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十七

 おとよが恥ずかしげもなくブリッ子を披露しつつ、仕事へ戻って行って、しばらくしたころ、怪しげな男の人が歩いてきた。その男の人は、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していたが、新之助さんの顔を見ると嬉しそうに早足でかけよって来る。新之助さんも、驚いた顔をしたあと、微笑んだ。


「おっ、新さん! 昨日話していた屋台ってのは、ここだったんだな」

「伊作さん! 昨日はお世話になりました」


 着流しの着物を尻端折りにしていて、背が低めで、ゴツゴツとした顔をしている。笑顔で光る白い歯が眩しい。綺麗なお尻も眩しい。ついでに、月代も眩しい。

 新之助さんが昨日お世話になったということは、もしや、捕物関係の人だろうか。伊作さんは私の顔をジロジロと見たあと、新之助さんに向かって笑顔で大きく頷いた。


「結構いい女じゃねぇか。新さんの良い人じゃなけりゃあ、口説いてたところだったんだけどなぁ」

「お奈津さんとは、そういう関係ではありませんけれど、やめてください、伊作さん」

「俺は女には目が無くてなぁ」

「伊作さん?」


 新之助さんにちょっと睨まれて、伊作さんは大口を開けて笑った。女好きの人のようだ。伊作さんの素性について、私に詳しく説明する気もなさそうなので、気にせず料理の準備を始めることにする。ちなみに、今日はトマトの収穫が無かったので、トマトスパゲティは中止だ。

 そうめんをサッと湯がき、上に醤油ベースのダシ汁と具をかける。今日のメニューはぶっかけそうめん、夏の人気メニューである。チャチャッと作り、伊作さんの前に置くと、目をパチクリされた。ふふん、珍しかろう。


「毒みたいな色をした食い物が出てくるって聞いていたけれど、意外と真っ当な色してるな」

「新之助さん、何を教えていらっしゃるんです?」

「す、すみません。嘘は言っていないじゃないですか」


 どうやら珍しさに驚いていたのではなく、新之助さんに脅されていたほどじゃなかったことに驚いていたらしい。きっとトマトスパゲティについて、あることないこと言ったに違いない。伊作さんは笑ったあと、おいしそうにそうめんをすすった。

 半分くらい食べた終わったころ、伊作さんは周りを見渡す。それから、ちょっと気まずそうな顔をして、私たちを見て言った。


「なぁ、この近辺で、夜鷹の女を見なかったか?」

「夜鷹って何ですか?」

「ぶふっ、ゲホッ、ゲホッ!」


 まさかの本日二度目の夜鷹の話題。それに対する新之助さんの純粋な質問に、伊作さんは麺を噴出しかけて、無理やり飲み込んで、むせた。この空気、例えるならば、子どもが両親に赤ちゃんの作り方を聞いてしまったかのような、そんな空気だ。気まずい。

 さすがの新之助さんも空気で察したのか、ハッとした様子で顔を赤らめた。この様子なら、説明しなくても分かってもらえたようだ。伊作さんは相変わらず、むせながら水を飲んで深呼吸した。こうして新之助さんはまた一歩大人への階段を上ったのである。


「もうちょっと離れた場所なんだが、俺がひいきにしている夜鷹の女が居たんだ。新さんにも昨日、本気の女が居るって言ったろ?ソイツだよ。だけど、最近、何やら揉めごとがあったみてぇでなぁ……。今日、見に行ってみたら、すっかり、がらんどうさ」

「それで、この近辺を探しているというわけですか?」

「まぁな。こっちで見かけたっていう話を聞いたからよ。もしも見かけたら、教えてくれよ。名前はお絹。ちょっと釣り目で顔がシュッとした美人でよぅ、流し目がもう、色っぽくて色っぽくて。身体はやせ細ってるが、乳だけはこんもりと大きくて、これがまた、一回抱くと忘れられない女で……」

「い、伊作さん! お奈津さんもいらっしゃるのですから、説明はそのへんで結構です!」


 新之助さんが顔を真っ赤にして話をさえぎると、伊作さんは残念そうに喋るのをやめた。私よりも、新之助さんのほうが、よっぽど恥ずかしそうで、うろたえている。

 伊助さんが何かを思い出すような顔をしながら、胸を揉む動作のマネをすると、新之助さんはその手を叩き落した。伊助さんは良い獲物を見つけたかのようなニヤニヤ笑顔で新之助さんを見る。これは完全に面白がっている。


「今度、良い女を紹介しようか? ちょっとは慣れておくのも良いと思うぜ?」

「結構です!」


 もしかしてこれは、猥談というやつだろうか。男同士の猥談。完全に私は除け者にされているような気がする。恥じらうところをスルーしてしまったのが良くなかったのかもしれない。

 新之助さんのほうがよっぽど恥じらう乙女のような反応だった。あれには勝てない。いさぎよく負けを認めて、私は傍観者という名の木になろう。さあ、私のことは気にせず続きを話すが良い。

 木になる決意を固めた私の気持ちとは裏腹に、そうめんを全て食べ終わった伊助さんは帯にかけた煙草入れからキセルを取りだし、屋台の七輪から火を取って、食後の一服を始めた。

 煙草入れは金色と銀色の糸で文様を織り上げてあるオシャレなものだ。男の人たちはアクセサリーとして煙草入れを重宝している。煙草を入れるという実用よりも、腰回りを飾る装飾具としての意味合いのほうが強いのではないのだろうかと思うくらいだ。

 じっと煙草入れを見つめていた私に気づいたのだろう、伊助さんが自慢げに煙草入れを手に取った。


「金華山織の煙草入れさ。俺は煙草屋をやっていてね。こういうのには、ちょっとこだわりがあるんだ」


 よく分からなかったので、適当に頷いておいた。伊作さんは、大人な世界の人なのだろう。

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