ボルドン、走る
砂浜での戦いは、まだ続いている。
マッサと仲間たちは、それぞれにものすごく強いけれど、何そうものボートにわかれて上陸してきた猿の海賊たちは、何しろ、数が多すぎる。
しかも、マッサたちは、小さい子供たちが危なくならないように、気をつけながら戦っているから、なかなか、一気に決着をつけるというわけにはいかない。
『グオーッ!』
逃げる子供たちを追いかけ回していた猿の海賊を、ばんばーん! と叩いて吹き飛ばしたボルドンは、ふと、顔を上げた瞬間に、おかしなものを見た。
砂浜の、ボルドンたちが戦っている場所から、少し離れたところの波打ち際に、ぽつんと一そうだけ、ボートがとまっている。
さっきは、あんなものは、なかったはずだ。
ボルドンはすばやく見回して、一頭の猿が、こちらに背中を見せながら、こそこそと走っていくのを見つけた。
あいつだけ、戦いから離れて、逃げようとしているのか?
いや……違う。
あっちにあるのは、林だ。
あの猿は、みんなで作ったいかだを隠してある、林のほうに向かおうとしている。
さては、いかだを、壊すつもりだな!
『グオオオオオオーン!』
ボルドンは怒りの雄叫びをあげると、砂を蹴って走り出した。
それに驚いたのは、他の猿の海賊たちだ。
今まで、砂浜のまんなかに陣取って、竜巻のように大暴れしていた熊が、急に自分たちに見向きもせず、どこかに向かって駆けだしたからだ。
『な、何だ、何だ!?』
『熊のやつ、急に逃げ出したぞ!?』
『いや……違う! あっちに、何か、あるんじゃないのか!?』
『行ってみようぜ!』
『追いかけろ、追いかけろ!』
駆けだしたボルドンのあとを追って、猿の海賊たちが、わーっと走りはじめる。
*
そのことに、最初に気づいたのは、魔法で空を飛びながら戦っていたマッサだった。
「えっ、ボルドン!?」
急に、ボルドンが猛然と林のほうに走り出し、一瞬遅れて、そのボルドンを、猿の海賊たちが慌てて追いかけはじめる。
何事かと思って、よく見ると、林のほうに向かって、一頭の猿が走っていく背中が見えた。
しかも、ぼくたちのいかだのほうに向かっている!
(まずい!)
あの猿は、きっと、いかだを見つけて、壊そうとしているんだ。
ボルドンは、そのことに気づいて、あいつを止めようとしている。
でも、そのせいで、他の猿たちまで、林のほうに何かあるのかと気づいて、そっちに向かい始めている。
このままでは、みんなで作ったいかだが、危ない!
「待て待て、待てぇーっ!」
マッサはたちまち、空中でぎゅいーんと向きを変えて猛スピードで飛び、ボルドンのあとを追いかけようとした猿たちの前に、ざんっ! と着地して、立ちはだかった。
『ギャギャーッ!?』
『王子だ、王子だ!』
『チャンスだぜ、やっつけろ!』
『よし、おまえが行けっ!』
『いや、おまえのほうが、行きやがれ!』
《守り石》を持っているマッサには、自分たちの攻撃が効かないことと、マッサの剣がものすごく切れ味鋭いことを知っている猿たちは、たちまちひるんで足を止め、お互いに、ギャアギャア、押し付け合いをしはじめる。
これこそが、マッサの狙いだった。
自分が、ここで他の猿たちを食い止めているあいだに、ボルドンが、あの猿をやっつけてくれることを祈るしかない。
(ボルドン、頼んだよ!)
*
そのころ、だくだんをかかえた猿の海賊は、大急ぎで砂浜を走っていた。
何しろ、失敗したら、大海蛇のえさにされてしまうのだから、とにかく必死だ。
海の上では、王子たちに見つからないように祈りながら必死でボートを漕ぎ、何とか浜辺までたどり着いた。
ここまで来ると、林の木々の向こうに、王子たちの船が隠されているのが、はっきりと見える。
いや……あれは、船というよりも、いかだだ。
ここから《惑いの海》をこえて、大魔王さまの島まで、いかだで行こうなんて、とんでもなく無茶な連中だ。
あんなものは、放っておいても途中で沈没しそうだが、とにかく今は、命令されたとおり、あのいかだを木っ端みじんにしなくてはならない。
このだくだんを、いかだのそばに置いて、導火線に火をつけたら、急いで離れる。
その数秒後には、ドカーンだ。
うまくいけば、船長から、たっぷり、ほうびがもらえるかもしれないぞ!
そのことを想像して、猿の海賊が、思わず、ひひひと笑いそうになったときだ。
『グオオオオオオーン!』
後ろのほうから、ものすごい吠え声がきこえた。
慌てて振り返ると、砂浜を、こっちに向かって、巨大なクマが、ものすごい勢いで走ってくる!
『うわああぁぁーっ!?』
猿の海賊は転びそうになりながら、これまで生きてきて出したことがないほどの全速力で、林の中に駆け込んでいった。
*
ボルドンは、巨大な体全体をばねのようにしならせて突っ走り、目指す相手に、あっという間に追いついた。
『グオォッ!』
ばーん! と振り下ろした前脚は、でも、あとちょっとのところで、猿の海賊に当たらなかった。
相手が、林の中に駆け込んでしまって、そこらじゅうに生えている木が邪魔になったからだ。
『フオッ、ウオッ、グオオオオッ!』
ボルドンは、細い木はバリバリーッと前脚で押しのけ、太い木は肩をぶち当ててメリメリーッと倒しながら、猿の海賊に追いすがり、バン! バン! と前脚を振り下ろした。
でも、そのたびに、猿の海賊は、
『ひええええっ!』
とか、
『あああああっ!?』
とか言いながら、あとちょっとのところで右に左に飛びのいて、ボルドンの攻撃をかわす。
ボルドンは、体が大きすぎて、どう動いても、周りの木に引っかかってしまう。
そのせいで、攻撃のねらいが微妙にずれるのだ。
ボルドンが木に引っかかっているうちに、猿の海賊は、もう、いかだのすぐそこまで近づいている。
このままでは、まずい!
何とかしないと、と周りを見回したボルドンは、ちょうど手が届くくらいの場所に、半分以上地面にうずまっている、巨大な岩を見つけた。
そうだ、これだ!
ボルドンは、鉤爪のパンチ一発で、バグーン! と、巨大な岩を砕き、大人の体よりもでっかいかたまりを作ると、それを持ち上げて、
『ウオオオオオッ!』
と、空に向かって、力いっぱい投げた!
でっかい岩のかたまりは、ヒューン! と林の木々の上をこえて飛び、今まさにいかだのところにたどり着いた猿の海賊の真上に、ドシーン! と落ち……
その瞬間。
大爆発が起こった。
*
ドカアアアァァァン! と、すぐ近くに雷でも落ちたような、すさまじい音がして、砂浜が、びりびりびりっ、と揺れる。
猿の海賊たちも、小さな子供たちも、ほとんど全員がよろめいて、砂の上に尻餅をついた。
「うおおぉっ!?」
「な、何だっ!?」
さすがのディールとガーベラ隊長も飛び上がるほど驚き、ブルーは、あんまり急にびっくりしすぎて、
『ブルルルルルッ!』
と、気絶してしまった。
「今のは……炎の魔法!?」
と、フレイオがはっとして、
「みなさん、あれを!」
と、タータさんが、林の中からもうもうと上がる煙を指さす。
「おいっ……あれは、いかだのほうじゃねえのかっ!?」
ディールが叫んで、
「ちょっと待て、……王子は、どこだ!?」
と、ガーベラ隊長が、真っ青な顔で叫んだ。
「ええっ!? ……って、ボルドンのやつも、いねえぞ!?」
「そっ、そういえば、さっき、ボルドンさんは、あの林のほうに走っていきました!」
タータさんの言葉に、仲間たちは、ぞうっとした。
まさか――?
そのときだ。
ブオッ ブオッ ブオォーッ!!
海賊船のほうから、耳をつんざく、らっぱの音が響いてきた。




