マッサたち、たたかう
「ええっ!?」
チッチの言葉に、船の上は、騒然となった。
同時に、マッサには、ブルーが暴れている理由が分かった。
きっと、一番耳のいいブルーには、マッサたちにはまだ聞こえていない、人魚たちの歌が聞こえているんだ。
それで、ブルーだけ、海に誘い寄せられてしまっているに違いない。
と、いうことは――?
「ちょっと、待って。」
マッサは、思わず声に出して呟いた。
耳のいいものから先に、人魚たちの歌を聞いてしまう。
と、いうことは、ブルーの次に、歌声を聞いてしまうのは――?
『グロロローン……』
岩がごろごろするような低い唸り声に、みんなはぎょっとして、騒ぐのをやめた。
ボルドンが、さっきのブルーとまったく同じように、気持ちよさそうにふらふらと頭を揺らしている。
そしてボルドンは、ずっと座っていた甲板の真ん中から、のっそりと立ち上がろうとした。
「だめだめ、だめーっ! ボルドン、座って、座って!」
「やめろ、ボルドン! その歌を聞くな! それは人魚の歌だ!」
「おい、こら! しっかりしやがれーっ! 化け物の歌なんかにだまされて、海に飛び込んだら、おまえ、死んじゃうんだぞーっ!」
隊長、ディール、タータさん、フレイオ、そして子供たちみんなが、ボルドンの足を押さえたり、毛を引っ張ったりして、何とか止めようとする。
でも、ずっと体が大きくて、力も強いボルドンは、みんなが止めていることなんて、枯れ枝が引っかかったくらいにも感じていない。
完全に立ちあがると、のっそり、のっそりと、船べりに向かって歩いていく。
『はなして、はなして! ぼく、いきたい! うみのそこ!』
「だめだよっ!」
暴れるブルーを、何とか止めるのに忙しいマッサは、ボルドンのところに駆け寄ることもできずに、必死に叫んだ。
「ボルドン、やめて! 海に落ちたら、溺れて死んじゃうよ! だめ、だめ、だめだってばーっ!」
「だめだ、力が強すぎる……! いや、みんな、諦めるなーっ! 押し返せ! うおおおおおお!」
「ボルドォォォン! いい加減にしろおおおおお! このままじゃ、俺たちまで、落っこちるだろうがあああああ!」
「あああーん! あああーん! くまさんが、しんじゃうよおおおおお!」
と、そのときだ。
『あれっ?』
急に、ぱちぱちっと目をまたたかせて、ブルーが、暴れるのをやめた。
『なに? あれっ? マッサ、どうしたの? みんな、どうしたの?』
「えっ?」
突然、ふつうの様子に戻ったブルーを、マッサは驚いて見おろした。
ついさっきまでのブルーは、人魚の歌に聞き惚れてしまって、こっちの言うことなんて、まったく聞こうとしなかったのに――
『みんなの、うおおおおおおーって、なに?』
「あ、あれは、ボルドンを――」
と、言いかけて、マッサは、はっ! と気がついた。
「そうかっ! 分かったぞ! みんな、叫んで! もっともっと、叫んで!」
「はあーっ!? 何だってーっ!?」
「声だ!」
マッサは、両手をラッパにして、みんなに叫んだ。
「みんなの叫んでる声が、人魚たちの歌を、かき消してるんだ! ほら、見て! ボルドンも!」
見れば、もう船端に爪をかけて、今にも飛び降りようとしていたボルドンも、目をぱちくりさせて、立ち止まっている。
しーん、とした。
「わああああ! だめだめだめ! しーんとしないで! みんな、何か叫んで! あー、あー、あー!」
マッサが声を張り上げると、みんなも、
「うわああああああ!」
「わぁー! わぁー! わぁー!」
「うおおおおおお!」
「よっしゃー! こらー! うりゃー!」
と、口々に声を張り上げた。
でも、意味もないことを、ずーっと大声で叫び続ける、というのは、思った以上に疲れて、長続きしない。
全力で叫んだら、三回目くらいには、もう、喉とお腹が疲れてきてしまう。
「はあっ、はあっ……」
「こんちくしょう! 喉が、いてえ!」
「も、もう、だめーっ……!」
(このままじゃ、だめだ!)
マッサは、必死に考えた。
(何とかしなくちゃ! 何か、人魚たちの声が、聞こえなくなるような――)
「あ、そうか!」
マッサは、また思いついて、自分の耳を力いっぱい両手でふさいだ。
「そうだ、みんな! 簡単だよ! 耳を、ふさげばいいんだ! ほらっ!」
「ああ、なあんだ! そうですよ!」
タータさんが、ほっとした顔でやってきて、ふたつの手のひらで、自分の耳をふさぎながら、残りのふたつの手のひらで、ブルーの耳を、ぎゅっとふさいでくれた。
「どうですか、ブルーさん、聞こえますか?」
『なに? なに? ぜんぜん、きこえない!』
「おい、フレイオ、耳だ! 耳を、しっかりふさいどけよ!」
「はあ? 何ですか? 耳をふさいでいるから、あなたの言ってることが、聞こえないんですよ。」
「王子、大丈夫ですか?」
「えっ、隊長、なに? ごめん、聞こえないよ!」
『グオオーン?』
「くまさん、じっとして! あたしたちが、おみみ、ふさいであげる。」
「うたを、きいちゃ、だめだよ!」
ボルドンの頭の上に、チッチとタックが登って、ふたつの耳の上に、おしりを乗せて座っている。
王子とその仲間たちが、すっかり耳をふさいで、歌を聞かないようにしてしまったことに、人魚たちも気づいた。
彼女たちは、何とかして自分たちの歌を聞かせようと、どんどん仲間を呼び集め、船のすぐ側まで泳いで近づいてきた。
そして、とうとう百人くらいの大集団になり、船を取り囲み、甲高い声をはりあげて合唱しはじめた。
おきき なさい わたし たちの
うるわしく うたうこえを
なみの したで よんで いるの
あなたがたも どうぞここへ
おいで なさい みずの なかへ
うつくしい こえがひびく
うみの そこで まって いるわ
あなたがたも どうぞここへ
「くそっ、だめだ、耳をふさいでも聞こえてくる……! うるせえ、お前ら、静かにしろーっ!」
「いかん! このままでは、やられる……!」
みんなはますます強く耳を押さえたけど、相手の声はどんどん高く、大きくなり、ついには船全体がびりびりと震え出し、足元からも、押さえている手からも、音がびりびり伝わってきはじめた。
「うわああああ! だめだ、聞こえてくる!」
『いいうた……』
「だめだよ、ブルー! その歌、聞いちゃだめ!」
『グオーン……』
「くまさん!? だめだめ、だめよ!」
(どうすれば、いいんだ!)
マッサが絶望しそうになった、そのときだ。
「あーあーあーあー! なんにも、きこえませーん!」
タータさんが、耳を押さえたまま、大声を張り上げている様子が、目に入った。
そうか。
耳を押さえたまま、声を出せばいいんだ。
そうすれば、ほとんど、自分の声だけしか聞こえなくなる!
でも、さっきみたいに、意味のないことを叫ぶのは、長続きしない。
だとすると――
「おーなかが へーったよ!
おなかが おなかが へーったよー!
おーなかが へーったよ!
おなかが おなかが へーったよー!」
マッサは、両手で耳を塞いだまま、いきなり、自分で作った変な歌を、お腹の底からの大声で歌い始めた。
その、全力の大声は、かすかに、まわりのみんなの耳にも届いた。
『ハッ!? おなか、へった! おいしいもの!』
ブルーも、はっ! と我に返って、耳をふさいだまま、マッサと一緒に歌いはじめた。
『おーなかが へーったよ!
おなかが おなかが へーったよー!
おーなかが へーったよ!
おなかが おなかが へーったよー!』
船の上のみんなは、甲板をどんどんばんばん踏み鳴らし、声を合わせて、力いっぱい合唱した。
人魚たちも負けじと、ますます声を張り上げて歌う。
船の上と、波の上で、ものすごい戦いになった。
その、とんでもないうるささに、
「……これは、いったい、何事なの!?」
と、深い深い眠りについていたアイナファール姫も、さすがに目を覚まして、マッサのところにやってくる。
「あっ! お母さん! 耳をふさいで! あのね! お願いが! あるんだけど!」
『そう叫ばなくても、心の声で話せばいいのよ、マッサ。なに?』
「あっ、そうか。あのね、魔法で、僕たちの声を、めちゃくちゃ大きくすることはできる? マイクみたいに!」
『マイク? それは何? ……ああ、でも、分かったわ。あなたたちの歌う声を、私の魔法で、大きくすればいいのね?』
「そう、そう!」
アイナファール姫が目を閉じて、呪文の言葉をつぶやく。
するとマッサたちの声は、いきなり、マイクのボリュームを最大にしたときみたいに、ぐわぁんと大きくなって、人魚たちのほうに響きはじめた。
それまで調子よく歌っていた人魚たちは、突然、ものすごい音が自分たちに襲いかかってきたので、慌てて自分たちの耳を押さえ、ばしゃばしゃ、水をはね飛ばしながらもがいた。
でも、マッサたちの歌は止まらない。
「みんな! 次は、リズムに合わせて、順番に、自分の好きな食べ物を歌うんだ!
チョコレート! ハイッ! チョコレート! ハイッ!」
『りんご! りんご! りんりんりんりん、りんご!』
マッサとブルーに続けて、ガーベラ隊長たちも、やけくその大声で歌う。
「パンパン、パパパン! ふーわふわーの、パン! ……次、ディール!」
「俺ですか!? あー、えー……にーく! ホイ! にーく! ホイ!」
「ヨロイムシ、ヨロイムシ、ヨロイムシーのー、幼虫!」
「あーおいー火、あーかいー火、むーらさきーの火ッ!」
『ガオンガオングオーン! ガオンガオングオーン!』
「かーぞくと、いーただく、たーのしい、おーしょくじ!」
「おとーうちゃんが、つった、でっかいでっかい、さかな!」
「おかーあちゃんの、じまん、ほっかほかの、りょうり!」
みんなが、それぞれの食べたいものを、手拍子、足拍子を入れながら、思いっきり歌いまくる。
人魚たちは、みんなの歌声のパワーに圧倒されて、とうとう、耳を塞いだまま、ぶくぶくぶくと海の底に沈んでいってしまったのだった。




