マッサたちの船出
「それじゃあ、みんな、行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」
「きをつけてね! けが、しないでね!」
「がんばってー!」
波打ち際で、いかだに乗りこんだマッサたちに、岸辺から、村の子供たちみんなが手を振っている。
いよいよ、出発の時間だ。
「おかあちゃんや、おとうちゃんたちにあったら、チッチはげんきにしてたって、おしえてあげてね。それで、みんなを、たすけてあげてね。」
「うん。任せて!」
「ぼくも、ぼくも! ぼくのうちのみんなも、ぜったい、たすけてあげてね!」
「もちろんだよ。みんなの家族を、ぜったい、助けてあげるからね!」
マッサは、チッチとタックと、他の子どもたちみんなに向かって、大きくうなずいた。
いかだに乗りこんでいるのは、マッサを入れて、ぜんぶで七人。
いちばん体が大きなボルドンが、バランスをとるために、真ん中にすわり、マッサとブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオは、そのまわりを囲むようにして座っている。
王子と、六人の仲間だ。
マッサは、心の中では、
(本当は「王子と、七人の仲間」なのに……このまま出発して、本当に、大丈夫なんだろうか?)
と心配していたけど、それを、できるだけ顔には出さないようにした。
多分、今、ガーベラ隊長たちも、同じ気持ちでいるだろう。
本当のことを言えば、マッサは、チッチか、タックのどっちかが、
「いっしょにいく!」
と、言ってくれるんじゃないかと、少し期待していた。
でも、もし、ひとりが行くと言い出したら、子供たちみんなが、はやく家族に会いたくて、
「ぼくもいく!」
「わたしも、わたしも!」
と、言い出しそうだ。
全員は、とてもじゃないけど、いかだに乗り切れないし、そうなったら「王子と、七人の仲間」でも、なくなってしまう。
(と、いうことは……あと一人の仲間は、これから、大魔王の島に着くまでに……つまり、海で現れる、っていうことなのかな!?
海にいるなんて、いったい、どんな人なんだろう……? いや、そもそも「人」なのかな?
ブルーとか、ボルドンだって、人間じゃないから、ひょっとしたら、最後の仲間だって、人間じゃないのかも……)
マッサが、そんなことを考えていると、
「おうじさま! かしてあげた、つりざお、ちゃんと、もってる?」
と、チッチがいった。
「えっ? ああ、もちろん! ちゃんと持ってるよ。ありがとう、貸してくれて!」
「ぼくが、かしてあげたつりざおも、ちゃんと、もってる?」
「おう。俺が持ってるぜ!」
タックに向かって、ディールが、自分の横に置いてある釣竿をぽんぽんと叩いた。
海に出たマッサたちが、食べるものに困らないように、子供たちが、家にあった釣竿を貸してくれたんだ。
長い釣糸の先には、釣り針と、毛糸のひらひらがくくりつけてある。
沖に出て、海に釣り糸をたらせば、毛糸のひらひらを、えさの生き物だと勘違いした魚が、ぱくっと釣り針に食いつくというわけだ。
「ねえねえ、わたしが、かしてあげたやつは?」
「ああ、ここにある。大事なものを貸してくれて、感謝するぞ。」
「ぼくのは、ぼくのは?」
「うちのも、ちゃんとある?」
「ええ、ええ、わたしが、二本、借りてますよ。」
「わたしのつりざおは? ちゃんとある?」
「それは、私が持っています。まあ……これまで、一度もやったことがないので、うまく釣れるかどうかは、分かりませんが……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
少し自信なさそうにつぶやいたフレイオに、チッチが言った。
「あのね、つりいとを、ぴくっ、ぴくって、ちいさく、あげたりさげたりするのよ。
そしたら、うみのなかで、けいとのひらひらが、ちいさないきものみたいに、はねるから。」
「そしたら、えさとまちがえて、さかなが、よってくるんだ。」
チッチのあとに続けて、タックも言った。
「さかなが、つんつんって、つっついてるとおもっても、あわてて、ひきあげちゃだめだよ。にげられちゃうから。
じっくり、まって、さかなが、ばくっとくいついて、かんぜんに、はりにかかってから、ひっぱりあげなきゃだめだよ。わかった?」
「ふむ、なるほど、なるほど。」
「……って、フレイオ、こんな、いかだの上で、メモを取ろうとするんじゃねえよっ! ペンでも紙でも、いかだの隙間から、海の中に落としちまったら、もう、どうしようもねえんだからなっ!」
「はっ!? それは、絶対に困りますね。」
慌ててペンと紙を取りだそうとしたフレイオが、もっと慌てて座りなおしたので、みんなは、思わず笑ってしまった。
でも、確かに、ペンや紙だけじゃなく、荷物が海に落ちたり、流されたりするのだけは、絶対に困る。
特に、海の上では絶対に必要で、貴重な、飲み水だけは、何が何でも守らなくちゃいけない。
ただ単に、いかだの上にのせておいただけでは、急にいかだが揺れて、滑り落ちてしまうとか、大波がかぶさってきて、持っていかれてしまう、という危険もある。
みんなは、水や武器、そのほか重要な荷物はぜんぶ、自分の体か、いかだを組み立てている板そのものか、さもなければ帆柱に、がっちりとくくりつけていた。
さらに、自分の体と、いかだの板も、ロープでしっかりとつないである。
万が一のときのための、命綱というわけだ。
こうしておけば、もしも、海に落ちることがあっても、遠くに流されたり、沈んでしまったりすることはないし、仲間に、すぐ引きあげてもらうこともできる。
「そんじゃ、そろそろ、行くか?」
板を削って作った、いかだを漕ぐためのオールを持ち上げながら、ディールが言った。
もちろん、そのオールも、海に落としてしまうことがないように、ロープでしっかりといかだにつないである。
二枚の帆、つまりマストは、今は、まだ、たたんであった。
岸辺から離れて、沖に出ないと、強い風は吹いていないからだ。
そこまでは、オールを動かして、漕いで進むしかない。
「こちらも、準備いいぞ。」
でっかいボルドンの体をはさんで、ディールの反対側から、同じようにオールを握ったガーベラ隊長も言った。
「わたしも、用意できてます。」
四本の手で、しっかりとオールを握って、タータさん。
「私もです。やれやれ、手に、まめができなければいいんですけど。」
と、フレイオ。
「ぼくも、準備いいよ!」
と、マッサが言って、
『みんな、がんばれ、がんばれ!』
『ウオオオオオーン!』
と、ブルーとボルドンが言った。
ブルーは、海に落っこちて流されてしまわないように、ちゃんと、マッサのリュックサックの中に入っている。
「がんばれ、がんばれ!」
「いってらっしゃーい!」
「きをつけてー!」
と、子供たちが、もう一度、声を合わせて叫んだ。
「ようし! それじゃあ――」
と、マッサが、みんなに、漕ぎ始めの合図を出そうとした、そのときだ。
「ん?」
と、いかだの一番前に乗っていたタータさんが、不審そうな声をあげた。
「あれは、……何でしょう?」
「えっ?」
タータさんが見ている海のほうを、マッサたちも、子供たちも、全員が、目をほそーくして見た。
でも、別に、何も見えない。
どこまでも、海が広がっているだけだ。
「いや……あれは、何だ?」
ガーベラ隊長が、緊張した声で言った。
マッサも、目を凝らして見たけど、やっぱり、なにも見えない。
いや……
あれは……気のせいだろうか?
水平線に、小さな、黒い点々のようなものが見える。
最初は、目に入ったごみか何かと思うくらいだったその点は、やがて、けし粒くらいになり、ごま粒くらいになり、たちまち、豆粒くらいの大きさになった。
見間違いじゃない。
確かに、いくつもの、黒い点々が見える――
「船です!」
タータさんが叫んだ。
「真っ黒な、何艘もの船です。こっちに近づいてきます!」
それを聞いた子供たちの顔色が、真っ青になった。
「かいぞくせんだ……」
誰かが、震える声で呟いた。
「よろいをきた、さるのかいぞくせんがきたあ!」




