五十二 地の大国の闇
一・二年生合同魔法演習の打合せの後、俺とティタンは、一年生のセレーネ・ルーナについて話をするために屋外訓練場に来ていた。
合同演習に備えてか一年生と思われる十数名の生徒達が残って訓練をしている。
今回の合同演習は二年生の選抜メンバーだけではなく、生徒会メンバーのレイが参加するということで、気合が入っているのだろう。
そんなに張り切られたら、俺が教えられてしまう立場になってしまうのではないだろうかと少し不安なった。
「結構生徒が残ってるな……人がいない方がいいなら場所を変えるけど?」
「いや、カズヤが気にしなければ俺は構わない。俺の図体でゆっくり話せそうな場所なんてそんなにないしな」
まぁ、大型魔族が楽に座れる場所なんて多くないよな……
俺達は屋外訓練場にある見学スペースに行き、大型ベンチに腰を下ろした。
「なぁカズヤ。セレーネの話をする前に俺の話をしてもいいか?」
「別に構わないけど?」
「お前はゴーレムが意思を持って自由に生活していることについてどう思う?」
「いや……そういうもんなんだとしか……」
クラウン先輩のときみたいに魔法で岩人形を作って操るのが一般的なゴーレムなのかもしれない。
でもこの世界なら、そうではないタイプでもいるかもしれないし、深く考えたことはなかった。
「人と魔族が共存するのが当たり前のこの島では、ゴーレムが自由に生活していても些細なことなんだろうな」
ティタンが空を見上げ穏やかな口調で話す。
「他国では違うのか?」
「少なくとも意思を持つゴーレムを作ってビジネスにまでした地の大国グランノセルではな……」
「ビジネス?」
「そうだ。大戦で親を失った子供たちを騙して、その魂を使いゴーレムを作り小国に売りつける。そんなビジネスが地の国では秘密裏に行われていた。俺たちは商品だったんだよ」
生活する力がない子供たちを騙して商品にする?
そんなことが許されるのか?
あまりにも非人道的な行いに言葉を失った。
「まぁそういう反応になるよな……もちろんこんなことはすぐに明るみに出て他の大国から猛烈に批難された。そこで地の大国はゴーレムビジネスを根絶し、国に残っていたゴーレムは全て廃棄されそうになった」
「でもお前はこの島に移住したんだよな?」
「テイルロード島の上層部がゴーレム達をテイルロードに移住させるように交渉してくれたんだ。裏ではそれなりの金が地の大国に支払われたそうだが……」
他国の問題にクビを突っ込むのは危険だが、おかげでゴーレムたちは闇に葬られなかったわけだ。
「その後はフレイア様たちがこの島で普通に生活できるように配慮してくださり、俺は必死に勉強をしてこの魔法学園に入学できた」
セイレーン先輩とローレライの件といい、フレイアさんは本当に共存の理想郷を作るために奮闘されてたんだな……
「――俺の話が長くなってすまなかった。ここからがセレーネ・ルーナについてだ。実は俺は少しの間だけ彼女と一緒にいたことがある。セレーネという少女は力を求めさせられる状況下にあった……」
力を求めさせられる?
彼女は自分の意思で力を求めていたのではないのか?
「俺がセレーネと出会ったのは地の大国のとある研究所だ。自分で言うのもなんだが他のゴーレムより賢く強かったので、研究対象となり出荷が先延ばしになっていた。そこで彼女と出会い話をするようになった」
「どんな話をしてたんだ?」
「話と言っても俺はほとんど聞き役だったがな。セレーネは『私の力があればパパとママやこの国のみんなを幸せにしてあげられるの!』と笑顔で語ってくれたよ。俺は彼女の無邪気な笑顔に癒やされ惹かれていった」
「その力というのが光の魔力って訳か……」
アドルさんやマルスさん、そして俺の前世の英雄、彼らは光の魔力を持ち、神具を用いて、魔王に単独で対抗できるだけの力を持つ。
光の魔力を持っているから神具を持っているとは限らないけれど、その可能性があるのならば戦力にしたいのだろうか。
「そうだ。セレーネは地の大国にとって待望の光の魔力を持つ者だ。研究所の奴らはなんとしても兵器てして育てあげようと躍起になったよ。しかしセレーネは争いを好まず回復魔法しか使えなかった……」
「それでどうなったんだ?」
「貧しい彼女の家への支援が打ち切られた。そして彼女の両親は自殺した。それだけではない。研究所の奴らは『お前が弱いからパパもママも死んだ。強くならなければもっと沢山の人が不幸になるぞ』と圧力をかけた……」
彼女の力が育てば国を守る希望になるとはいえ、一人の少女にそこまでやるのか。
「セレーネは『私が弱いからパパもママも国のみんなも不幸になる……強くなればみんな幸せになるんだ……』と俺の側で泣きながらつぶやいた。そのとき彼女に何も言ってあげられなかった……」
ティタンはうなだれて声のトーンを落とした。
「でもセレーネは辛い現実から逃げなかった。薬物投与、人体改造、光の魔力を使いこなすためならあらゆることを受け入れた。それなのに俺は彼女に何も告げることもできずにテイルロード島に移住することになった」
「だからセレーネはお前を恨んでいる?」
「恨まれてすらいるか分からないけどな。今の彼女をみたら俺なんて祖国を捨てたポンコツ兵器だ。恨むというより祖国の恥として処分したいと思われているかもしれない……」
「でもお前は何も悪くないだろ?」
「もちろん非道人道的な研究していた奴らが悪い。それでも俺はセレーネと向き合えなかった。チャンスがあったのに彼女から逃げたんだ」
状況は全然違えど大切だと思う人と向き合えなかった無力感は俺にもある。
この世界に来る前に憧れていた冬月怜佳と向き合えずに振られた。
だからこそ今は大切なレイと何があっても向き合う覚悟を持てているわけだが……
ティタンの辛さは分かるけれど状況が違い過ぎる。
分かるなんて言えない。
「なんと言えばいいのか。大変だったな……」
「セレーネに比べたら大したことはないさ。彼女は俺がどうこうできるレベルではない闇を抱えている。ただただ俺が無力なだけだ……」
ティタンが強く握った拳を見つめている。
なるほど、闇に対する無力さか……
その闇こそが俺に欠けていたものなのかもしれない。
この世界に来て、フレイアさんに裕福な生活をさせてもらって、学園で素晴らしい仲間ができて、島の守護神マルスさんに鍛えてもらえる。
何もかもが恵まれていて光の側にいる。
もちろんこれらはレイを助けるために必要なことであって、ただ甘やかされているわけではない。
けれど、光しか知らない俺は、本当の闇を知る者と向き合ってもらえるのか?
所詮は恵まれている側の人間だと一蹴されてしまうのではないだろうか?
色々考えると呼吸が粗くなってくる……
「カズヤ! 大丈夫か?」
ティタンに呼ばれ我に返る。
「――ティタン……俺はセレーネと話がしたい。何ができるか分からないがやれることは全てやる」
「俺もだ。セレーネに許してもらえるかは分からないが……カズヤ、力を貸してくれ」
「もちろんだ。ただ、まずはセレーネの気持ちを知ることが優先だ。彼女が何を求めているのか知らないといけない」
地の大国で育まれたセレーネの深すぎる闇。
光しか知らない俺はその闇を抜けて彼女の心に辿り着くことができるのか?
そして二日後の朝、ティタンがスカーレットの代わりに模擬戦に参加することを正式に認められたと、フェイ先生から連絡があった。




