マッサ、信じる
* * *
『こっちよ。』
また、あの声が聞こえたような気がした。
マッサは、さっきからずっと、魔法の押し葉が指し示すほうへと、進み続けていた。
押し葉の先が向いたほうに、まっすぐに歩いていって、木や、岩にぶつかったら、止まる。
そこで、また、押し葉をひらひらっと泥の上に落として、その先が向いたほうに進むんだ。
あたりは、《死の谷》の真っ白な霧に覆われたままで、自分が進んでいるのか、戻っているのか、それとも、ひょっとしたら同じところをぐるぐる回っているのか、まったく分からない。
でも、マッサの心の中には、不思議な落ち着きが生まれていた。
『こっちよ。』
この押し葉の言うとおりに進んでいけば、きっと大丈夫。
おばあちゃんがくれた、魔法の押し葉だ。
この押し葉が、ぼくを、導いてくれる――
『こっちよ。』
マッサは、片手に押し葉を握りしめ、片手を前に突き出しながら、一歩ずつ、ゆっくりと進んでいった。
* * *
『マッサー、マッサー!』
『ウオオオオーン、ウオオオオーン!』
マッサーマッサーマッサーマサマサマサ……
ウオーンウオーンウオーンウオオオオオオ……
白い霧の中に、ブルーの呼び声と、ボルドンの吠え声と、不気味なこだまが何重にもなって響き渡る。
『フンフン、フンフンフン……ああ、やっぱり、だめ! ボルドン、におい、わかる?』
『ガオーン。』
わからない! というように、ボルドンはゆっくりと首を振った。
この霧は、方向感覚をなくさせてしまうだけじゃなく、ブルーとボルドンの鋭い嗅覚さえも、麻痺させてしまっていた。
『グオッ、グオーン、ウオーン?』
糸は、あと、どれくらい残ってる?
ボルドンにそうきかれて、ブルーは、しっかりとつかんだ糸玉を見下ろした。
タータさんの破れた上着を、全部ほどいて糸にもどして、それを巻いて作った糸玉だ。
ここまでずっと、その糸玉をくるくるくるくる回して、糸を繰り出しながら進んできた。
最初は、けっこう大きかったのに、今は、かなり小さくなっている。
もう、あと少し進んだら、糸が尽きてしまうだろう。
そうなったら、もう、先には進めない。
糸なしでは、絶対に、道に迷ってしまって、ブルーとボルドンまで、帰れなくなるからだ。
『どうしよう……いと、あと、ちょっとしか、ない! マッサ、みつからなかったら、どうしよう、どうしよう、どうしよう!』
『グオオオオオーン。』
心配すぎて、ボルドンの頭の上をぐるぐる走り回りながら叫んだブルーに、ボルドンは優しく「落ち着くんだ。」と言った。
『グオオオーン、ガオオオーン!』
『うん……そう、そうだね! ふたりで、いっしょうけんめい、マッサをよぼう!
マッサ! マッサー! ぼくたち、むかえにきた! こっちだよーっ!』
* * *
『こっちよ。』
「……あなたは……」
もう何度目になるか分からない、魔法の押し葉の道案内に従いながら、マッサは、思わず、ひとりごとのようにたずねた。
「あなたは、いったい……だれですか?」
『こっちよ。』
ときどき聞こえてくるような気がする、その声は、とても優しくて、懐かしい感じがする。
おばあちゃんの声かもしれない、と、ちょっと思ったけど、やっぱり、ちょっと違うような気がする。
でも、間違いない。
女の人の声だ。
その声は、マッサの胸の中で響いているような……
いや、魔法の押し葉から、聞こえてくるような……
いや、何だか、それも違うような……
『こっちよ。』
「どうして、ぼくを、呼ぶんですか?」
『こっちよ。』
マッサが問いかけても、同じ声が聞こえるだけで、マッサの言葉に答えてはくれない。
マッサは、また、心配になってきた。
ひょっとして……ぼくは、たった一人で心ぼそすぎるあまりに、本当は聞こえていない、声のまぼろしを、聞いたように思い込んでいるだけなんじゃないのか?
思い込んでいる、といえば、この押し葉だって……
確かに、おばあちゃんがくれた、魔法の押し葉だけど、もとは、ただの、庭に生えていた木の葉っぱだ。
ここまで、押し葉の道案内の通りに進んできたけど、本当に、それで良かったんだろうか?
もしかして、ぼくは、とんでもない思い込みをして、一人で、ばかなことをし続けているだけなんじゃないだろうか――?
と、そのときだ!
『こっちよ。』
『こっちだよー!』
「……えっ!?」
急に、小さいけれど、はっきりとした声が耳に届いて、マッサは押し葉を握りしめたまま、ぴたっと動きを止めた。
今のは、聞こえた。
確かに、耳に、聞こえてきた。
かすかな、でも、絶対に間違いない、聞いたことのある、あの声は――!?
『マッサー! ぼくたち、こっちだよー!』
『グオオオオオーン!』
「ブルー!? ボルドン!?」
マッサは、思わず走り出そうとした。
でも、最初の一歩目で、止まった。
だって、ブルーの声は、右のほうから、ボルドンの声は、左のほうから聞こえてきたんだ。
マッサーマッサーマッサーマッサー……
コッチダヨー コッチダヨー コッチダヨー……
グオオオーン グオオオーン グオオオーン……
不気味なこだまは、それよりももっといろんな方向、斜め右後ろ、上の方、そして前の方からも聞こえてくる。
本当に、ブルーとボルドンが、近くにいるのか?
いるとしたら、いったい、右なのか左なのか、前なのか後ろなのか、どっちにいるんだ!?
『こっちよ。』
また、あの声が聞こえたような気がした。
マッサは、すうううっ、とひとつ、深呼吸をすると、もう一度、目の前に、魔法の押し葉を掲げた。
これまで何十回も、泥の上に落としてきたのに、今もなお、汚れひとつつかず、きらきらと輝いている。
(お願いします!)
マッサは、祈った。
(ぼくを、友達のところへ……ブルーとボルドンのところへ、連れていってください!)
『こっちよ。』
祈りをこめてマッサが落とした押し葉は、ひらひらひらーっと回りながら落ちていき、泥の上で、まっすぐ前の方をさした。
『こっちよ……』
マッサは押し葉を拾い上げると、心を決めて、何も見えない霧の中を、まっすぐ前に進んでいった。
もう、ここまで来たら、信じるしかない。
勇気を出して、ずんずん、ずんずん、前に進み――
ぼふっ!
「うわっ!?」
マッサは急に、何だか、ごわごわ、ふかふかしたものにぶつかった。
慌てて、手で触ってみると、何だか、たくさんの毛が生えているものだった。
大きくて、あったかくて、毛がいっぱい生えていて、ゴフーッ、ゴフーッ、と、息の音がする――
『グオオオーン? ……グオオオオオオオーン!』
『なに!? マッサいた!? どこ!? マッサどこ!? みえない!』
「あああっ、ボルドン!? それに……ブルー!?」
『あっ! マッサのこえ! マッサ! マッサ! ホッホホホホホーゥ!』
なんと、マッサがぶつかったのは、のっそりのっそりと進んできたボルドンの、太い前足だった。
ブルーが、ボルドンの前足をすべりおりてきて、マッサの肩の上に、ぼふん! と乗っかる。
魔法の押し葉を信じて進んだおかげで、マッサは、本当に、友達と再会することができたんだ!
「ブルー! ボルドン! ブルー! ボルドン! わあああああ!」
また会えたことが嬉しすぎて、マッサは、泣きながらボルドンの前足にしがみついた。
『マッサ! マッサ! マッサ! ホッホホホホーゥ!』
ブルーも、また会えたことが嬉しすぎて、マッサの肩の上を、ぴょんぴょんぴょんぴょん、跳ね回った。
『グオオーッ、ガオンガオーン。』
じゃあ、戻ろうか! と、ボルドンが言って、ブルーとマッサは、やっと、少し落ち着いた。
『うん、かえろう! マッサといっしょに、かえろう!』
「えっ……でも、どうやって?」
急に心配になって、マッサはきいた。
「ふたりとも、ぼくのために、こんなところまで、探しに来てくれたんでしょ? どうやって、こんなところまで降りてきたの? 帰り道、ちゃんと分かるの? それに、どうやって、崖の上まで戻るの?」
『フフン!』
ブルーは、じまんそうに、ほんのちっちゃな石ころくらいの大きさになった糸玉を持ち上げてみせた。
でも、白い霧のせいで、マッサには、何が何だか、全然見えなかった。
『ぼくたち、みち、わかる! びよよよよーんって、してるから。それで、がけまで、もどれる! がけについたら、ボルドンが、うおおおおおーって、のぼる。』
「えっ……びよよよーんって、なに!? それに、うおおおおおーって、登るって……あの崖を!? いや、それは、さすがに、ちょっと無理なんじゃ……」
『できる!』
『グオーン!』
ブルーとボルドンは、自信満々だ。
『さあ、かえろう、マッサ! みんな、みんな、マッサのこと、まってる!』




