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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第七章 十月 さまよう記憶の哀しみ
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六十五 さまよう魂

 再度確認したが、後夜祭中に闇の魔力について気がついた生徒は俺とレイだけだった。


 スカーレットもケブも全く気がついてなかったらしい。


 ちなみにクォーツ副会長とヴェヌス会長は後夜祭に参加をしていない。



 早朝の教室で俺とレイは昨晩のことについて話しあっていた。


「昨日、母さんに確認したんだけど、闇の魔力をエウブレスさんの家の近くで感じたと言ってたよ。あとフェイ先生も母さんほどではないけど感じ取っていたって」


 ただし誰の魔力かまでは特定できなかったと、レイは付け加える。


「なるほど、フレイアさんやフェイ先生ですら特定させないほどの術者……エウブレスさんが魔力を偽装した可能性はないのか?」


「うーん……できなくはないけどやる意味がないよね。まぁメーティスさんだったとしてもそれは同じだけど……」


 たしかにエウブレスさんはいつでも家に来いと言っていたので、こんなことをする意味がない。


 メーティスさんの魂を操ることができたとしても、同様にやる意味はないだろう。


 とはいえ、エウブレスさんの闇の魔力ではないとレイが断言しているし、消去法で考えるとやはりメーティスさんしか考えられないのだが……


「お前やフレイヤさんでも知らない闇の魔力を持った者が島外から入り込んでる可能性は?」


「それは完全に否定できないけど、そんなヤバい奴なら兄さんがこの島に入れるとは考えにくいな……」


 世界ナンバーツーの光の魔力の使い手であるマルスさんを出し抜けるとしたら、それは魔王くらいの脅威だしな……


「それでマルスさんはなんて言ってるんだ?」


「今晩エウブレスさんの家に行くと言ってた。僕たちも同行したいとは言ってあるけど……」



 教室のドアが開き、スカーレットが入ってくる。


「レイ様、おはようございます! 学園祭、お疲れ様でした。あれ? ……昨日ことで何かあったのですか?」


「実は今日の晩にエウブレスさんの家に行くことになってね……スカーレットも行くよね……?」


 レイがトーンを落としてスカーレットに問いかける。


 昨日、自分で金曜日がいいと言っておきながら急な予定変更をしたことに気まずさを感じてるようだ。


「もちろんですわ。それより私はレイ様の御身体の方が心配で……」


 目の前の問題ばかりに気をとられていたが、レイは学園祭のために激務をこなしていたんだよな……


「僕はこういうことに慣れてるから平気さ。心配してくれてありがとう」


 レイが元気そうに微笑む。


「大切な親友を心配するのは当然ですわ」


 スカーレットはそういうと、フニャンとした愛らしい表情で微笑み返す。


「おはよう。三人で集まってるけど昨日のことか?」


 ケブがカバンを机の上に置いて問う。


「そうだよ。実はエウブレスさんの家に行くのが今晩になったんだ。申し訳ないんだけどケブは大丈夫かい?」


「もちろんですよ。それよりレイ様は疲れてないんですか?」


「大丈夫だよ。君もスカーレットも優しいね」


 レイがこちらをチラリと見てからケブにも微笑む。


「お、俺もレイのことを心配していたから……」


「もちろんカズヤのことは信じているよ。でも思っていることは遠慮なく口に出してほしいな。――昨日の後夜祭のときみたいにね」


 その言葉は嫌みを含んではいるものの、レイはとても上機嫌だった。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして夜になり、エウブレスさんに渡された紙に書いてある地図を頼りに、俺たちはエウブレス邸を目指した。


 マルスさんは先に行ってるらしい。


 腕のデバイスのライトを光らせて、山道を歩いていると共同墓地が見えた。


「なぁ、カズヤ……あそこの墓地ってなんか幽霊が出そうじゃないか?」


「まぁそんな雰囲気はあるけど怖いのか?」


「そりゃあ幽霊なんて出てきたらどう戦えばいいのか分からないし……」


 俺ならもし幽霊が襲ってきたら光の魔法をお見舞いしてやるが、ケブは有効そうな手段がないからな。


 でも……


「確かに幽霊は怖い。でもケブ……お前は夏休みに幽霊より幽霊よりも怖い人と一緒にいたんじゃないか?」


 ケブとスカーレットは冥王エウブレスと同格とされる剣豪グリットさんに夏休みの間ずっと地獄を見せられてきた。


 そんな地獄を乗り越えてきたんだから、お前らは幽霊に負けない化け物になっているはずだろ?


「――――それもそうだな……あの人に比べたら幽霊なんてどうということはない。それに幽霊なんかにビビってたら絶対に怒られるだろうしな!」


 ケブはすっかり元気を取り戻し胸を張って大剣を振り回す。


「こんなときに幽霊より怖い人の話なんてしないでほしいですわ……」


 スカーレットは恨めしそうに俺の方を見てきた。


「ねぇ……カズヤ。ちょっと待って」


 最後尾にいるレイが俺を呼び止める。

 そして墓地の方を指差す。


「おいおい、今度はレイかよって……あれは……」


 墓地に女性が立っている。


 さっきまでは誰もいなかったはずなのに……


 それよりその女性は全身が青みがかった白色でよく見ると少し透けている。


「――――幽霊だ!」


 思わず声をあげる。


「おいカズヤどうするんだ?」


 冷静になれ。


 俺も夏休みどころか学園祭前までマルスさんの殺気を受け続けてきたんだ。


 それに俺には光の魔法がある。


 幽霊なんて恐れる存在ではない!


 大きく深呼吸をする。


 というかあの女性の霊はどこかで見たような……


「メーティス!」


 マルスさんが霊の元に駆け寄る。


 そうだ、メーティスさんだ。


 遅れてエウブレスさんも来た。


「僕だ! マルスだ!」


 マルスさんが必死に呼びかけるもメーティスさんの霊は無表情だ。


「うーむ……マルスの呼びかけでもメーティスの魂のプロテクトは解除されないか……やはりカズヤくんの創造の光がないと……」


 エウブレスさんが顎に手をやり考え込む。


「エウブレスさん、これはどういうことなんですか! あなたはメーティスさんに何をしたんですか!」


 状況が飲み込めず語気を荒くして詰め寄る。

 

「メーティスのさまよう魂を可視化させた。だが見ての通り、プロテクトが強固で対話すらできん」


 魂を可視化?

 

 プロテクト?


「魂の復活は俺と協力して行うんじゃなかったんですか?」


「魂の復活はな。可視化は数年前から試していたよ。昨日はいつものと違って学園の方に向かってしまった……」


 まぁワシが途中で止めたがな、とエウブレスさんは言う。


 昨日は特別なことが起きたというのか?


「なんでメーティスさんの魂は魔法学園に向かったんですか?」


「カズヤくん。魂がさまようというのはこの世に何らかの未練があるからだ。つまりそんな魂が学園に向かったということはメーティスが学園に未練があるからだ」


 でもまだ納得できない。


 数年前から可視化していたのなら今年だけではなく他の年の学園祭の日にも同様のことが起きてるはずだ。


「昨年の学園祭の日はどうだったんですか」 


「その日も可視化はさせたが無反応で墓の前に立っていただけだな」


 じゃあなんで今年は……


「今年の学園祭の後夜祭は例年になく盛り上がった。ワルツ姉妹の光の歌とセレーネの光炎もあったしね……もしかしたら人と魔族が学園で楽しくお祭り騒ぎをしているのを見たかったのかもしれない……」


「それならどうして俺とお前に闇の魔力を向けたんだよ?」


「それは……」


 レイが回答に窮する。


「おそらく、君たち二人に闇の魔力を飛ばせば自分の元に来てくれると思った。まぁ今のメーティスは不完全な魂だから闇の魔力を飛ばしても持ち主を特定するのは不可能に近いがな」


 だからフレイヤさんでも分からなかったのか……


「それにしてもメーティスさんの魂の復活に関わる俺はともかく、レイにまで来てほしいというのがわかりませんよ……」


「それは本人に聞くしかないだろう」


 エウブレスさんはメーティスさんの霊を見ながら答える。


 

 突如洗われたメーティスさんの霊、彼女の魂は何を思いこの世に留まっているのだろうか……

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