マッサたち、徹夜で歩く
「みんな、大丈夫!? 誰も、けが、してないですか!?」
猿が完全にいなくなったのを見届けて、マッサが、大きな声で聞くと、
『してない! マッサ、ぼく、さる、やっつけた! がじがじーって!』
「こちらは無事です。王子も、御無事でなにより。」
「やれやれ、せっかく、気持ちよく寝てたつうのによお。」
「フレイオさん、見てくださいよ。このフライパン、ちょっと、へこんじゃったんです……でも、まだ使えますよね?」
「さあ……私に聞かれても。」
みんなが、一斉に、いろんなことを言った。
ありがたいことに、みんな、無事だったみたいだ。
「そろそろ、明かりを消します。」
フレイオが言うと同時に、小さな太陽みたいに空中に浮かんでいた炎のボールが、しゅうっと小さくなって、ポッと音をたてて消えた。
「うわっ……」
急に、あたりが真っ暗闇にもどって、心細くなったマッサは、あわてて手を振り回した。
大きく動かした手が、ばしっと、誰かにぶつかる。
「あっ、ごめんなさい! ……えっ、誰ですか?」
「私ですよ。」
ガーベラ隊長の声がした。
「王子、急に明かりが消えて、まわりが見えなくなったときは、まず、一度、両目を閉じるのです。そして、心の中で、十、数えてから、そっと目を開けるのです。」
「えっ……それ、何かのおまじない?」
「まじないではありません。目を閉じて、目を暗闇に慣らすことで、少し、まわりが見えやすくなるのです。やってみてください。」
「う、うん……」
マッサは、言われた通り、ぎゅっと両目を閉じて、一から十まで数えた。
そして、言われた通り、そーっと、目を開けてみた。
「えっ……あっ、ほんとだ! さっきより、見えるようになった!」
塗りつぶしたみたいに真っ黒く見えていたまわりの景色が、今は、濃い灰色くらいになっている。
その中に、ぼうっと、みんなの姿や、まわりの岩や木の形が見えた。
「さあ、こうしてはいられません。」
ガーベラ隊長が、気持ちを切り替えるように、きっぱりと言った。
「今すぐに、テントをたたんで、出発しましょう。できるだけ早く、この場所から離れなくては。」
「ええーっ!?」
と、子供みたいに叫んだのは、マッサじゃなくて、ディールだった。
「まだ、ほんのちょっとしか寝てねえのに、もう移動するんですかい!?」
「当たり前だろうが!」
ガーベラ隊長が、思わず大声を出しかけて、慌ててひそひそ声に戻した。
「あの猿たちは逃げていったが、いまに、もっと大勢の仲間を連れて戻ってくるに違いない。取り囲まれたら、厄介なことになる。今のうちに、できるだけ遠くまで移動するしかない。」
「くっそお……徹夜で、歩くのか……」
ディールは、心の底から嫌そうに唸った。
前に、マッサを運ぶために徹夜で飛ぶのは平気そうだったのに、飛ぶのと歩くのとでは、ディールにとっては、全然違うらしい。
「王子、今から、歩けますか?」
「えっ……ああ、うん、大丈夫! ちょっと足がだるいけど、そんなこと、言ってられないし。」
隊長に聞かれて、マッサは明るく答えた。
本当なら、今ごろぐっすり眠っているはずの時間だけど、猿たちがいきなり攻めてきた騒ぎのせいで、眠気は、すっかり吹っ飛んでいた。
「さあ、そうと決まったら、さっそく、出発しましょう!」
タータさんが、元気よく言った。
見れば、もう、タータさんは、四本の腕を器用に使って、テントの大きな布を、一人で完璧にたたみ終わっている。
「あっ、すごい! ありがとう、タータさん。……ほら、ブルー、こっちにおいで! ぼくのリュックサックに乗るといいよ。」
『えっ? マッサ、おもい! ぼく、歩く!』
「いや、いいんだ。これから、暗いところを歩くから、迷子になったらいけないからね。」
マッサがそう言うと、ブルーは、わかった! と言って、ぴょーんと、マッサのリュックサックの上に飛び乗った。
「……では、私が、道を照らしましょう。」
そう言ったのは、フレイオだ。
また魔法を使うのかな、と思ったら、フレイオは、マントのあいだから、自分の片腕をさっと出した。
フレイオの肌が、内側からぼうっと光って、目立ちすぎず、道のようすはぎりぎり見えるくらいの、ちょうどいい明かりになっている。
「体がぴかぴか光ってるのも、たまには、役に立つんだな。」
ディールが、感心しているのか、悪口なのか、よく分からないことを言ったけど、フレイオは、ふん、と小さく鼻を鳴らしただけで、無視していた。
その隣に、荷物から地図を出したガーベラ隊長がやってくる。
「フレイオさん、悪いのだが、もうちょっと腕を高く上げてもらえないか。……そうだ、ありがとう。これで地図が見える。山では、ただでさえ道に迷いやすいのに、それを、この暗闇の中で歩くのだからな。道も、目印も、よく見えない状態だ。慎重に、しかし、できるだけ速く進もう!」
こうして、マッサたちは、夜中の山道を、静かに、静かに歩いていった。
ときどき、タータさんが後ろからやってきて、隊長と一緒に地図を見ながら、
「あそこに、大きな岩が見えますよ。ここの絵にある、黒いかたまりが、あの岩のことじゃないですかね?」
とか、
「もうすぐ、道が三本に分かれているところに来るはずですよ……ああ、あった、あそこだ!」
とか、その鋭い視力で、ガーベラ隊長を助けていた。
ディールは、一番後ろを歩きながら、四方八方を警戒していた。
何しろ、いつ、鎧を着た猿たちが追いかけてくるか分からない。
マッサも、ディールを助けて、できるだけ、まわりの様子に注意しながら歩いた。
そうやって、歩いて、歩いて……
いったいどれくらい歩いたのか、分からなくなるくらい歩いて……
がけにぽっかりと開いた、洞窟の入口の前で、みんなは、ようやく立ち止まった。
「ふわああああ……あっ、ごめん。」
マッサは、思わず大あくびをしてしまって、みんなに謝った。
出発したときには、全然眠くなかったけど、歩いている途中に、眠気が戻ってきて、今はもう、正直な話、ここで止まっていなかったら、歩きながら寝ちゃったんじゃないかと思うくらい、眠い。
「いえ、謝ることはありません。これだけ長く歩いているのですから、疲れるのも無理はない。正直、私も、ものすごく眠いです。」
「……洞窟の中には、人の気配はありません。動物の巣穴になっている様子もないですね。」
洞窟の中を照らして、偵察していたフレイオが、戻ってきて、そう言った。
みんなは、転がりこむようにして洞窟の中に入り、次々と荷物をおろして、座りこんだ。
さすがのガーベラ隊長たちも、朝、昼、夕方、戦いをはさんで夜と、ぶっ続けに動き続けて、疲れきっているみたいだ。
「さて……見張りだが……」
ガーベラ隊長が、そう言った瞬間、
『はい、はい、はいっ!』
元気よく手をあげたのは、なんと、ブルーだった。
「ええっ? ブルー、きみ、見張りなんてできるの? 途中で、寝ちゃわない?」
『ブルルルルッ! ぼく、ねない! ぼく、もう、ねた! さっき、テントのなかで、ねた! いま、リュックサックのうえで、ねた!』
「そういうことなら、もじゃもじゃに任せようぜ。これから、どんな戦いが待っているか分からねえ。俺たちは、ちょっとでも、体を休めておかなくちゃな……」
『もじゃもじゃじゃない! ブループルルプシュプルー!』
そういうわけで、みんなが寝ているあいだの見張りを、ブルーに任せることになった。
マッサも、一緒に起きていてあげたい気持ちはあったけど、もう、立っていても両目が勝手に閉じてきてしまうくらい、眠い。
「ブルー、頼んだよ……絶対、寝ちゃ、だめだよ……何か、あったら……すぐに、起こし、て……」
そう言っているうちに、もう、マッサは目を閉じて、倒れ込むようにして、眠りこんでしまった。




