希望、消える
ブオッ ブオッ ブオォーッ!!
ものすごくうるさい音が、遠くから聞こえる。
マッサは、その音で、はっ!? と目をさました。
一瞬、何が起きたのか、よく分からなかった。
確か、自分はさっき、ボルドンを追いかけてきた猿の海賊たちの前に立ちはだかって、それから――
それから、まるで、後ろから思いっきり突き飛ばされたみたいな、ものすごい衝撃があって、それで、気絶してしまったんだ。
「……ボルドン!?」
頭を振りながら砂の上に置きあがったマッサは、はっとした。
振り返ると、林の中から、もうもうと煙があがっている。
あっちは、ボルドンが向かった方向だ!
いったい、何が起きたんだ!?
「ボルドン!」
マッサと同じように、気絶してばたばたと倒れている猿の海賊たちの上を飛び越えながら、マッサは、林の中へと駆け込んでいった。
林の奥に向かうにつれて、焦げ臭いにおいが、どんどんひどくなってくる。
生えている木の皮が、林の奥側のほうだけ、黒く焦げている。
木の葉は、吹き飛んでなくなり、枝や、幹まで折れている木もあった。
まるで、ひどい火事――いや、爆発でも、起きたみたいだ。
そうか。爆発だ。
だから、さっき、ものすごい衝撃が来たんだ。
「ボルドン!」
マッサが走っていくと、地面に、ぐったりと倒れている大きな姿があった。
ボルドンだ。
「ボルドン、ボルドン!」
ボルドンは、全然、動いていない。
まさか、この爆発に巻き込まれて、死んじゃったなんてことは――
「ボルドン、ボルドン! しっかりして!」
あんまりにもショックすぎて、涙がふき出してきた。
マッサは、ボルドンの毛皮にしがみついて、思いっきり揺さぶりながら叫んだ。
「ねえ、しっかりしてよ! ボルドン、ボルドーン!」
『……グオッ?』
マッサの、ボルドンの毛皮をつかんだ両手から、ぶるぶるっと、細かい震えが伝わってきた。
「えっ?」
と、マッサが涙にぬれた目を見開くと同時に、
『グオオオオオーン!』
大きな吠え声を上げて、ボルドンが立ちあがり、ぶるぶるぶるっと体をゆすって、焦げた木の枝や砂をはらい落とした。
よく見ると、ボルドンが倒れていた場所は、ちょうど、割れた大きな岩のかげだった。
その岩が盾になって、ボルドンの体を、爆発から守ったんだ。
「ボルドン! よかったーっ! 死んじゃってたら、どうしようかと思ったよーっ!」
マッサは嬉しさのあまり、ボルドンの前脚に抱き着いた。
でも、ボルドンは、しーんとしている。
「……どうしたの?」
ボルドンの顔を見上げて、マッサは、あっと気付いた。
ボルドンは、じっと、岩の向こうを見つめている。
そこには、みんなで作ったいかだがあるはずだ。
岩を回りこんで、向こう側を見たマッサは、何も言えずに、立ち尽くした。
力を合わせて、材料をかき集め、何日もかけて作り上げた、みんなのいかだ。
そのいかだは、黒焦げの、木っ端みじんになっていた。
もともとの形を知らなかったら、
「これは、元は、いかだだったんですよ。」
と言われても、全然、信じられないくらい、小さく、ばらばらになってしまっていた。
これでは、もう一度、飛び散った部品をかき集めて作り直す、ということも、とうてい無理だ。
ブオッ ブオッ ブオォーッ!!
また、あの、うるさい音が響き渡った。
海のほうからだ。
呆然としていたマッサは、その音を聞いて、はっと我に返った。
林から走り出て、海のほうを見ると、何そうものボートが、沖にとまった海賊船にむかって、大慌てで向かっている。
砂浜にいた猿の海賊たちが、ボートで、本船にひきあげているんだ。
ブオォーッ!! という、うるさい音は、海賊船のほうから聞こえていた。
あれは、きっと、もうすぐ出発するから戻ってこい、という合図なんだ。
「そうだ!」
マッサは、思いついた。
「タカように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く――
飛べっ!」
ひらりと空中に舞い上がったマッサは、猛スピードで、海賊船に向かって飛び始めた。
こうなったら、もう、ぼくが海賊船に乗り込んで、船を奪うしかない。
このまま、大魔王の島に戻られたら、マッサたちがすぐそこまで来ていることを、大魔王に報告されてしまうし、いかだが壊された今、マッサたちが使える船といったら、今まさに海賊たちが乗っている船しかないからだ。
マッサが、海賊船にぐんぐん近づくにつれて、甲板の上で、猿の海賊たちがこっちを見上げて、指さしながら大騒ぎしているのが見えてきた。
慌てて、ひゅんひゅんと矢をうってくるやつもいるけど、遠いから、ぜんぜん当たらない。
そもそも、もし命中したって、《守り石》があるから、マッサには効かないのだ。
(どうやって、船を奪う!?)
マッサは、飛びながら必死で考えた。
そうだ、この剣で、海賊船の帆をはっている綱を、ぱーんと切ってしまうというのはどうだろう?
ふつうの帆船は、帆がなくなったら、進まないけれど、あの海賊船は、大海蛇に引っ張らせているはずだから、何とかなるだろう。
大きな帆が、頭の上からおおいかぶさってきて、海賊たちが混乱しているあいだに、船長を、人質にとるんだ。
そうすれば、手下の海賊たちは、言うことをきくかもしれない。
よし、目指すのは、真ん中あたりにとまっている、いちばん派手な旗をあげている船だ。
きっと、あの船に、船長が乗っているはずだ――
そう、マッサが考えた、次の瞬間だ。
「うっ!?」
急に、がくん、と力が抜けて、がくん、と高度が下がった。
この感じ、……前にも、なったことがある。
ボルドンと出会う前、抱いていたブルーを、川に落としてしまって、必死に飛んで追いかけたときと、まったく同じだ。
もうすぐ、魔法の力が、切れてしまう!
「だめ、だめ、だめ! 待って、待って、待って!」
マッサは必死になって叫びながら、何とか、元の高さに戻ろうとしたけれど、どんなに力を振り絞っても、逆に、がくん、がくんと下がっていくばかりだ。
砂浜で、ずっと、あっちこっちを飛び回りながら戦っていたせいで、知らないあいだに、魔法の力を使いすぎていたんだ。
このままでは、海に、墜落する!
足元に広がる、真っ黒に見えるほど深い海を見おろして、マッサは、ぞうっとした。
《守り石》があるから、死なないかもしれないけど、深い海の底で、溺れて苦しいまま、ずっと死なずにいるなんて、ぜったいに嫌だ!
マッサは、とうとう、空中で海賊船に背中を向けて、引き返しはじめた。
高度は、どんどん、どんどん、下がり続けている。
「まだ、だめ! まだ、だめ! お願い! あああぁ!」
と叫びながら、マッサは、ひょろひょろ、ひょろひょろ、必死に飛び続けた。
最後は、もう、ほとんど両足に波がかかるくらい、海面すれすれのところを飛びながら、どうにか、岸辺まで帰りついて、ドサッと、力尽きて砂の上に膝をついた。
「王子!」
「マッサ!」
「大丈夫ですか?」
「魔法の力を、使い切ってしまったのですね……」
ガーベラ隊長とディール、タータさん、フレイオが駆け寄ってくる。
「ごめん、みんな……ぼく、あの海賊船を、奪おうと思ったんだけど……」
言っているうちに、マッサは、鼻の奥がつうんと痛くなってきた。
海のほうを振り向くと、六そうの海賊船が、一目散に遠ざかっていくのが見えた。
その景色が、涙で、ぼうっとかすんだ。
『オオーン、オオーン、オオーン!』
砂浜では、ボルドンが、今までに見せたことがないほど悲しそうな顔をして、大粒の涙を流しながら泣いていた。
『ボルドン、なかないで! ボルドン、がんばった! ボルドン、わるくない。なかないで!』
気絶から目覚めたブルーが、いっしょうけんめい、そう言いながら、ボルドンのまわりを走り回っている。
その近くには、小さな子供たちが、しょんぼりとうなだれて、ものも言わずに立っている。
みんなで作ったいかだは壊され、海賊船も、行ってしまった。
もう、どうしようもない。
せっかく、ここまで、みんなでがんばってきたのに、何もかも、むだだったのか?
小さな子供たちの誰かが、ああーん、ああーんと泣きはじめた。
最初はがまんしていた、他の子たちも、チッチやタックも、ああーん、ああーんと泣き始めた。
それでも、これ以上、どうしようもない。
マッサが、希望を失いそうになった、そのときだ。
『ん?』
と、ブルーが言った。
『グオッ?』
と、泣いていたボルドンも、顔を上げた。
「……なに?」
泣いていたマッサは、鼻をすすりながら言った。
『なにか、きこえる。』
「えっ?」
ブルーは、後ろ足で立ちあがり、まじめな顔で、耳をぴんと立て、じっと耳を澄ましている。
ボルドンも、同じように、耳を澄ましている。
やがて、顔を見あわせたブルーとボルドンは、
『なにか、きこえる!』
と言って、同時に、空を見上げた。
『きこえる。ふしぎなおと。……うえから、きこえてくる!』




