マッサ、話す
「お、おお……やったぜ!」
ディールが言った。
「今回は、見逃してもらえるってわけだ。やっぱ、あいさつは、大事なんだな。……もじゃもじゃ、通訳してくれよ。俺たちは、できるだけはやく、この山から出ていくってな。」
『もじゃもじゃじゃない! ブループルルプシュプルー!』
「いや……ちょっと、待って。」
マッサは、ディールとブルーにそう言った。
マッサが考えていたのは、《赤いオオカミ》隊の人たちのことだ。
自分たちが、通してもらえることになったのは、確かにラッキーだし、嬉しい。
でも、このまま何も言わずに通っていったら、イワクイグマたちと、《赤いオオカミ》隊の戦いは、この後も、ずっと続くことになってしまう。
最初は、勘違いからはじまっただけの争いなのに、これから、もっとけが人が出たり、最悪の場合は、どちらかに、死んじゃう人が――熊が、出るかもしれない。
そして、今、この状況を何とかできる可能性があるのは、マッサたちだけだ。
「ブルー、通訳してくれる? ……みなさん、きいてください!」
マッサは、イワクイグマたちの前に進み出て、話しはじめた。
「みなさんは、猿と、人間に初めて会ったとき、あいさつしたんですよね。どうやって、あいさつしたんですか?」
『いつもどおりに、あいさつした! 大きな声で、元気に、あいさつした!』
『グオオオオオオーッ!!』
ボルドンのお父さんが、地響きのような声で吠えながら、長い爪のぎらりと光る前足を振り上げた。
びりびりびりっと、あたりの空気が震えるほどの大声だ。
「ああ……すっごく気合いが入った、いい、あいさつですね。こんにちはーっ! って、言ってるんですよね。」
『グロロロロ、グオッ、グオッ。』
『そう! いい、くまは、いつも、げんきに、あいさつ! って、いってる。』
「うん、元気なあいさつは、すごく大事ですね。……でも、その、あなたたちの元気なあいさつの、声と動きは、人間から見ると、『おまえたちを、食ってやるーっ!』っていう意味になるんです……」
『ガウッ!?』
『なんだって!? って、いってる。』
「うん……今のは、何となく分かった。」
ブルーが通訳した、マッサの言葉をきいて、イワクイグマたちは、顔を見合わせてざわざわした。
やがて、一頭の、うす茶色の熊が、ガウーッガオーッ、と、何か言い始めた。
『ええと……うそだ! って、いってる。わたしたちは、いわ、たべる! にんげんを、くってやるーっ! なんて、いうはず、ない! って、いってる。』
「あなたたちが、イワクイグマの一族で、岩しか食べないってことは、ぼく、知ってます。」
マッサは、落ち着いて言った。
「でも、それは、ボルドンが教えてくれたから……そして、このブルーが、ボルドンの言葉を通訳してくれたから、分かったんです。ぼくも、最初に、ボルドンを見たときは、人食い熊が出た! 食べられる! って、思っちゃったんです。
だって、あなたたちの姿は、ぼくたちから見ると、肉を食べる熊とそっくりだから、区別がつかないんです。せっかく、こんにちはーっ! って言ってくれても、言葉がわからないから、おどかされた! と思っちゃうんです。
実は、あなたたちを、槍でつっついたり、矢でうった人たちは、ぼくたちの知り合いなんです。」
マッサが言って、ブルーが通訳したとたん、イワクイグマたちが、怒って唸りはじめた。
何だって!
あいつらの知り合いだって!?
許せない、やっつけろ!
ブルーの通訳がなくても、そういうことを言っているのが伝わってくるような、荒々しい唸り声だ。
少し若そうな熊たちの中には、今にもマッサに飛びかかりそうに、ぐうっと体を低くしたのもいる。
『ガウガウ、グオーン!』
マッサの目の前を、大きな毛皮の背中がふさいだ。
ボルドンが、一族の熊たちとマッサのあいだに入り、マッサをかばってくれている。
『みんな、はなし、きいてあげて! って、いってる。ボルドン、やさしい!』
「ありがとう、ボルドン! ……みなさん、お願いです、きいてください! 怒る気持ちは、すっごくわかります。せっかく、あいさつしたのに、いきなり、つっつかれて、けがをした人までいたら、そりゃ、怒りたくなるのは、当たり前です。なんで、そんなことするんだ! って、思うのがふつうです。
でも、どうして、そうなっちゃったのか、今、ぼくが説明しました! 《赤いオオカミ》隊の人たちには――あなたたちを攻撃した人間たちには、悪気はなかったんです。あなたたちが、何を食べるかも、あなたたちの言葉も知らないから、勘違いして、自分たちの身を守ろうとしただけなんです!
だから、どうか、許してあげてくれませんか。最初、あいさつしようと思ったときと同じように、人間と、もう一回、仲良くしてくれませんか! お願いします!」
マッサの言葉を、ブルーの通訳で聞いて、イワクイグマたちは、また唸りはじめた。
えーっ、どうする?
でもなあ、そんなこと、言われたってなあ。
俺は、ぜったい嫌だよ、人間は嫌いだよ!
どうも、そんな感じの雰囲気だ。
『みんな、いやがってる。』
ブルーが、小さな声で言った。
『みんな、いままで、にんげんに、いやなこと、いっぱい、された! って、いってる。やりで、つっつかれた。やで、うたれた。わなにおちて、けが、した。
いたい、いたい! ゆるせない、ゆるせない! やっつける! みんな、そういってる。』
「あのう。」
マッサは、イワクイグマたちを見回しながら、言った。
「じゃあ、みなさんは、人間に、何も、しなかったですか?」
イワクイグマたちは、顔を見合わせた。
『なにも、してない! あいさつ、しただけ! ……いや、ちがう、ちょっと、した。ばーんって、たたいた。でも、それは、やりで、つっつかれたから、しかえし! ……ウオーッてほえながら、おいかけて、おどかした。……でも、それは、そのまえに、にんげんが、ウオーッて、いってきたから。しかえし!』
「やられて、仕返しして、また、その仕返し、その仕返し……ってしてたら、いつまでも、戦いが終わらないじゃないですか!」
マッサは、大きな声で言った。
「それで、もう、十年くらい、ずーっと戦ってるんでしょう? 最初、人間に腹が立った気持ちは分かりますけど、それで、いいんですか? 戦いが続けば、けがをする人も出るし、気持ちは、とげとげして、休まらないし……ぼくは……もしも、ぼくだったら、そんなの、嫌だけどな。」
マッサの言葉をきいて、ボルドンのお父さんが、低い声で、何かを言った。
『……ボルドンのおとうさん、こういってる。おれの、おかあさん、にんげんのやり、ささって、ちがでた。いたい、いたい! だから、おれは、おこる! しかえし、する。それは、わるいか?
おまえの、かぞく、やり、ささったら、おまえ、きっと、おこる。しかえし、する。ちがうか? って、いってる。』
ブルーが通訳してくれた言葉をきいて、マッサは、考えこんだ。
元の世界にいる、おじいちゃん。
《魔女たちの城》にいる、おばあちゃん。
会ったことはないけど、お父さんと、お母さん……
もしも、その人たちが、誰かに、けがをさせられたら、ぼくは、どうするだろう?




