ブルー、ほえる
「えっ……?」
『えっ?』
マッサとブルーは、引きつった顔を見合わせた。
それから、おそるおそる、後ろを振り向いた。
今の、ゴフゥゥゥーッ……ていう音は……まさか……?
『グオオオオオオオッ!』
「わぁああああ!」
マッサは腰をぬかして、その場に座り込んだ。
マッサたちの真後ろで、立ち上がって両腕を広げていたのは、こげ茶色の毛皮を持った、おっそろしく巨大な熊だった!
川に流されたブルーを必死に追いかけるうちに、マッサは、いつのまにか、熊が住みついているという、山脈の西のほうに来てしまったんだ。
マッサの目には、その熊は、部屋の壁全体くらいの大きさに見えた。
もう、剣を抜くとか、身構えるとかいうレベルの話じゃない。
驚いたのと、怖いのとで、体のどこも動かすことができなかった。
ブルーは、怖すぎて、声も立てずに、ぱったりとその場に――
いや、違う!
『ぐおおおおーっ!』
「――え!?」
マッサは、一瞬、怖さを忘れるくらい、びっくりしてしまった。
なんと、あの怖がりやのブルーが、巨大な熊の前に、ぴょこんと飛び出して、ちっちゃな手足をいっぱいに広げて立ち上がり、『ぐおおおおーっ!』と言ったんだ。
目の前の熊と、まったく同じポーズだ。
でも、大きさが違いすぎる。
もしも、熊が、ばん! と片手を振りおろしたら、ブルーの小さな体は、簡単に叩き潰されてしまう!
ブルーを守らなきゃ、という気持ちで、固まっていた体が動いた。
マッサは、上から覆いかぶさるようにして、ブルーを抱きしめた。
これで、《守り石》が守ってくれるはずだ――
『グオッ、グオッ、ウオオオ!』
頭上で、熊が吠えている。
獲物をマッサに横取りされたと思って、怒っているんだろう。
『ぐおっ、ぐおっ、うおー!』
「…………え?」
マッサは、目を見開いた。
ブルーは、熊とまったく同じ声をあげると、よいしょよいしょ、とマッサの腕のあいだから抜け出し、もう一度、熊と同じポーズをした。
『ゴフッ、ゴフゴフーッ……』
『ごふっ、ごふごふ!』
『ガオガオ、ガオーッ? ガウガウ、ボルドン!』
『がうがう、ブループルルプシュプルー!』
「…………えっ、ちょっと……えっ?」
マッサは、目を丸くして起き上がった。
もしかして――
ブルーは今、この巨大な熊と、おしゃべりをしているってことなのか!?
両腕を振り上げていた熊が、どしん、と両手を地面につけて、ブルーのほうに顔を近づける。
ブルーも、ちょこちょこっと駆け寄って、熊に顔を近づけた。
そして、一頭と一匹――ふたりは、お互いの鼻を、ちょんとくっつけて、すりすりと、こすりあわせた。
「えっ……あの、ブルー? ぼく、あんまり、よく分かってないんだけど……もしかして、君、この熊さんの言ってることが、分かるの?」
『わかる!』
ブルーは、マッサのほうを振り向いて、嬉しそうに言った。
『このひと、さいしょ、「こんにちはーっ!」って、いった!』
「……え!? 嘘!?」
じゃあ、あの、あたりの空気がびりびりびりっと震えるような、恐ろしい吠え声が、こんにちは! の挨拶だったってことなのか?
それにしても、熊の言葉が分かるなんて、すごい。
ブルーに、こんな特技があったなんて、これまで全然、知らなかった。
「じゃあ、その後は、何て言ってたの?」
『えーと……「ともだちになろうよ!」って、いった! それから、「いいよ!」って、いった。それで、なまえ、おしえた!』
そうか、それで、最後のほうにブルーの名前が聞こえたんだ。
マッサとブルーの会話を、巨大な熊は、じーっと座って聞いている。
「えっ……じゃあ、この熊さんの名前は、何ていうの?」
『ボルドン!』
『ウオオオオオオオッ!』
「わああああああ!」
急に、熊が腕を振り上げ、ものすごい吠え声をあげたので、マッサは心臓が止まるかと思った。
でも、ブルーは、落ち着いている。
『いまのは、てをあげて「はーい!」って、いった!』
「そっ、そうだったの!?」
ああ、びっくりした。
自分の名前が聞こえたから、呼ばれたんだと思って、元気な声で返事をしただけ、ってことか……!
体も声も大きいし、顔も怖いから、どんなことをしても怖く見えるけど、名前を呼ばれて、元気に返事をするなんて、何だか、人間の子供みたいだ。
「ねえ、ブルー。もし、できたらだけど……何才ですか? って、きいてみてくれない?」
『なんさいって、なに?』
「えっ……えーとね……生まれてから、何年たちましたか? ってことなんだけど……難しかったら、大人ですか? 子供ですか? って、きいてみてくれないかな。」
『わかった! ……ゴアーッ、ガウ、ゴルルーッ?』
『ゴルルゥーッ!』
『こどもだって!』
「あ、やっぱり、そうなんだ!?」
この熊――ボルドンは、こんなに体が大きくて、おそろしい見た目をしているけど、もしかすると、実は、マッサと同い年くらいなのかもしれない。
最初に挨拶をしてくれたくらいだし、もしかしたら、ほんとに友達になれるかも……?
あっ、でも、その前に。
ひとつだけ、絶対に確かめておきたいことがある。
「ブルー、悪いんだけど、もうひとつ、質問してくれる? ……あなたは、何を、食べますか?」




