マッサと、なぞの影
「えっ? ……ええええーっ!?」
と、マッサが思わず、大きな声で叫んだせいで、
「うわ!?」
「うおおっ!?」
「どうしました!?」
「何事ですっ!?」
『……はっ!? なに、どこ? ブルルルルッ! こわい!』
だまって真剣に考えていたみんなは、飛び上がって武器をかまえるし、寝ていたブルーは、飛び起きて走り回るし、大騒ぎになってしまった。
無理もない。
マッサとお母さんは、それまで、心のなかだけで話をしていたから、みんなにとっては、しーんとしていたところへ、マッサがいきなり大声を出したようにしか思えなかったんだ。
「うわあ、みんな、ごめん! ぼく、今、お母さんと話をしてたんだ。そしたら、すごいことが分かって、思わず、叫んじゃった。」
「まったく、何だよ、おどかすなよなあ!」
ぶつぶつ言いながら、地面に座りなおしたディールが、
「――で、どんなすごいことが分かったって?」
と、きいた。
「すぐ近くに、大きな橋があるんだって!」
マッサは、みんなの顔を見まわしながら、大きな声で言った。
「十年前の戦争のとき、大魔王の軍勢は、その橋を渡って攻めてきたんだ。お母さんは、その橋を壊そうとしたけど、できなかったんだって。だから、橋は今もあるはずだって、お母さんが言ってる。」
「ええっ? それは、本当に、すっごいことが、分かりましたねえ!」
タータさんが、四本の腕を全部ひろげて、「うわあ」というポーズをしながら叫んだ。
「橋があるなら、わざわざ、糸なんか使わなくても、安全に《死の谷》を渡れます。ああ、よかった、よかった!」
「なんだよ、せっかく、あれこれ話し合ったのに、意味なかったのかよ! ……でも、まあ、よかったぜ。大魔王の軍勢が渡れるほど、でかくて、がんじょうな橋なら、ボルドンのやつも、安心して渡れるもんな。」
ディールが、そこまで言ってから、
「あれ、どうしたんです、隊長?」
と言った。
「いや……」
せっかくの、いい知らせを聞いても、なぜか、まだ難しい顔をしていたガーベラ隊長が、ゆっくりと口を開いた。
「少し、妙だと思ってな。それほど大きい橋が、近くにあるのなら、とっくに、我々のうちの誰かが、見つけていたはずではないか?」
隊長のことばに、みんなが、あっという顔になった。
そう言われてみれば、そうだ。
大きな橋なんてものが、近くにあれば、特に目がいいタータさんやブルー、ガーベラ隊長やディールが、それを見落としたはずがない。
「誰か、今までに、少しでも、橋らしきものを見たか?」
ガーベラ隊長の言葉に、全員が、首を横に振った。
でも、お母さんが、嘘なんか、つくはずがないし――
いったい、どういうことなんだろう?
「王子。とにかく、もう一度《死の谷》に近づいて、あたりのようすを確かめてみませんか? 今は、もう、ゲブルトたちもいないのだから、そこまで警戒することもないでしょう。」
考え込んでいるマッサに、ガーベラ隊長がそう言うと、
『ぼくも、いく! マッサといっしょ!』
すっかり目を覚ましたブルーが、マッサの横に、ぴったりくっついた。
「うん、それじゃあ、見にいこうか。……あっ。でも、全員で崖のほうに行ったら、お母さんが、ここで一人ぼっちになっちゃうから、誰かが、ここに残っていてくれると嬉しいんだけど……」
「では、私が、残っていましょう。」
と、フレイオが手をあげて、
「じゃあ、俺も残るぜ!」
「それじゃあ、わたしも。」
と、ディールとタータさんも手をあげた。
こうして、お母さんのことを、フレイオとディールとタータさんにまかせ、マッサとブルーとガーベラ隊長は、崩れた塔の石の山をよけて、《死の谷》のふちの、すぐそばまで近づいていった。
「ううーむ……やはり、橋らしきものは、見当たりませんね。」
目の前に広がる《死の谷》の、右や、左を何度も見て、ガーベラ隊長が言う。
「ブルー、どうだ? 何か、見えるか?」
『ない!』
隊長と同じように、右や、左を何度も見てから、ブルーも、ぷるぷるぷるっと首を振った。
『こっち、ない。こっちも、ない。はし、ない!』
「うん、確かに、ないね……」
マッサは、そう言いながら、いったい、どういうことなんだろう? と考えこんでいた。
橋がないのに、あるなんていう嘘を、お母さんがつくはずはないから……
ひょっとしたら、お母さんは、見間違いをしたのか、それとも、かん違いをしているのかな……?
「王子。アイナファール姫は、橋はすぐ近くにあるはずだ、とおっしゃったのですね?」
「うん……」
「しかし、その橋が、今、見当たらないということは……ひょっとすると、アイナファール姫が、あの柱に閉じ込められた後に、橋が、くずれて、落ちてしまったということではないでしょうか?」
「あっ……そういうこと、なのかなあ?」
マッサは、まだ、完全には納得できない気持ちで、首をひねった。
だって、そんなに大きい橋がくずれ落ちたのなら、橋の、たもとの部分が、少しくらいは残っているはずだからだ。
ここから、目に見えるかぎり、右にも、左にも、橋がくずれた跡のようなものは、まったく見えない。
「そうだ!」
ガーベラ隊長が、急にそう言って、ぽんと手を叩いた。
「一度、王子が、魔法で、高いところから見下ろしてみてはいかがですか? 地面から見るのと、空から見下ろすのとでは、見え方が、まったく違いますからね。何か、新しい発見があるかもしれません。」
「あっ、なるほど!」
さすがは、いつも空で戦っていたガーベラ隊長の意見だ。
マッサは、さっそく、魔法を使ってみることにした。
「タカのように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く……
飛べーっ!」
ひゅーん! と、マッサは一直線に空に舞い上がり、くずれる前のゲブルトの塔のてっぺんよりも、もっと高いところまでのぼってから、ぴたっと止まった。
地面を見おろすと、手を振っているガーベラ隊長の姿は、豆粒ほど、ブルーの姿は、ゴマの粒ほどの大きさに見える。
そんな高さから、マッサは、左右にえんえんと続く大地の裂け目のような《死の谷》を見おろした。
右のほうを、ずうっと遠くのほうまで見てから、だんだん、戻ってきて、足元のほうを見て、それから、左のほうも、ずうっと遠くまで見た。
でも、やっぱり、大きな橋なんて、どこにも見えない。
大きな橋どころか、細いつり橋のようなものも、いや、それどころか、こわれた橋のあとのようなものさえ、まったく見つからなかった。
(だめだ……やっぱり、ない。)
マッサは、がっかりしながら、ガーベラ隊長たちを見おろして、両手で大きくバツ印を出そうとした。
――と、そのときだ。
「んっ?」
マッサは、空中で、ぴたっと動きを止めた。
地上にいたときには、まったく気づかなかった、不思議なものが、そのときになって、急に目にとまったんだ。
《死の谷》の底にたまっている、真っ白な、不気味な霧。
まるでミルクみたいに見える、白い霧の表面に、ひとすじの、黒い、太い影が落ちていた。
この高さから見下ろして、はじめて、はっきりと分かる。
その影は、今、マッサがいる場所の、ほとんど真下から伸びていた。
こっち側の崖から、ずうーっと、《死の谷》を越えて、あっち側の崖まで、まっすぐ、くっきりと続いていた。




