七十一 原始の先で望むもの
十一月になると学園付近の木々の葉は徐々に赤や黄色に染まり始め、本格的に秋になったと感じさせる。
第一週の日曜の朝、いつも通り屋外訓練場で鍛錬をしているわけだが、今は訓練場近くのカエデの木の前にいる。
目を瞑り、軽く息を吸い頭のスイッチ切り替える。
空気が冷たいせいかいつもよりも頭が冴える。
静寂が暫く続いたあと、カエデの葉が一枚落ちる――
眼前まで葉が落ちて来た瞬間、剣を無心に振る。
鞘に剣を収めると、緑や黄、赤のグラデーションに染まった葉に切れ目が入り、細かく分かれあと、風に飛ばされた。
「――三十ニ分割ってとこか? なかなかやるじゃねぇか」
集中している状態で、全く気配を感じさせずに俺に近寄り、この自身満々の口調は……
「――クオーツ副会長、なんでこんなとこにいるんですか?」
クオーツ副会長は何やら沢山は入った紙袋を片手で抱えていた。
クオーツ・リンドウ。
実質、理事長に次ぐ権力を持つ永遠の生徒会の副会長。
戦闘能力ならば会長と同等かそれ以上だ。
つまり学園最強である。
「何って、お前がまーた思い詰めてないか。見に来てやっただけだ。先日、俺との決戦日はデバイスで通知はしたがどうせ肩の力が入り過ぎてるんだろ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
十月の下旬、デバイスを通じてついに俺とクオーツ副会長、レイとヴェヌス会長との対決日についての通知がきた。
日は十一月末日の日曜日。
集合時間と場所は十時に理事長室。
対決場所は時の狭間。
今回は見学人はなく、立合人としてフレイアさんとマルスさんのみがついてくる。
まぁレイは生徒会メンバーだから通知される前に知っていただろうが、それでも緊張した表情で、
「――いよいよだね……」
とレイは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「今更ビビってはねぇよ。やることをやるだけだ」
そう、おじけつく暇があるなら剣を振るしかないのだ――
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「原始の精神を使いこなせるようになったようだし、次を教えてやるよ。剣を貸せ」
「でも副会長の片手には……」
「ごちゃごちゃ言わずに剣を貸せ。片手で振れない程度の鍛え方なんてしてねーよ」
そう言われクオーツ副会長に剣を渡す。
副会長は構えてすらいない。
それどころかカエデの木や葉全く見ていない。
口元を見ると少し口角が上がっている。
葉が三枚落ちる――
紙袋を抱えたまま剣を振ると最初の葉に剣先が入る。
落ちてくるタイミングは違うのに、三枚の葉全て胸の高さで斬られている。
葉を斬り刻むクオーツ副会長はとても楽しそうだ。
「ろ、六十四分割、それも三枚とも……」
何もかもが桁違いだ。
これが学園最強……
「カズヤ。感想は?」
「――俺と差があり過ぎてただ驚くしか……」
「そこじゃねぇだろ! 結果より過程だ」
原始の精神に入ったのは同じだ。
でもクオーツ副会長は最初からリラックスして純粋に楽しもうとしていた。
「副会長はなんだか斬ることを楽しもうとしてるように見えました」
「楽しもうというより楽しいんだ。抑圧している自分を解き放ち周りを無にしてひたすら斬る。そこが俺とお前の差だ」
確かに俺は切り替えスイッチを意識して作り原始の精神を必要以上に解放しないようにしてきた。
なぜなら原始の精神は切札と考えているし、体力と精神の消耗も激しいので慎重に使わなければいけないからだ。
「まぁ、話が長くなりそうだから向こうの見学席で座って話そうぜ。差し入れも持ってきたぞ」
クオーツ副会長の紙袋には"サンマルテ"と印字されていた。
この店は俺がよく行くパン屋だ。
クオーツ副会長と二人で手を洗ってから見学席に向かいベンチに腰をかける。
「これはお前の分だ。お前の好みは分からんから適当に選んでおいた」
放り投げられた紙袋を受け取り、中を見るとたくさんのパンが入っていた。
クロワッサン、クリームパン、アップルデニッシュ、ホットドック、そして……
揚げカレーパンのようなパンも入っていたが、割る中身はゴロゴロとした肉が入っていたビーフシチューだった。
新メニューが出たのか。
どのパンもまだ温かく副会長の心遣いが感じ取れる。
「こんなにたくさんありがとうございます……」
「ガキが遠慮するな。沢山食ってもっと強くなれ。それとこれ」
牛乳瓶を手渡す。
「あ、ありがとうございます。ところで副会長っていつから副会長なんですか?」
「十二年前だな。この学園長にこの学園に入れてもらった年の秋だ」
「入れてもらった……?」
試験ではなく、入れてもらったということは……
「学園長特別推薦枠で二年時に編入だ。お前と同じだよ」
最初の学園長特別推薦枠はクオーツ副会長だったのか。
だから入学初日にみんなから奇異な目で見られた訳か……
「まぁ俺は学園に来る前は世界中を旅しながら戦ってばっかだったから、お勉強の方は苦労したけどな。賢い友人達がいたからそこそこはできるようになった」
「生徒会メンバーでも勉強が苦手なんですね。意外です」
「他の奴らが賢すぎるだけだ。ヴェヌスとレイはともかくセイレーンなんて事務処理能力も化け物で末恐ろしいぞ……」
ベーコンやチーズなどが練り込まれたバゲットをひとかじりして、恨めしそう言う。
まぁセイレーン先輩の事務処理能力については、クオーツ副会長が毎回丸投げして鍛えているからだと思ったけど口には出さなかった。
色々と話をしながら差し入れのパンを食べ終わると、クオーツ先輩が口を開いた。
「カズヤ。お前、原始の精神を解放した状態でレイの精神とシンクロしたらしいな……」
「えぇ……あのときはエウブレスさんを倒すことと、死霊に懺悔をし続けるレイを助けたくて無我夢中で何が何やら……」
目の前の敵を倒すために斬り続けなければいけない自分。
この島の死霊のために痛々しい姿で懺悔をし続けるレイ。
これは俺達二人のための試練だと分かっていても余りにも理不尽過ぎてなんとかしたかった。
しかし、俺にできることは斬り続けることしかできない。
レイを救いたい。
その想いが極限まで高まったとき、レイの精神に干渉することができたのだ。
「俺は現場にいなかったら推測でしか言えないが、あれはお前らだから、もっと言えばお前らの神具だからこそ起こせた奇跡だ」
「俺達の神具……」
「お前の白創の剣、レイの黒壊の剣は二つで一つだ。そして力がある程度まで拮抗すれば神の魔法が発動させられる」
神の魔法。
一度だけ発動させたことがある。
夏休みにマルスさんと戦ったときに神樹の門を出し、そこから謎の柱が出てきて、マルスさんに神の盾まで使わせた恐ろしい魔法だ。
「そして、そのトリガーを引いたのはお前だ。レイを助けたいという強い想いが神の魔法を発動させた。多分島の死霊にもお前の熱い想いは伝わってるだろうよ」
「――もしそうだったら嬉しいです……」
自分達が殺した悪魔の生まれ変わりであるレイを助けたいという望みなんて死霊が許してくれるわけがない。
でも俺とレイが繰り返される英雄と悪魔の悲劇を終わらせれるという想いが伝わったのならば、死ぬ気で剣を振り続けた意味はあったのだろう。
「それで、ここからが本題だ。お前は原始の精神を解放し、闘争本能と超集中力によって、加速し続ける高速斬撃を使えるようになった。まぁここまでは達人と言われるレベルならできる」
「グリットさんもですか……?」
「当たり前だろ」
大剣での高速斬撃とか恐ろしくて想像もしたくない……
「でもお前は他とは違う。望みから創造をする白創の剣がある。強い望みが力を生み出し高速斬撃をさらに速くするんだ」
「望むって何を……」
「お前には在りたい姿とかやりたいことがあるだろうが。それを強く望んで無心に斬れ。そしてその状況を楽しめ」
在りたい姿。
少しでも多くの人と魔族を助けたい。
やりたいこと。
レイと共に生きたい。
「クオーツ副会長……もう一度、見てもらってもいいですか?」
「いいぜ。ただし、斬る葉は俺が風魔法で落としたものだ」
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再び、屋外訓練場近くのカエデの木の前に立つ。
左手を胸に当てて白創の剣を出す。
「準備はいいか?」
「いつでもどうぞ」
目を瞑り、剣の柄に手をかける。
風の音が聞こえる。
でもこれは自然に吹いている風だ。
さらに強い風が吹いた瞬間、風の魔力を感じる。
十数枚の葉がヒラヒラと落ちてくる。
――大丈夫わかっている。
風の魔力で落とされ葉に微かに魔力が残ってるいる。
四方向、高さはバラバラだ。
前の俺ならこんなのは無理だ。
でも今の俺には望むものがあるから揺らがない。
一枚、一枚回転しながら斬り刻む。
最後の葉が地面に落ちるまで斬撃は止まらない。
斬ることが楽しい。
この感覚は以前にクオーツ副会長と手合わせしたときと同じ、いやそれ以上だ。
「四枚を百二十八分割、全て俺が風魔法で落としたものだ。手応えは?」
「ありましたけど凄く疲れました……でもそれ以上に楽しかったです」
「だろ? これでクオーツ・リンドウからお前に教えることはもうない。あとは自分でなんとかできるな?」
「はい、ご指導ありがとうございました」
深々とクオーツ副会長に礼をする。
そういやクオーツ副会長のもってきた紙袋にはまだパンが沢山入ってるな……
「あの……クオーツ副会長、その残りのパンって……」
「察しの通りあの大食い娘への差し入れだ。お互い苦労するな……」
副会長もレイのことは大切に想っているんだな。
普段のやり取りを見ててもまるで父と娘みたいだ。
「じゃあ俺はこれで行くけど、お前と戦うことを楽しみにしてるぜ」
「こちらこそ」
こうしてクオーツ副会長は上機嫌でレイの元に向かった。




