マッサ、《守り石》を外す
マッサは、おどろくタータさんたちに、お母さんを見つけたときのことを、くわしく話しはじめた。
そうやって、みんなの注意がマッサの話に向けられているあいだに、誰も見ていないところで、不気味なできごとが起こりはじめていた。
マッサの剣に突き刺さって墜落し、完全に息絶えたとみんなが思っていた、翼と角のある巨大なヘビ――ゲブルトの目玉が、片方だけ、もごもごと動き始めたのだ。
ゲブルトの目の中から、ごそ、ごそ、とはい出したのは、影のように真っ黒な、大人の指くらいの大きさの、芋虫のようなものだった。
でも、ふつうの芋虫ではない。
その証拠に、真っ黒な体が、ジジジ……ジジジ……と、ぼやけて震えている。
そいつは、ゲブルトが最期の力を使って生み出した、呪いの力のかたまりだった。
黒い芋虫は、誰も見ていないあいだに、屋上の床のすみを、ごそ、ごそ、と、はい進んでいく。
そして、屋上を、ぐるっとまわって、だんだん、だんだん、ディールのほうへと近づいていった。
「あー、いてててて……」
ディールは、一度は、手すりにつかまって、なんとか立ち上がったが、足のしびれが全然とれないので、あきらめてもう一度すわりこみ、ふくらはぎを、拳でとんとんと叩いていた。
「いててっ、いててっ、いててっ!」
とんとんと叩くたびに、びりびりっ、びりびりっと痺れが走って、ディールは顔をしかめた。
痺れに、気を取られているせいで、ディールは、不気味な黒い芋虫が自分にこっそり近づいてくることに、まったく気づいていない。
屋上の手すりの下を、ごそ、ごそ、と這ってきた黒い芋虫は、ちょうど、その手すりに背中を預けて、もたれかかっているディールの服の上を、ごそ、ごそ、と、よじ登っていった。
「でね、そうやって、ドリアスをやっつけたら、あいつ、大きなコウモリに変わっちゃったんだ! 魔法で、変身してたんだよ。」
「うわあ、それは、おどろきですねえ!」
マッサの話は、ちょうど、ドリアスをやっつけたところにさしかかっていて、みんな、真剣に聞き入っている。
だれも、こっちで何が起きようとしているか、見ていない。
「うっ。」
と、急に、ディールが小さくうめいて、びくっと体を動かした。
ごそ、ごそ、と彼の体をのぼってきた、黒い芋虫が、髪の毛を伝って、耳のすぐそばまで来て、なんと、いきなり、ディールの耳の中に、ずぼっ! と、入りこんだんだ。
まるで気を失ったように、ディールの首が、がくっと垂れた。
もしも、そのとき、ディールが立っていたら、ばたーんとその場に倒れて、誰かが異変に気付いたかもしれない。
でも、ディールは、もともと、手すりにもたれて座りこんでいた。
その、ほんの小さな動きに、マッサも、ガーベラ隊長でさえも、気がつかなかった。
「で、ぼく、お母さんを、このまま、この場所に放りっぱなしにしていくってわけには、いかないと思うんだ。だって、ぼくたちが大魔王のところに行ってるあいだに、他の敵がここに来て、お母さんを、どこか別の場所に連れていっちゃうかもしれないし――」
マッサは、まだ、みんなに向かっていっしょうけんめい話し続けている。
一度、がくっと垂れたディールの首が、ゆっくりと持ち上がった。
完全に頭を起こしたディールの表情は、さっきまでと、何も変わっていないように見える。
でも、ただ一か所、変わっているところがあった。
注意深い人が見れば、気がついたかもしれない。
変わっていたところは、目だ。
ディールの目は、開いているけれど、まるで何も見ていないように、ぼんやりと空中を見つめていた。
《王子ヲ コロセ》
ディールの頭の中に、ゲブルトの呪いの声が響いている。
《王子ヲ コロセ 王子ヲ コロセ……》
あやつられたディールの右手が、ゆっくりと動いて、左の腰をさぐった。
だが、その指先は、空振りした。
いつもはそこにさしてある剣も、短剣も、捕まって牢屋に入れられたときに、リアンナに取り上げられたままだ。
《王子ヲ コロセ 王子ヲ コロセ……》
ディールの目が、ゆっくりと動いて、みんなのようすを確かめていく。
今、剣を、持っているのは……王子と、あと、隊長だ。
隊長のほうが、俺の近くにいる。
今、ちょうど、俺に半分、背中を向けている。
あの剣を、すばやく奪って、王子を……
いや、いや、無理だ。
隊長は強い。
俺が、おかしな動きをすれば、すぐに気付かれてしまうだろう。
そうだ……それに、もっと、まずいことがある。
王子は《守り石》を持っている。
王子が、あの石を持っているかぎり、襲っても、絶対に、殺すことはできない――
ならば、どうする?
「うっ!? ううっ……ぐああああっ!」
急に、ものすごい叫び声があがり、マッサの話に聞き入っていたみんなは、びくっとして飛び上がった。
「どうした、ディール!?」
ガーベラ隊長が、慌てて駆け寄る。
それまで静かに座っていたディールが、いきなり、屋上の床に倒れこんで、もがき苦しみはじめたのだ。
「ぐわああああっ! 痛い、痛い、痛い! 胸が!」
「なに、胸!? おい、しっかりしろ! 急に、どうしたんだ!?」
「ディールさん、大丈夫!?」
「どうしました、病気ですか!?」
『ディール、いたい! だいじょうぶ!? ねえ、だいじょうぶ!?』
みんなも、ディールのまわりに集まってくる。
「む、胸が痛い……心臓が、止まりそうだ! あああっ! 痛い、痛い! 助けてくれえっ!」
「い、いったい、何が……これは……これは、どうすれば……?」
いつもは絶対に慌てたりしないガーベラ隊長が、真っ青な顔になって、みんなを見回した。
「あっ!」
と、四本の腕を、おろおろと動かしていたタータさんが、叫ぶ。
「さっき、隊長と、ディールさんは、魔法の稲妻を受けたって、言ってましたよね……! もしかしたら、そのせいで、心臓のちょうしが、おかしくなってしまったんじゃないですか!?」
「ええっ!?」
マッサは、思わず大声で叫んだ。
「心臓のちょうしが、おかしくなった……って、それ、大変だよ! 心臓発作って、はやく病院に行かないと、死んじゃうこともあるんだよ!? 何とかしなきゃ!」
マッサは、そう言ったけれど、こんなところに、病院なんか、あるはずもない。
必死にみんなを見回したマッサは、はっと目を見開いた。
「そうだ……フレイオ! フレイオなら、病気を治せる魔法、何か知ってるんじゃないの!?」
「い、いえ……」
フレイオは、いつもは白い顔を真っ赤にして、言いにくそうに答えた。
「私の魔法は、どれも、炎に関係するものばかりで……病気を治すのは……」
「そ、それじゃあ、ええと、ええと――」
「ぐわあああああっ! 痛い、痛い、助けてくれえええ!」
「ディールさん!」
このままでは、ディールが死んでしまう。
(何とかしなくちゃ……何か……何か、何か、ディールさんの命を助けられるもの……!)
その瞬間、
「そうだっ!」
マッサは、すばらしいことを思いついた。
「ディールさん、もう、大丈夫だからね! はい、これ!」
マッサは、これまでずっと自分の首にかけていた《守り石》を外して、ディールの首にかけた。
「《守り石》を持っている人は、絶対に、けがや病気で死んだりしないんだ。これで、助かるよ! 安心してね!」




