六十九 未来のための試練
エウブレスさんの提案で最後にエウブレスさんとメーティスさんと戦うことになった。
流石に教室内で戦う訳にもいかないので、屋外訓練場に移動をした。
「深夜で誰もいないとはいえ、あなた達が派手に暴れたら学園に苦情がくるかもしれません。防壁にステルス効果と防音効果を付与しておきますね」
そう言うとフレイアさんは防壁効果が付与された防壁を構築し、マルスさんが光の魔法でステルス効果をさらに付与した。
さて、エウブレスさんとメーティスさんのコンビ相手にどう戦ったらいいものか……
数で言えば相手は二人でこちらは四人、俺とレイがケブかスカーレットのどちらかとコンビを組めばなんとかなりそうではある。
とはいえ冥王エウブレスさんの戦闘スタイルが死霊使いということしかわかっておらず実際にどう戦うのか俺は知らない。
メーティスさんならば前世の断片的な記憶はあるけれど、本気はあんなもんじゃないはずだ。
いずれにせよ勝つことを最優先にするだけなら俺とレイは分散した方がいいのだろうけど……
「カズヤ。君はスカーレットと組んでエウブレスさんと、僕はケブと組んでメーティスさんと戦う。いいかい?」
確かにレイの組み合わせならば、俺はスカーレットのサポートを受けて楽に戦えるし、レイはケブをメーティスさんの闇魔法から守りつつコンビネーションを決められる。
でも……
「――それだとメーティスさんに夢の先を見せられないな……俺とレイ組んでがエウブレスさんと、ケブとスカーレットが組んでメーティスさんと戦うのがいいと思う」
「そんなことしたら勝算が……」
「いやレイ様、カズヤのいうことは一理ありますよ」
俺の隣で黙って話を聞いていたケブが話に割り込む。
「どういうことだい?」
「メーティス様に見せるべきなのは人と魔族がこの学園で学んだ先の未来ですよね? つまりこの学園で切磋琢磨してきた普通の魔族である俺と普通の人間のスカーレットがどこまでやれるかが大切だと思うんですよ」
別にレイ様が悪魔の魂を引き継いでいるから悪いという意味ではないですからね! とケブは付け足した。
「――スカーレットはどう思う?」
「私はできるならレイ様と一緒に戦いたいですわ。でも今後ののことを考えたら、今回だけはケブさんと二人でこの戦いを乗り切りたいのです」
スカーレットが瞳に強い意思を宿し、レイに答える。
「――うーん……エウブレスさんは衰えているとはいえ父さんの仲間だ。僕とカズヤの二人がかりでやれるならそうしたいけど。メーティスさんをお願いしてもいいかい?」
ケブとスカーレットは任せて下さいと胸を張って返事をする。
「相談は終わったかしら? 私達はいつでもいいわよ?」
メーティスさんは杖を召喚して構える。
「ではワシも久しぶりに武器を使うか」
エウブレスさんが手を地につけて魔法陣を展開させると、これまで感じたことのない寒気を感じた。
死霊達のうめき声とともに二股の槍が姿を表す。
「冥槍・バイデント。かつて人と魔族を殺しまくった化け物がが使っていた槍だ。今では世界でワシしか扱えない代物よ」
レイは冥王の二股の槍をじっと見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。
「――カズヤ。僕はエウブレスさんの力を見誤っていたのかもしれない。バイデントのことは知ってはいたけどここまでとは……」
「心配すんな。絶望感ならお前も負けてねぇよ。それに俺がいる。さぁ、神具を出そうぜ」
左手を胸に当てて白創の剣を取り出す。
「この人を倒せないとヴェヌス会長には勝てないからね……ビビってるわけにはいかない!」
レイも右手を胸に当てて黒壊の剣を取り出す。
ケブは大剣を、スカーレットは杖を構える。
「四人ともいい顔ね。さぁ、私達に夢の先を見せて!」
作戦通り、俺とレイはエウブレスさんの方に向かう。
「ほぅ……君達が私から潰しに来たか。まぁその判断も悪くない。しかし、あの二人でメーティスを抑え込めるかな?」
「抑え込むんじゃないですよ。勝つんです!」
白創の剣で肉体強化をして全力で斬りつけるがバイデントの柄で受け止められ火花が散る。
「そう焦るな。お前もだ。レイ」
完全に気配を消して背後から渾身の突きを繰り出したはずなのだが、ギリギリのところで避けられる。
「気配を消そうが感知する方法はいくらでもある。そしてそれら術を身に着けられるのは生と死の狭間にある戦場のみ……」
「平和な島で生きる僕らではあなたに勝てないといいたいんですか?」
「戦場だったら君達ではまだ勝てないだろうな。まだな……それより不意打ちなんてしてないで二人まとめてかかって来い!」
エウブレスさんがバイデントを薙ぎ払って俺を吹き飛ばす。
そして後ろにいるレイをの石突で突き飛ばす。
とりあえず距離をとらせてくれたようだ。
レイの方を見ると破壊の力を解放しており、髪と瞳は真っ赤に染まり、漆黒の二本の角と羽が生え、紫色の光に覆われている。
俺も出し惜しみをしている場合ではないか……
白創の剣を地面に突き刺し、剣の石突に両手を置き、喜び、怒り、哀しみの感情を積み重ね、創造の力に変換し解放する。
すると全身を白い光が覆い、剣を持っていない右手には白いガントレットが装着される。
ガントレットには白創の剣と同様のルーン文字が刻まれている。
ぶっつけ本番で三つの力を解放してみたがこれまでとは溢れてくる魔力が違う。
いける!
レイの方をチラリと見るとコクリと頷く。
二人で同時に地面を蹴りだし、エウブレスさんに斬りかかる。
地面がえぐれて白と紫色の光が唸りをあげる。
「強いな……この若さならあいつらさえもいつか越えていけるだろう。だがその前に!」
槍先と石突で俺とレイの斬撃を受け止められる。
そしてエウブレスさんはレイに語りかける。
「破壊の悪魔の魂を受け継いだ子、レイよ。丁度よい機会だ。この先待ち受けている困難を乗り切るために試練を与える」
「――試練……?」
「そうだ。これからお前に前世の悪魔に破壊された者たちのさまよう記憶を流し込む」
前世の悪魔に破壊されたものの記憶を流し込む?
いきなり何を言い出すんだ!
そのとき、俺の横を一筋の光が横切った。
「エウブレスさん、これはどういうことですか? 返答しだいでは容赦しませんよ」
突如現れたマルスさんはエウブレスの喉元に剣を突きつける。その表情に笑みはなく目は暗く冷たい――
怒りのマルスさんの登場に俺とレイは思わずエウブレスさんから離れる。
「――マルス……レイがこれから挑もうとするものの大きさはお前がよくわかってるだろ?」
「それでもレイは心身ともに疲れきっています。今やることではないでしょう」
マルスさんが喉元に突きつけている剣先をジリジリと動かす。
エウブレスさんの返答しだいで本当にやる気だ。
「――その試練受けるよ……いつかはこの島の怨念とは向き合わないといけないと思っていた。許されるとは思っていないけれどその記憶を刻み込むよ」
レイは悲しそうに笑う。
マルスさんはレイの悲壮な決意にかける言葉が見つからないようだ。
でも俺はこいつが戻ってこられるように何か言わなければいけない。
「――レイ、俺からは一言だけだ。お前と朝日が見たい」
「うん、僕もだよカズヤ!」
レイは嬉しそうにそういうと、目を瞑りゆっくりと頭を差し出した。
エウブレスさんが手をかざすと怨念のようなものがどんどん集まってくる。
その怨念はエウブレスが作ったピンポン球サイズの紫色の球体にどんどん吸い込まれていった。
「レイよ……いくぞ」
「お願いします!」
紫色の球体はエウブレスさんの手でレイの額に押し込まれた。
するとレイの皮膚が真っ赤に染まり苦しみもがきだす。
そして何とか気を保つことに成功すると目を瞑りひたすら謝りながら、祈りを捧げる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
なんでレイだけこんな苦しむんだ……
多くの人と悪魔を殺したのは前世の悪魔だ。
でもその前世の悪魔も結局は悪魔の宿命でああせざるを得なくなった。
やはり転生システムは破壊しなければいけない。
そのためには……
「エウブレスさん、俺と一対一で戦ってくれませんか? もちろん手加減なしで」
「本気で言ってるのか……?」
「この先のことを考えたらここで黙ってレイを見てるわけにはいかないんですよ」
レイは間違いなくこの試練を乗り切ってさらに強くなる。
それならば俺も強い者から逃げてはいけないんだ。
「なるほど……マルス、本気でやっていいかな?」
「――仕方ないですね……カズヤくん、冥王を越えてくるんだ」
真剣な表情で送り出してくれるマルスさんの方を見て頷く。
最愛の妹があんな目にあってればきっと腸が煮えくり返っているだろう。
エウブレスさんと対峙する。
「ワシはいつでもいいぞ」
バイデントの死霊達がエウブレスさんにも取り憑き、筋肉が紫色に膨れ上がれおぞましい姿になる。
もう一度、軽く呼吸をして頭のスイッチを切り替える。
「行きます!」
姿勢を低くして地面を強く蹴る。
その瞬間、エウブレスさんがバイデントを突きだすと穂先から紫色のケルベロスのようなエネルギー体が飛び出した。
それでも止まらない。
瞬時に風翼のブレードを出して横から切り裂きながら進む。
ブレードに切り裂かれたケルベロスは消滅したが、エウブレスさんがいない。
すぐにエウブレスさんの闇の魔力を光魔法で感知を試みるがどこにもいない。
「――ワシはここだ」
突然エウブレスさんが現れてバイデントが右脚を貫き鮮血が吹きでる。
「クソ!」
急いで光魔法で治癒をする。
「どうした? もう集中力が切れたか?」
エウブレスさんがまた姿を消す。
光の魔法で感知できない闇の魔力ってなんだよ。
死霊は感知できるのに……
まてよ?
エウブレスさんはバイデントの死霊達を身体に纏っていた。
もし死霊が闇の魔力のステルス効果を持っているとしたら?
もう一度死霊を感知してみる。
すると俺の左側に一際大きい死霊の塊があることに気がつく。
「そこだ!」
見えない死霊の塊に光炎を放つ。
光炎は弾かれるがエウブレスさんが姿を表す。
「流石は光魔法の使い手。もう気がついたか」
「――エウブレスさん……まどろっこしいことはやめて真っ向から本気で勝負しませんか?」
「それを決めるのは強者だ。君が望んだ本気の戦いとはこういうものだろう?」
「わかりました……」
エウブレスさんは三度姿を消す。
再び光魔法で感知をするが死霊の塊としか分からないので、どこからバイデントが飛び出してくるかまで分からない。
しかも死霊の塊のダミーを作られてしまえばさらに特定は困難になるだろう。
だがバイデントさえ受け止められれば勝機は見えてくる。
そのために必要なのは意外性だ。
こいつに賭けてみるか……
右手の白いガントレットを見つめる。
「カズヤくん! 逃げてるだけでは体力が消耗するだけだぞ?」
これでいい。
こちらが攻撃する意志がないと伝わればわざわざ死霊の塊ダミーを作る可能性は低い。
そして相手の攻撃が多くなればなるほどこちらのチャンスになる。
ついにエウブレスさんが俺の右側から現れる。
その瞬間、光の魔力を込めた右手のガントレットで受け止める。
やはりこのガントレットは特殊なものだったのか。
すかさず左手に持っている剣でエウブレスさんを斬りつけ、怯んだところで懐に飛び込む。
エウブレスさんは口から可視化した死霊を吐き出す。
もはやこれでは冥王というよりもう化け物だ。
死霊達を光炎を纏わせた剣で全て斬り捨てるうちに斬撃のスピードはどんどん加速していく。
加速する度に、以前クオーツ副会長と戦ったときと同じ感覚が戻ってくる。
そう……あの全てが一つになる感覚だ。
今回は白創の剣を解放しているので一撃の速さも重さも桁違いになっている。
エウブレスさんは手元にバイデントが戻ると死霊を吐き出すのを止めて、直接斬撃を受け止めていく。
加速し続ける斬撃は終わらない。
全てを一つにするまでは……
そのとき、極限まで研ぎ澄まされた俺の精神がレイの精神とシンクロした。
暗闇の中で死体の山に囲まれて終わりなき懺悔を続けるレイ。
胸には紫色の水晶が痛々しく突き刺さっている。
精神世界のレイは髪が伸び放題になっており、こちらの世界と体感時間が異なるのだろうか。
今すぐ駆けつけたい。
でも俺レイの精神世界には行けないし
そもそもこれはあいつの戦いだ。
せめてレイの懺悔が終わるまで斬り続けよう。
終わりなき懺悔と終わりなき斬撃。
二つの極限が完全にシンクロしたとき奇跡は起きた。
レイの胸に突き刺さっていた結晶が砕け散り、レイの精神世界とのシンクロは途絶えた。
エウブレスさんを吹き飛ばして、レイの元に駆け寄る。
真っ赤に染まっていた肌は元に戻っているようだけど大丈夫なのか?
「レイ! 生きてるか?」
グッタリと横たわるレイに強く呼びかけると、静かに瞼を開き始めた。
「――沢山謝ったけど追い返されちゃった……でもみんなは僕に記憶を残してくれたよ」
「記憶ならエウブレスさんに流されただろ?」
「違う……あれは負の記憶。今託されたのは残っていた僅かな楽しかったときの記憶。あいつもお前も許せないけど、これを刻み込んでお前が悲劇を終わらせろだってさ」
許せないけど未来のために託す。
無念の死を遂げた死霊達の勇気ある決断に感謝をしなければいけない。
そしてレイが試練を乗り切ったからには……
エウブレスさんの背後からの攻撃を受け止める。
「すみません。本気の勝負と言っておきながらこのザマで……」
「あれほど斬撃を続けさせて、軽々と吹き飛ばされてた時点でワシの完敗だよ。オマケに不意打ちまで受け止められるとは我ながら情けない……」
「まだやりますか?」
白創の剣を突きつける。
「いやもういい……死霊達が言うことを聞いてくれないもんでな……」
冥王がその言い訳は流石にないだろうと思ったが、死霊も今晩は疲れたのかもしれない。
「まぁ、死霊達がそういうなら仕方ないですね」
レイがお世話になったし、俺が斬りまくったし、死霊達には頭があがらないしな……
「――ワシをここまで追い詰めたんだ。自信を持ってクオーツに挑みなさい」
エウブレスさんがニコリと微笑む
「ありがとうございます……」
右手のガントレットを見つめる。
今日はたまたまこれが手に入れたから起死回生の一太刀を浴びせることができた。
そもそも本当に本気なら最初に姿を消した際に急所を狙ってくるはずだろう。
でも、この戦いでは多くのことを学べたような気がする。
「カズヤ! ケブとスカーレットはまだ戦ってるんだから僕らも行くよ。気持ちのいい朝日をみるんだ!」
笑顔で手を振って送り出してくれるエウブレスさん見てから、レイと共にケブとスカーレットの元に向かった。




