デス
デスナイトと言えども、その動きに限界が無い訳では無い。
たとえば肩、肘、手首の可動域は決まっていて、それを超えた動きは出来ない。
「はっ」
アーレスの斬撃を弾く。
少しでも次の斬撃に繋げにくい方へ。
アーレスに負担がかかる方へ。
「はっ」
アーレスの突きをかわす。
常に追撃のパターンを予測し、それに対処出来る状態で。
「はっはっ」
肉体的な強度では圧倒的に劣る。
それを魔力で補い、支える。
「はっはっはっはっ」
自分の呼吸を意識し、自分のリズムで戦えるように守り、攻める。
最初は互角。
譲らず、譲らせない。
エキオンになった気持ちで動け。
エキオンの依り代である以上、俺にもそのフィードバックはあるはずだ。
剣劇は加速していく。
お互いがお互いの動きに触発され、一瞬の乱れも許されない状況へと到達していた。
苦しい。
多勢のレッドボーンに飛び込んだ時よりも。
グレンデルの懐に飛び込んだ時よりも。
すでに自分が呼吸をどうやってしているのかが分からなくなっていた。
まるでデスナイトのように振る舞っている自分はまだ生きているか?
「はっはっはっはっはっはっはっ」
耳障りな音がしていた。
それが意識に羽虫の群れを呼び起こす。
「はっはっはっはっはっはっはっ」
うるさい。
この音は何だ?
さっきから邪魔だ。
剣を振り、飛び込み、かわし、防ぐ。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
さっきからうるさいこれは何だ!?
力任せに振るった剣が弾かれた。
弾かれた剣は彼方を指し、弾いた剣は弧を描いた。
俺の左腕が斬り跳ばされた。
さらに腹に蹴りが入る。
「ごほっ」
不意に力が抜けた。
何もかもが楽になったようにも思えた。
「はっ、ぐ、はっはっ、が、はっ」
やっと気が付いた。
喉が絞られているように苦しい。
うるさかったのは、俺の呼吸か。
「ご、くっ、はっはっは、ははは」
力なく笑った。
俺の剣はアーレスには届かなかった。
「アーレス。待て。殺すな。殺してしまってはデスを造り出せない」
婆がゆっくりと近づいて来る。
斬り跳ばされた肘の先を拾うと、それは一瞬で燃え上がった。
残ったのは骨だけだ。
その骨を弄びながら、口にする。
「お前には既に色々魔法が掛けてある。ヒューマンプライド程度で何とかなると思うなよ」
遠くでシャドウが倒れるのが目の端に映った。
依り代たる左手が失われたのだ。
そうなるのは当然だろう。
魔法式を展開する。
インシネレイション。
婆が今使った魔法と同じ魔法を使った。
死体焼却に使ってた魔法で斬られた箇所を燃やす。
「ぐっ、く」
これで出血は止まる。
立ち上がった。
魔力で肉体を強化する。
「ほ。まだ立ち上がるのか。その手で両手剣が振れるのか?」
剣を片手で構える。
この剣はこんなに重かったか?
片手で持つと、ひどくバランスが悪く感じた。
「しかし、期待通りだよ。坊や。デスナイトになるに相応しい身体と、リッチになるに相応しい魔力。アンデッドの創造に才能を持ち、今までに数えきれない呪詛をその身に浴びた坊やしか、デスにはなれないだろうよ」
婆は笑う。
「世界中を探しても、そんな人間は坊や。お前だけだ」
もっとだ。
もっと魔力を循環させろ。
ただの一撃に全てをかける為に。
「本当はあたしがデスになるはずだった。あたしは何も間違っていなかった。それなのに、どうしてリッチになんてなってしまった?」
婆は俺を見ていない。
舞台に立っているつもりなのか。
シャドウが倒れ、阻む者が消えて集まってきたレッドボーンを観客に、芝居を続ける。
「がっかりしたよ。しかも、記憶を引き継いだせいで、リッチが使えるはずの魔法も使えやしない。生前に覚えた魔法しか使えない半端なリッチだ。でも、坊や。あたしにはお前がいる。安心しな。記憶を残す方法もあるけれど、お前の記憶はちゃーんと、消してあげる」
脳裏に展開される魔法式はすでに壊れる寸前だ。
俺が魔力を回しているのは分かっているだろう。
それでも婆は俺をまともに見ないで声を上げる。
目の前にはアーレス。
エキオンは視界に映っていない。
剣戟の音は聞こえるから、まだ戦っているはずだ。
「さて、アーレス。まずは右手を落とせ。それで蒔かれた者も消えるだろう。殺す前にかけなきゃいけない魔法はたくさんあるからねえ」
魔力よ!
魔法式に魔力の負荷が掛かり過ぎて、壊れた。
体中の魔力が弾けて、瞬間的に体全体に力が漲る。
「はぁああああ!」
剣を振り上げた。
狙うのは婆。
アーレスの攻撃を食らおうとも、相手に殺す気が無いならやれる事はまだある。
足を踏み出す。
アーレスがそれを防ぐように剣を動かす。
守る者が近くにいるのは戦いにくいか?
エキオンの姿が思い浮かんだ。
今まで俺が邪魔だったとは思いたくない。
また一歩踏み出した。
そこはすでにアーレスの間合いの中。
アーレスの剣と俺の剣がぶつかる。
構わずに押し込んだ。
片腕で剣を押し、本来、力が劣るはずの俺の方が前に出る。
急激に力が失われていくのが分かる。
アーレスの眼窩と俺の目が合う。
まだだ。
「あぁああああ!」
再び魔力を循環させる。
押し返されそうになった剣に力が戻る。
全身が悲鳴を上げ、いつバラバラになってもおかしくない。
アーレスに隙は無い。
それでもあがく。
「諦めろ」
アーレスが呟いた。
「ふざけるな」
俺に残された生きる可能性はたったひとつだけ。
「俺はもう孤軍じゃない」
その瞬間、アーレスの首がわずかに動き、その眼窩が何かを捉えた。
アーレスの剣が引かれ、それを弾く。
それは1本の矢だった。




