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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第六章 九月 力なき者の怒り
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五十八 この先で待つもの

 九月も半ばになり多少暑さは和らいできたが、まだまだコーヒーをグラスで飲む日々が続きそうだ。


 朝の鍛錬が終わると、今日は休日なので自室でゆっくりと今後のことについて考えていた。


 目先のことを考えれば、永遠の生徒会の副会長であるクォーツ・リンドウ先輩にどうやって勝つか考えるべきである。


 でも、どれくらい強くてどのような魔法を使うか全く情報がないので対策の立てようがない。

 

 まさか直接教えてくださいとも言えるわけもないし……


 なので、英雄の魂を可能な限り覚醒させ、神具(しんぐ)白創の剣(はくそうのけん)の力を引き出すべきではあるが、覚醒のチャンスはいつ起きるかわからない。


 結局は鍛錬を積み重ねるか、知り合いの中で最も強いマルスさんに手合わせをしてもらうくらいしか自分にできることはないのだろう。


「はぁ……」


 ため息を漏らし、アイスコーヒーのグラスをストローでかき混ぜていると、氷がカランコロンと音を鳴らす。


 こうやっている間にもこの氷のように時間はどんどんと溶けているのだ。


 それにしても七月末にレイは父親である世界最強の英雄アドルさんに神樹の門について相談すると言っていたが、その件はどうなっているのだろうか。


 何か分かればこちらに報告してくるとは思うけれど……


 コン、コン、コン。


「カズヤ。今、大丈夫かい?」


 噂をすればちょうどいいタイミングでレイが訪ねてきてくれた。


「大丈夫。こっちもお前に話がある。入れよ」


「じゃあ、失礼するね」


 レイがドアを開けて入ってくる。

 

 まず目に入ったのはこいつが着ているネグリジェのような白いワンピースだ。

 キャミソールのように肩と胸元が出ていて色っぽさを感じてしまい顔を背ける……


「あのさぁ……俺は一応男だぞ? そんな格好で訪ねてくるか?」


「クソ真面目な君らしい感想ではあるけど、僕のことを一人の女性として心配してくれるのは喜ばしいことだね。でも君がどうしても嫌なら今度からは色気のない格好でくるよ」


 異世界に来てこんなこんなやりとりをするとは思ってもいなかった。


 とはいえ、俺が女の子への接し方を学んでいかなければいけないのも確かであり、もしかしてレイは今のやり取りでとても傷ついてしまったんじゃ……


 ――いやいや今考えることはそうじゃない!


「部屋着を見せびらかすのが目的ではないだろ。何かあったのか?」


「父さんから手紙がきた。以前に話をしていた神樹の門についてだ。とりあえず読んでみてよ」


 レイから手紙を受け取りさっそく内容を確認する。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 レイへ。


 お前から相談があった神樹の門についてだが、結論からいうと、マルスがいう伝説は実在する。


 なぜそう言い切れるかというと、俺は一度だけ神樹の門の先に行ったことがあるからだ。


 魔王とはこれまで三回戦っているわけだが、初めて戦ったときに魔王と二人で門の先に行ってタイマンで勝負をした。


 結果は俺が勝ち、そこで神具(しんぐ)を授かり、世界の秩序を維持する役割を押し付けられた。


 魔王は殺されれば転生する宿命を授けられ、実際に二度転生して復活している。


 まぁ、二度目して大戦を起こしたときは、もう転生させないように俺はある方法を選択して、今のところ上手くいっているようだ。


 それと、転生システムの破壊についてだが、神樹の門の先にある場所で行うべきだと俺は考えている。


 カズヤがこの手紙を見たときに色々と疑問に思うことはあるとは思うが、まずはクォーツと戦って勝て。


 そうすればその先の未来が開かれる。


 今のクォーツにすら勝てないようならば、転生システムの破壊はもちろん、神樹の門をくぐる資格すらない。


 レイも今のヴェヌスに勝てないようなら同じだからな。


 永遠の生徒会の越えた先で俺はお前たちを待っている。

 そこで次のステップに導くつもりだ。


 それじゃあ、頑張れよ。


         世界最強の父親アドル・クレスターより。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「手紙を読んだ感想はどうだい?」


 ベッドに腰掛けて脚をバタつかせながら感想を促す。


「色々言いたいことはあるけど、アドルさんって自分で世界最強と書いちゃう人なんだな……」


「覚悟の示すためさ。父さんは世界の秩序を維持する力と役割を持っているから弱腰になれない。まぁ元々、負けず嫌いではあるんだろうけど」


 島だけではなく世界の秩序を維持する役割とその力。

 どれだけのものなのか想像もつかない……


「なんにせよ、永遠の生徒会の二人を倒せばアドルさんが次にどうするか教えてくれるんだからやることは変わらないな」


「そうだね。僕ももっと強くならないも会長にはまだまだ勝てない」


「ところでアドルさんはなんで俺に一度も会ってくれないんだ? 世界の秩序を維持する役割があるんだから忙しいんだろうけど……」


 レイはほんの一瞬だけ口元に手を当てて考えるような仕草をすると、


「そりゃあ、父さんは四大国のトップとこの島のトップを繋ぐ役割もあるからね。そんな時間を取れるわけないじゃないか」


と笑顔で答える。


 何か違和感はあるが、マルスさんやその仲間たちがいればこの島は安全なんだし、アドルさんが島にいなくても問題はないのだろう。


「まぁそうだよな。それよりレイに聞きたいんだけどクォーツ先輩と戦ったことはあるんだよな?」


「稽古レベルだけどね」


「どれくらい強いとかどんな魔法を使うとか教えてくれないか?」


「うーん……僕が神具(しんぐ)の力を開放しても魔法を使わなくても負けるくらいには強い……かな? 今戦ったらどうかは分からないけど……」


 なんだよそれ。


 どの時点での話か知らないけれど、神具(しんぐ)黒壊の剣(こっかいのけん)の力を開放しても魔法すら使わず勝つとか反則じゃないか……


「副会長の口癖は『魔法が使えないから勝てませんでは実践では通用しないぞ』なんだ。本当にデタラメだよ。会長も同じくらいデタラメだけど……」


「お前……会長に勝つ勝算はあるのか?」


「なければやらないよ。というか僕が生きるためには勝つしかないんだ」


 両手を口元で組み、顔をしかめて答える。


「――――そうだよな……やるしかないんだよな……」



 チリン、チリン、チリン。


 玄関の呼び鈴が鳴る。


 来客か?

 フレイアさんを訪ねて来たんだろうか。


 コン、コン、コン。


「どうぞ」


「ハァハァ……カズヤ、今大丈夫か?」


 使用人のアイビーがなにやら大慌てで呼びにきた。


「大丈夫だけど、そんなに慌ててどうした?」


「魔法学園のヴェヌス会長とクォーツ副会長がお前に会いに来てるんだよ!」


「は? 会長と副会長が?」


 今まさに話題に上がっていた二人が訪ねて来たので困惑してしまう。何かあったのだろうか。


「すぐに行く!」


「僕も一緒に行くよ!」


「いや、お前は着替えてから来い」


 急いで玄関に向かうと、そこには金髪、高身長でとても美しい顔のヴェヌス会長と、黒髪で筋肉質なクォーツ副会長が立っていた。


「休日に悪いな。今日は暇か?」


「まぁ暇ですけど二人揃ってどのようなご用件でしょうか?」


「カズヤくん、君もアドルからの手紙を読んだだろ? その内容については補足することはないが、クォーツがどうしてもお前に会いたいと言い出してな」


「大したことじゃねぇよ。十一月に俺とお前は戦うわけだが、この前の模擬戦でお前の力は見せてもらった。そこで全てとは言わねぇけど俺の力も見せてやるよ」


 いやいや大したことだよ。


「本当ですか? でも戦う相手に手の内を明かしてもらうなんて……」


「だから全てではないと言ってるだろうが。お前の力を見せてもらったんだからヒントくらいは見せないと、そのフェアじゃないだろ」


 それはそうなんだけど、まさか本人から申し出てくるとは意外な展開になった……


「カズヤくん大丈夫だ。こいつは今のままだと君ががむしゃらに鍛えても勝てないと心配しているだけだ」


「いや……フォローになってないですよ……」


 今のままだと勝てない。

 それが副会長の見立てか……

 

 レイと初めて戦ったとき以上に絶望するかもしれないけれど、副会長と剣を交えることができるのはそれ以上の希望を得られる。


「で、カズヤ。やるのか? やらねぇのか?」


「もちろん、やります! やらせてください!」


「じゃあ、学園の屋外訓練場で待っている。魔法は使わないから時の狭間までには行かなくてもいいだろ。あとレイも一緒に連れてこい」


「本人もそのつもりです」


 こうして、会長と副会長は一足先に魔法学園の屋外訓練場に向かった。


 アドルさんの手紙により、今後の目標はより明確になった。

 そして、クォーツ副会長がわざわざ力を見せてくれる。


 なんだかとても出来すぎている状況ではあるけれど、この先に待つもののために今はごちゃごちゃと考えている余裕はないんだ。

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