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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第十章 一月 創造と破壊の彼方
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九十二 友と見る冬の星空と次の世界

 セーフティハウスで行われたパーティの翌日、クレスター邸には多くの来客がありその応対に俺も呼ばれた。 

 

 本来なら当主であるアドルさんが応対すべきだけれど、あの人は『世界の秩序を守る者』として世界を飛び回らなればならず屋敷にいることはほぼない。


 ちなみに現在は『時の契約』にてクオーツ・リンドウとして高校生くらいの見た目をしているけれど、その契約書には「ただし、理事長が必要と認めたものは一時的に元の姿に戻れる」という記載があるので、アドル・クレスターとしての活動も継続できる。


 まぁクオーツ先輩はアドルさんの代理人として認知されているからそんな頻繁に戻る必要はないらしい。


 そういう訳で新年の来客の応対は妻のフレイアさんと息子のマルスさんが行っている。


 いつもならこの二人がいれば十分過ぎる。


 しかし今回は俺とレイが生徒会の副会長と会長に就任したことで挨拶をさせてほしいという来客者が沢山いた。それだけ魔法学園メーティスというのは島内で影響力あるわけだ。


 ただ挨拶しているときは時折品定めをされているような気がして内心あまりいい気はしなかった。


 さらに間接的に「前任のクオーツ・リンドウさんと比べてこの子で大丈夫なのか」というようなことを問われることもあったけれど、「前任の意思を継ぎ学園と島のために全力を尽くします」と穏やか表情で言い切るようにした。


 以前の自分ならば物怖じしてレイにフォローされていただろうが、この世界に来て様々な人々と出会い、少しくらいは度胸がついたような気がする。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 夕方になってようやく予定されていた来客の応対は終った。


 夕食後に談話室でくつろいでいる思いついたようにレイが問いかけてくる。


「そういえば君がいた世界では年始めにどんなことをしてるんだい?」


「どんなことって……おせちと雑煮を食べて神社に初詣に行って、その帰りに初売りセール目的で買物かな?」


「うーん……色々と聞きたいけどこちらと違って慌ただしそうだね」


 いやいや昨日といい今日といい絶対にこっちのほうが慌ただしかったぞ……まぁ普通の人はそうでもないんだろうが……


「とはいえやることをやったらダラダラするから太る奴が多いぞ」


「それはこっちも同じかな。それにしても神社というところにお参りに行くって君はどこかの宗教を信仰しているのかい?」


「これは俺がいた国の文化でイベントみたいなもんだ。この島こそ宗教家の活動が盛んではないよな」


 それなりの期間この島にいて宗教という言葉を殆ど聞いたことはない。一応教会はあるけれどそんなに活発な活動をしているわけでもない。


「この島は特殊だからね。王も貴族もいないし元首もみんなで選ぶ。何より父さんや母さん、兄さんたちのような英雄たちが差別なく人と魔族を守ってくれるからそちらを信じるのは仕方ないよ」


 この島は四大国に囲まれる位置にあり、英雄は大国を大国は英雄を相互に監視することで世界の秩序が保たれている。


 とはいえ島と個々の四大国との関係は様々である。

 火と風の大国はかなり親密。

 地の大国は色々と油断はできないけどビジネスライクな関係で無駄な争いは好まない。


 問題は水の大国だ。


 大戦後に四大国とテイルロード島の代表及び英雄たちと各国の魔族側代表が集まり、『今後の世界は時間をかけて人と魔族の共存を目指す』という方針で合意したはずだった。


 しかし、水の大国には勝者である人間側がなぜ敗者である魔族に妥協しなければいけないのだという意見を持つ者が多く、多くの魔族が迫害された。


 セイレーン先輩やローレライも水の大国で迫害された被害者だ。


 そのことが国際問題になり、緩衝地帯ができたこともあって目立つ迫害はかなり減ってはいるが、まだまだ人間と魔族との溝は深い。


 そもそも、この前までずっと殺し合ってきたといきなり手を取り合おうということが無理がある。


 怖いのはその対立を利用する大国が出てこないかということではあるけど……


「この島は本当に楽園なんだな……」


「でもいつまでもこのままではいられない。魔王が現れなくなる世界でどうやって国と国、人間と魔族が平和を築いていくのか。問題は山積みさ」


 レイは肩をすくめる。


「学園も新体制が始まる。世界最強の英雄であるアドルさんが学園長になれば嫌でも注目が集まる。その学園の生徒のナンバーワンとナンバーツーが舐められるわけにはいかない……」


「怖いのかい?」


「実質アドルさんの後釜みたいなもんだから怖いといえば嘘だ。でもこの程度でビビってたらお前とこれから殺し合いなんてできねぇよ」


 副会長としては経験も知識も全然足りない。

 それでも愛する者と極限まで殺し合い、生き残ることと比べたら大したことがないように思える。


「それでこそ僕が信じる君だ。君には僕にない強さがある。それは僕が得ることができないし得たいとも思わない」


「なんだよそれ?」


「剣を交わせばわかるよ。それよりこれケブに渡してきてくれないかい?」


 レイが白いデバイスをテーブルの上に置く。


「俺もケブだけ渡してなかったのは心苦しかったけどいいのか……?」


「ケブも命を賭けてくれた仲間だ。本当ならもっと早く渡すべきだったけど作るのに時間がかかってね。君から渡してくれると助かる」


 転生システム破壊計画に関する極秘情報をやり取りするための白いデバイス。これを渡されるということはアドルさんから信頼されているという証。


 今ケブにこれを渡したらあいつはどう思うだろうか……


 けれどレイの言う通り、こいつをケブに渡せるのは俺しかいない。いや俺が渡したい。


「わかったよ。できれば今晩にでも渡したい」


 早速ケブに『大切な話があるからカロカイ島で会いたい。大丈夫だったら家に迎えにいく』と通常のデバイスで連絡する。


「君たちの関係は特別だ。嫉妬するくらいにね。僕も星空のデートに誘われてみたいよ」


「今の話にそういうことを付け足されると傷つくからやめろ。そもそも俺は昨日お前を誘ってどこかに行きたくて必死だったんだぞ!」


 その結果があの空中高速野菜カットになったわけだ。


「ごめん。ごめん。でも七月にした約束は期待してるよ」


「それは全てが終ったあとに何があっても最優先で守る」


 あの約束は俺たち二人の決戦後の終着点であり始まりだ。

 守らないわけがない。


「――うん。信じてる……」


 レイがそう言い終わるともうケブから返事が返ってきた。


『もちろん大丈夫。俺も風の魔法が使えるようになったからカロカイ島の平原でまっている。寒いから暖かくしてこいよ?』


「へぇ……あのケブが風の魔法をこれは驚いたよ」

 

 レイが俺のデバイス画面を覗き込む。


「アネモイがグリットさんに弟子入りしたらしいからな。教えてもらったんだろ」


「二人とも仲良くやってるようで何よりだ。それはそうとケブの言う通りちゃんと暖かくしていきなよ?」


 俺は雪国育ちだから寒さには慣れている。

 しかし寒さというのも種類があるのでケブのアドバイス通りちゃんと防寒はしていくべきだろう。


 レイはマルスさんが昔着ていたフード付きの毛皮のコート、厚手の手袋、ブーツなどを用意してくれたがどんな極寒の地に行くような格好になった。


「なぁ……俺はこれから氷の国にでも行くのか?」


「ちょうどいいのがなかったから文句言わない。あとこれ」


 保温性が高そうな金属でできたバスケットを手渡わたされる。

 中を見ると蓋付きコーヒーカップと蓋付き深皿、あとは大きめの銀色のシートがっていた。


「何から何まで悪いな」


「無茶なことを頼んだのは僕だよ。これくらいするのが当然さ」


 飄々としているように見えるけどレイはいつも他人のために尽くす。本当に俺には真似できない行動だ。


 外に出てるとレイが見送りにくる。


「話たいことは沢山あるだろうけどあんまり遅くなったら駄目だよ?」


「心配するな。急に呼び出しておいて朝まで拘束はしないよ。じゃあ行ってくる!」


 風の魔法を発動させカロカイ島に向かった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 カロカイ島に着くと既にケブが待っていた。


 平原は雪は殆ど積もっていないが浜辺が近いので普通のコートだと少し寒かったかもしれない。


 ケブも厚手のコートなどで防寒をしてても、火を起こして暖を取っていた。


「いきなり呼び出したのに待たせて悪かった」


「いや、俺もお前と二人で話をしたかったから大丈夫だ。それより大切な話って……」


「とりあえず人払いの結界を張るから火を消してくれ」


 ケブが火を消すと人払いの結界を張った。


「また随分と成長したんだな」


「お前だって風の魔法を使えると聞いたときは驚いたぞ」


「アネモイのおかげさ。同じ師を仰ぐ弟子としてあいつは本気で風の魔法を教えてくれた。多少口が悪いとこもあるけどいつも本気で恐ろしい速さで成長している」


 アネモイは風の大国の王子として留学しているわけだが、選抜チームでタッグを組んだ仲だ。


 将来、王になり民を先導しまとめあげるには、賢く強く優しい王でありたいと思っているのだろう。


 そのために人と魔族が共存しており、英雄や化け者みたいな強さの学友がいるこの学園にきたわけわけだが、勉学ではトップになれないし、戦闘においても同年代にレイという決して手の届かない化け者がいる。


 努力しても努力しても辿り着けない領域に絶望してしまう辛さは俺も痛いほど知っている。


 そんなときにアドルさんの仲間であったグリットさんが師になってくれるのならば彼にとってこれ以上の幸福はないはずだ。


「あいつはきっと強くなるよ。あっ、そういやまさかグリットさんはアネモイにアルバイトなんてさせてないよな……?」


「俺と一緒にやってるよ。もちろんアネモイは姿と名前を隠してな」


「それは意外だな」


 そりゃあ祖国に戻ればアルバイトなんてできないけど……


「今後のことを考えたらただ強くなるだけではなく、この島で共存してる人と魔族のことを仕事という視点から見て勉強したいんだとよ」


「そっか……あいつも島のことを本気で知ろうとしてくれてるんだな。それは世界の未来にとって明るい情報だ」


「ところでだいぶ話が逸れてるけど大切な話って結局なんなんだ?」


 しまった!

 アネモイの話題で盛り上がり過ぎて大切な話ができてなかった。


「ごめん。ごめん。今から渡すものはとても重要なものだ。お前も一度だけ見たことはある」


 革袋から白いデバイスを取り出してケブに渡す。


「それってこの前言ってた生徒会専用デバイスだろ? それをなぜ俺に?」


「実はこの白いデバイスは転生システム破壊計画に関する極秘通信を行うためのものなんだ。本当ならお前にもっと早く渡すべきだったけど作るのに時間がかかったらしくて……ごめん」


 深々とケブに頭を下げる。


「――俺だけ除け者にされてたのは悔しいけど、まだレイ様との殺し合いは行われてないんだろ?」


「あぁ……最終確認日は一月六日の土曜日、決戦日は一月七日の日曜日。集合場所は理事長だ」


「ついに実行するんだな。とは言っても俺はお前とレイ様を信じて待つしかないけどな……けどそんな俺が英雄たちの計画に参加できているだけでも誇らしいよ」


 ケブは手のひらの白いデバイスを愛おしそうに見つめる。


「ケブ……俺はこれまで鍛えてきたことを決して無駄にはさせない。この先世界は様々な問題を抱えるようになる。そんな中でも人である俺のために命を賭けてくれたお前と島を守りたい」


 前世の記憶の中で英雄は人と魔族の共存を望むオークを助けられなかった。


 でも俺はこいつと一緒に人と魔族が共存する未来を創っていきたい。


「ガキのような夢が世界まで広がるのか……でもお前となら何でもできそうな気がするよ。ところでその金属のバスケットはなんだ?」


「これか? レイが持たせてくれたんだ。中には蓋付きコーヒーカップと蓋付き深皿。あとは大き目の銀色のシートが入っているのは確認してるんだけど……」


 とりあえず銀色のシートをに触れるとホッカイロみたいに温かい。なるほど保温剤としても利用できるシート状の魔法道具のなのか。


 広げてみると俺とケブが寝転んでも余裕のある広さになった。


「こりゃいいや。火がなくても温かい」


 ケブが横になって頬をシートに当てる。


 次にバスケットから深皿を出して蓋を取ると、中身はチーズをまぶした真っ赤なシーフードスープパスタであった。匂いからして少し辛そうだけど夜中にこんなもの食べたら胃は大丈夫だろうか……


「この赤色はトマトか。スパイスが結構効いているけど寒い日にはこれくらいがちょうどいい。チーズと深みのある魚介スープの旨味もあって食べごたえもある」


 ケブの食レポを聞きながら俺もスープパスタを啜った。


「確かに見たより食べやすくて元気がでる。あいつ食べるのはもちろん好きだけど作るのも好きなんだよな……」


 幼少期に生ゴミを漁っていたレイにとっては食べることは人生でかなり大切なことなのだろう。そんな彼女だからこそ食べてる姿が愛おしく見える。


 夜食も食べ終わってコーヒーを飲みながら二人で冬の星空を見た。夏の星空も好きだけど、空気が張り詰めた中で見る冬の星空も俺は好きだ。


 ここで俺はケブにある提案をする決意をした。


「ケブ。これはまだ一部の関係者しか知らない極秘情報なんだけど永遠の生徒会は三月末で廃止される。新役員は二月に全員選挙で選ばれる」


「は? ついこの前に生徒会役員が入れ替わったばかりだろ? なんでまたそんないきなり……」


 ケブは顔をしかめる。


「学園の新秩序を作るためだ。そのためにこれまでフレイアさんが理事長と兼任していた学園長をアドルさんが引き継ぐ。あとセイレーン先輩は教師兼生徒会顧問となる」


「――なぜそれを今俺に? 選挙が二月ならお前が言わなくてもすぐにわかったことじゃねぇか」


「まぁ話を聞け。さらに会計と書記の枠をそれぞれ一名増やす。俺はお前に書記に立候補してほしい」


 会計枠はセイレーン先輩の超絶事務処理能力が必要とされるのでほぼ間違いないなくスカーレットとセレーネが当選する。


 そうなると書記枠が二つ空くわけだが生徒会のバランスを考えたら魔族、男女比を考えたら男の方がいい。


 だがそれだけでは駄目だ。


「俺はお前らほど成績はよくないし、魔族ならドラコとかいるだろ?」


「確かにドラコくんは優秀だし人望もあるから出れば当選してもおかしくはない。でもこの学園の生徒会はやはりみんなを引っ張れる強い者が必要だ」


「確かに俺は強くなった。でも魔法学園なのに魔法がそんなに上手く扱えない奴が生徒会役員なんて……」


 ケブは俯いてションボリする。


「アドルさんが求めるのは世界に通用する意思と強さだ。俺はお前にそれらがあるしお前と生徒会で成長したい。これまで二人で頑張ってきたんだからこれからも一緒じゃ嫌か……?」


「世界……島を守るためには世界を相手にしないといけないんだよな。そしてその強さというのは剣や魔法だけではない……俺、立候補するよ。というかお前が落選したりするなよ?」


「そんなことになったらせっかくレイと生き延びてもレイに殺されてしまうから絶対に当選する!」


 そんな冗談を交わしながら、俺たちは冬の星空の元、新たな約束をした。

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