうなずいた。
「それで、やっと分かったわ。
あなたは、十年前の戦争のとき、おじいさまに連れられて、シュウのふるさとの世界に戻っていたのね。そして、ずっと、そこで大きくなった。
だから、魔女たちの魔法をもってしても、いなくなった王子の――つまり、あなたの居場所が、まったく分からなかったのだわ。」
「おじいちゃんが、ぼくを連れて……?」
「ええ、そうよ。十年前、大魔王の軍隊がどんどん押し寄せてきたときに、私とシュウは、赤ん坊だったあなたと、プルルプシュプルーを、おじいさまに託して、あなたを連れて逃げてくださるように、お願いしたの。
もちろん、あなたと離ればなれになるのは、本当につらかったわ。
でも、私たちは、大魔王の軍隊と戦わなくてはならなかったから、一緒にいると、あなたまで危険にさらされてしまうと思ったの。」
「じゃあ……おじいちゃんは、やっぱり……大魔王のこととか、お母さんの魔法のこととか、ブルーのこととかも、もともと、全部、知ってたっていうこと?」
「ええ。」
「でも……なんで!? それじゃあ、なんで、おじいちゃんは、ぼくに、ほんとのことを教えてくれなかったの!? 魔法なんか、ない! って言ったり、冒険なんか、嘘っぱちだ! って言ったり――」
「マッサは、もっとはやく、本当のことが知りたかったのね。」
「そりゃ、そうだよ! そしたら、もっとはやく、こっちに来られたし、お母さんを、もっとはやく助けてあげられたのに!」
「そうね。……でも、私には、おじいさまの気持ちが、少し、分かる気がするわ。」
お母さんは、穏やかな調子で言った。
「おじいさまは、大切な孫のあなたを、絶対に、失いたくなかったのよ。
もしも、本当のことを知ったら、あなたはきっと、すぐに、こっちの世界に来たいと思ったでしょう。そうしたら、あなたの命まで、危険にさらされるかもしれない。おじいさまには、それが耐えられなかったのね。
無理もないことだわ。息子と、孫を、同じように失ってしまうなんて、想像するだけでおそろしい。私でも、そんなこと、とても耐えられないわ。」
「息子と、孫を、失う……」
マッサは、これまでも、うすうす感じてはいたけど、今まで、あえてはっきり聞かなかったことを、ついに、勇気をふるって聞いてみることにした。
「ねえ、お母さん。ぼくの、お父さんは、大魔王と戦って、死んじゃったの?」




