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マッサたち、おりる

『フンフンフン……やっぱり、かわったにおい、する! どんどん、どんどん、つよくなる!』


「ええ、たしかに!」


『グオン、グオーン!』


 北へ北へと進むにつれて、ブルーたちが感じている「かわったにおい」は、どんどん強くなってくるようだった。

 今、マッサたちが進んでいる道は、だらだらと続く長い登り坂で、坂のてっぺんよりも先の景色は、まだ見えない。

 ふうふう言いながら、坂をのぼり続けているとき、


「……あっ!」


 すうっと、顔に風が吹きつけてきて、その瞬間、マッサも、ブルーたちが感じていたのと同じにおいを、はっきりとかいだ。


「潮風のにおいだ! 海だ、やっぱり、この先に、海があるんだ!」


「おおーっ!」


 タータさんが、顔を輝かせて叫んだ。


「じゃあ、やっぱり、これが、海のにおい、潮風のにおいなんですね! この坂をのぼり切ったら、海が見えるんでしょうか? うわあ、わくわくしてきました!」


「いや、ちょっと、落ち着いて。」


 今にも走り出しそうな様子のタータさんに、ガーベラ隊長が、あわてて言った。


「坂の向こうがどうなっているのかは、まだ分かりませんよ。もしかしたら、いきなり、大魔王の手下が、待ち構えているかもしれない。」


「隊長の言う通りだ。いきなり、飛び出していくのは、危ねえかもしれねえ。弓矢で狙い撃ちにされる可能性もあるからな。」


「なるほど。たしかに、そうですねえ。」


 タータさんは、大きくうなずいて、


「じゃあ、まずは、わたしが、ひとりで行って、偵察しましょうか?」


 と言った。


「いや、おまえ、それ、自分がはやく海を見たいからじゃねえだろうな!?」


 と、ディールが言うと、タータさんは、


「違いますよー!」


 と、四本の手を、ぜんぶ横に振った。


「偵察にかけては、わたしのほうが、みなさんより、うまくやれると思うから、言ってるんです。

 坂のてっぺんに近づいたら、腹ばいになって、はっていけば、向こうからは、姿を見られずに、そーっと、様子をのぞくことができますよ。腹ばいになって、はうのは、わたし、得意ですから。」


「そうだったな。」


 ガーベラ隊長がうなずいた。

 マッサも、《二つ頭のヘビ》山脈を越える前に、タータさんが見せたすばやい偵察のわざを思い出した。


「じゃあ、タータさん、偵察をお願いしてもいい? もし、危ないと思ったら、すぐに戻ってきてね!」


「ええ、任せてください。」


 タータさんは、重いリュックサックをその場におろして身軽になると、背中を丸めて体を低くしながら、さささささーっと、あっというまに、坂のてっぺんに近づいていった。

 てっぺんのすぐそこまで近づくと、さっと地面に伏せて、四本の腕と、両足を使って、すばやく、はって進んでいく。


 マッサたちは、そんなタータさんの後ろ姿を、緊張しながら見守った。

 もしも、坂の向こうに、敵がいて、いきなり、タータさんに襲いかかったりしたら――

 タータさんは、とうとう坂のてっぺんまでたどり着き、四つの肘を地面について、そーっと、体を持ち上げ、顔をあげて、坂の向こうの様子をうかがった。


「……さあ、さあ、一体、どうなってんだ?」


「しいっ。」


 思わずつぶやいて、前に出そうになったディールを、ガーベラ隊長が片手でおさえる。

 マッサたちは、固唾をのんで、タータさんの反応を見つめた。

 と、そのタータさんが、急に、ひょいっとこっちを振り返った。

 そして、『こっち、こっち』というように、一本の腕で、合図を出した。


「えっ……あれって、ぼくたちにも来てほしい、って意味だよね?」


「ええ。とりあえずは、安全そうだということなのでしょう。よし、行きましょう。」


 タータさんは、一本の手で『こっち、こっち』と合図を出し続けながら、もう一本の腕を動かして、『体を、低くして!』と、合図を出している。

 マッサたちは、タータさんの合図のとおり、体を低くして、用心しながら、一列になって、坂のてっぺんに近づいていった。

 列の、いちばん最後にいるボルドンは、体が大きすぎて、すぐに向こうに姿が見えてしまうから、考えて、あまり近づきすぎないようにしている。


「みなさん! ほら、こっち、こっち。あれを、見てください!」


 みんなも、タータさんのとなりに腹ばいになって、そーっと、坂のてっぺんから顔を出して、向こう側をのぞいた。


「海だ!」


 マッサは、思わずつぶやいた。

 マッサたちが今いる場所から先は、急にがくんと地面が落ち込んで、崖になっていた。

 もちろん《死の谷》の崖ほどではないけど、それでも、けっこう高い。

 そして、その向こうには、広い広い海がひろがっていた。


「おおーっ……」

 

 タータさんが目をきらきらさせて見つめているのは、はるか彼方の、水平線だ。

 潮風のにおいのする風が、ゆるやかに、おでこに吹きつけてくる。

 風が強くないから、波も、おだやかだ。

 でも、耳を澄ますと、確かに、ザザーン、ザザーンという音が聞こえてくる。

 海岸に寄せては返す、波の音だ。


「村だ!」


 ガーベラ隊長が、おさえた声で叫んだ。

 マッサは、それを聞いて初めて、崖の下に、ちょっとした林があって、そのそばに、いくつもの家が並んだ村があることに気づいた。

 さっきまでは、その先にひろがる海ばかり見ていたせいで、すぐ下にある村には、ちっとも気がつかなかったんだ。


 みんなは、大魔王の手下がひそんでいるんじゃないかと、眉間にしわを寄せて、じーっと、家々を見おろした。

 でも、いくら、じーっと見ても、よく分からない。

 村は、しーん、と静まり返っていて、何の動きもなかったからだ。

 大魔王の手下の姿も、村の人の姿も、まったくない。

 えんとつから、料理のための煙が出ている様子さえもなかった。


「敵が、いるような気配は……なさそうですけどねえ。」


「敵どころか、ふつうの人間が住んでそうな気配もねえな……」


「あの村、もう、だれも住んでないのかな?」


「ここからでは、よく分かりませんね。油断は禁物です。誰もいないと見せかけて、あれらの家の中に、敵がひそみ、我々を待ち伏せしている可能性もありますから。」


「うーん。」


 マッサは、うなった。

 このまま、あの村に降りていっても、大丈夫なんだろうか?

 と、そのときだ。


「あっ。」


 と、タータさんが小さく声をあげて、長い腕の一本で、村のはしのほうを指さした。

 みんなは、体を低くしたまま、なんとかそっちのほうを見ようと、思いっきり首をのばした。


「あっ。」


 マッサも、小さく声をあげた。

 村のはしっこのほうに、小さな人影がふたつ、動いているのが見える。

 あれは……鎧を着た猿や、幽霊マントじゃあ、ない。

 人間の戦士、でもない。

 もっと、ずっと小さな……


 あれは、子供だ。

 それも、まだ小学校に入る前くらいの、小さな子たちみたいだ。

 ふたりの子供たちは、小さなバケツみたいなものを手に持って、海に近づいていった。

 そして、波が寄せては返す、波打ち際で、何かを集めはじめた。


「あの子たち……遊んでるのかな。」


 と、マッサが言って、


「石ころとか、貝がらとかを集めてるんじゃねえか?」


 と、ディールが言った。

 どっちにしても、これで、ふたつのことが分かった。

 ひとつは、ひっそりとして見えた下の村にも、ちゃんと、人が住んでいたんだということ。

 もうひとつは、あんな小さな子供たちが遊んでいるくらいだから、どうやら、危ないことはなさそうだ、ということだ。


「……とにかく、降りていってみる?」


「そこから、降りられそうですよ。」


 マッサが言うと、タータさんが、手を伸ばして、ななめ下を指さした。

 そこには、崖に刻まれた、急な階段のはじまりがあった。

《赤いオオカミ》隊の、滝の裏の秘密基地にあがるための階段みたいなやつだ。

 かなり昔からある階段みたいで、長いあいだ、使われ続けたせいか、段のかどが、丸くすりへっていた。

 ここを降りていけば、下の村に着くようになっているらしい。


「行ってみましょう。」


 ガーベラ隊長が言って、立ち上がり、腹ばいになっていたせいで土だらけになった服をぱんぱんと払った。


「ボルドンは、悪いが、この崖を大きくまわりこんで迂回して、下まで来てくれ。ボルドンには、この階段はせますぎるし、かといって、いきなりここからボルドンが飛び降りたら、下の村の人たちが、大騒ぎになってしまうからな。

 いいか、村の人たちをおどろかさないように、できるかぎり、そっと来てくれよ。」


『グオーン!』


 ブルーに通訳してもらったボルドンが、わかった、と吠えて、大回りをするために、のしのしと歩きはじめる。

 そのあいだに、マッサたちは、細い階段を、一列になって降りていった。



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