マッサたちと、ふたつめの危険
オオグライウオの群れの襲撃を乗り越えたマッサたちは、さらに北へ、北へと向かっている。
海に浮かび、風の力や人が漕ぐ力で進むのとは違って、魔法の「飛ぶ船」で空を進んでいるから、ものすごく速い。
「おやっ?」
へさきの近くに立ち、前方に目を凝らしていたタータさんが、おかしなものを見つけた。
「おーい、みなさん! あれを、見てください! ……あっ、でも、みんなで、一気に集まるのはやめて、こう、うまく分かれて、見てくださいね!」
マッサたちは、タータさんに言われた通り、右側の船べりと、左側の船べりに、うまく分かれて、前のほうの海をよく見ようと、首を突き出した。
「あっ! あれは……」
海面に、無数の木切れが、ばらばらと散らばって浮かんでいる。
よくよく見ると、その中には、ちぎれた海賊の旗もあった。
「猿の海賊たちの、船の残骸だ!」
「奴らは、ここで、沈没してしまったということか?」
かわるがわる呟いたマッサと隊長に、
「きっと、あいつら、オオグライウオのむれに、おそわれたのよ。」
チッチが、恐ろしそうに言った。
「このふねなんか、さっき、そらをとんでるのに、おそわれたでしょ。
オオグライウオは、めすが、たまごをうむまえに、いちばん、おおぐらいになって、なんでもかんでも、おそうの。
だって、たくさん、たまごをうむには、しっかりたべて、ちからをつけなくちゃいけないでしょ。
だから、このきせつには、りょうしは、うみにでるのを、やすむの。ふねが、しずめられて、たべられちゃうから。」
「あいつら、うみのことを、ちゃんとわかってなかったから、こんなことになっちゃったんだなあ。」
タックも、恐ろしそうに言った。
「くるときは、たまたま、ぶじだったけど、かえるときは、そうはいかなかったんだ。」
「ま、さんざん悪いことをしてきた奴らだからな。これも、自業自得ってこった。」
ディールが、そう一言で片づけたけど、みんな、何となく、海の底知れない恐ろしさを感じて、気味が悪くなった。
その不気味な感じは、夕方になると、ますます強くなった。
海面に、雲がかかってぼんやりとした夕焼けが映って、暗い赤色に染まっていく。
ふつうは美しく思えるはずの夕暮れの景色が、まるで海に血が流れているように見えて、薄気味悪い雰囲気だ。
「そろそろ、船を、海におろします。」
アイナファール姫が言った。
さすがの大魔法使い、アイナファール姫でも、一日中、休まずに船を飛ばし続けるということはできない。
夜になったら、みんなと同じように眠らなくては、いつか疲れ果てて、魔法の力が尽きてしまう。
船はゆっくりと高度を下げ、そうっと波の上に滑りおりて、音もなく浮かんだ。
「お母さん、大丈夫? 疲れた?」
「ええ、ちょっとだけね。でも、大丈夫。しっかり眠れば、すぐに元気になるわ。」
アイナファール姫はにっこり笑って、マッサの頭をなで、みんなを見回した。
「みなさん、私は、今から眠りにつきます。船を飛ばすだけの力をはやく回復させるための、特別な、深い眠りに。
たぶん、肩を叩かれたり、何度か大声で呼ばれたりしたくらいでは、目を覚まさないでしょう。
でも、心配しないで。力が戻ったら、自然に目が覚めますから。」
「分かった。おやすみ、お母さん。ゆっくり休んでね。」
「よろしければ、こちらをお使いください。」
隊長がさし出したマントを、
「ありがとう。」
と受け取って、アイナファール姫は、甲板に横になった。
そして、あっという間に、ぴくりとも動かない、深い眠りに落ちていった。
マッサは、ちょっと心配になって、お母さんのそばにぴったりくっついて、お母さんがちゃんと息をしているか、耳を澄まして確かめた。
すると、確かに、ゆっくりと、深く呼吸をしていることがわかったので、
「うん、お母さん、ぐっすり寝てる。」
と、安心して立ちあがった。
そうこうしているうちに、太陽は完全に水平線に沈み、しばらくすると、あたりは本当に真っ暗になった。
空が曇っているせいで、月も、星も見えない。
ただ、ぴちゃんぴちゃん、たぷんたぷんと、波が船腹にぶつかる音だけが響いている。
みんな、何となく怖くなって、アイナファール姫と、フレイオのまわりに集まった。
真っ暗闇の中でも、フレイオのそばだけは、フレイオ自身の体がぼんやりと光って、ほんのちょっとだけ明るかったからだ。
「まっくらで、こわいよう……」
「ねえ、まほうで、あかりをつけて!」
「そうだよ、あの、きらきらのまほうで、あかりをつけて!」
「しいっ、静かに。」
フレイオにお願いする子供たちに、ガーベラ隊長が、小声で言った。
「今、灯りをともすことは、できない。
夜の灯りには、虫が集まる。それを食べようとして、もっと大きな生き物も集まってくる。
今、この船は、海に浮かんでいるのだ。海の底から来た巨大なやつに、体当たりなどされたら、大変なことになる。」
「ああ、そうか……」
子供たちはみんな、隊長の話を聞いて、納得した。
夜に釣りをするときには、松明を燃やして、その光で、海の小さな生き物や、それを食べる魚を呼び寄せることもあるくらいだ。
こんな真っ暗な海のど真ん中で、明るい魔法の灯りなんかともしたら、その光につられて、どんなものが海の底から浮かび上がってくるか、考えただけでも恐ろしい。
「ほとんど何も見えんが、一応、不寝番をたてよう。」
と、ガーベラ隊長が言った。
「だが、何か気になることがあっても、絶対に、船べりから身を乗りださないように。
他の者が眠っているときに、海に落ちたら、救助が遅れて、助からないかもしれないからな。
そして、眠いからといって、船べりにもたれかかって見張りをするのもだめだ。
うっかり、そのまま眠りこんでしまったら、頭から、海にドボンといくかもしれない。」
「ねえ、念のため、見張りは、二人ですることにしたら?」
隊長の話を聞いて、マッサが提案した。
「二人いれば、船のこっち側と、こっち側を同時に見張れるし、万が一、どっちかが海に落っこちるようなことがあっても、もう一人が、音で、すぐに気付いて、みんなを起こせるでしょ。」
「確かに、それはいい考えです。」
隊長が言った。
「では、不寝番は二人ずつということにしましょう。誰が最初にやる?」
「あー、そんじゃ、まずは俺が……」
と、ディールが手を挙げて言いかけた、そのときだ。
『きこえる……』
と、急に、マッサの足元で、小さな声がした。
「えっ? 何?」
『きこえる!』
マッサの足元で、うっとりした顔になり、ブルーが呟いた。
『ほら、また、きこえる! ……いいうた!』
「はぁ? もじゃもじゃ、何言ってんだ?」
「歌って……何のこと? 何も、きこえないよ?」
みんながそう言っても、ブルーは、まるでみんなの言葉なんて耳に入っていないように、ふらふらと気持ちよさそうに頭を振っている。
それから、急に、くるっとみんなに背中をむけて、すたすたと甲板を歩き出した。
ブルーは船べりまで歩いていくと、がりがりと爪を立てて、登ろうとしはじめた。
その向こうは、何もない海だ。
まさか、ブルーは、海に飛びおりるつもりなのか!?
「ちょっと、ブルー! 何してるの!? だめだよ! 海に落っこちちゃうよ!」
『はなして、はなして!』
慌てて駆け寄ったマッサに、ぎゅうっと捕まえられて、ブルーは、手足や尻尾をばたばたさせて暴れた。
『いやだ、いやだ! ぼく、いきたい! よんでる!』
「『呼んでる』……!?」
マッサがぎゅっと眉を寄せた、そのときだ。
かなり遠くの波のあいだで、何か白いものが、点々と、浮かんでは沈むのが、ちらっと見えた。
「んっ!?」
ブルーを押さえながら、目を凝らす。
あれは、魚か? それとも、違うものか?
しかも、一匹だけじゃない。
ちらちらと見えているだけで、少なくとも、十匹以上はいる!
「あっちに、何かがいる! 海の上!」
まだ暴れているブルーを、必死に抱きしめて止めながら、マッサは叫んだ。
それを聞いたみんなが、一斉に駆け寄ろうとするのを、
「ばか者っ! 一気に、全員が、一か所にかたまるな! 船が傾くぞ!」
という、ガーベラ隊長の一喝が止める。
「私が、行きます!」
タータさんが、さっと手を挙げて、ひとりで船べりに走った。
四本の腕で、しっかり船端をつかみ、暗い海に向かって、鋭い目を凝らす。
「……んんっ!?」
やがて、タータさんは、一本の腕でごしごしと両目をこすり、目をぱちぱちさせながら叫んだ。
「あの、えーと、私の、見間違いでなければ、ですけど……
海の中に、女の人たちがいます! それも、大勢! にこにこしながら、こっちに、手を振っています!」
「ええっ!?」
マッサも隊長たちも、思わず、何を言っているんだ、というような声を上げた。
こんな、まわりに島も何もない、夜の海のど真ん中で、楽しそうに泳いでいる女の人たちなんて、いるわけがない。
タータさんは、幻でも見ているんじゃないか?
でも、子供たちは、真っ青になった。
「たいへん!」
チッチが叫んだ。
「それ、にんぎょよ! こえをきいちゃ、だめ!
にんぎょは、うたごえで、えものを、うみのなかにさそいこんで、おぼれさせちゃうの!」




