第39話 マイラ王女、バリー家の使用人に惚れ込む
マイラ王女は、小柄で痩せていて、とても神経質そうな方だった。お付きの侍女たちはビクビクしていた。
それなのに、私はあっという間に王女のお気に入りになっていた。
「あなたと話していると、心が安らぐわ」
私、王女殿下とお話していると常に崖っぷち状態な気分になるのですが。
お付きの侍女はどこへ行ったのかしら?
にわか伯爵令嬢の私では失礼があるかもしれないでしょ?
侍女長が私に向かって神妙に言った。
「こんなに王女殿下とお話が続く方には初めてお目にかかりました」
お話が続く?
「よかったですわあ。マイラ殿下がこの上なくご機嫌がよろしくて。普段でしたら、もう今頃、国王陛下に滞在先一家の処分についてお手紙を書かれる頃ですのに」
まだ、半日しか経っていないのに?
マイラ殿下のお話は、毎日大体決まっている。
「私も結婚しなくてはと、父の国王陛下から言われておりますの。それで仕方なくあちこちのお茶会に出たりしているだけなのです。それなのに、婚約クラッシャーなどとひどい言われよう」
そう言うとマイラ王女殿下は、うるうる涙を流した。
詳細は知らないが、マイラ王女がほれ込んだ男性には婚約者がいたんだとか。父王に泣きついて、婚約解消させて結婚に持ち込もうとたくらんだことがあり、それで婚約クラッシャーというあだながついたんだとか。
なかなかに実行力があるわけだが、それが為に非常に恐れられていた。王女殿下に抵抗して王家のご機嫌を損ねるのは勇気がいる。
私はアシュトン王子を使おうと考えた。
「アシュトン王子、ここにいるのはばれているんですよ? 挨拶くらいしたらどうなんですか?」
「え? お前はバカか」
アシュトン王子は私に言った。
「一度かまえば、二度目、三度目を要求してくるに決まってるだろ。絶対に相手しない方がいい」
ううむ。理屈はわかる。妙に読みは深いんだ。
「王女殿下の見物はもうお済みですわよね。王子殿下が帰国されれば、マイラ王女も王宮に戻られると思いますわ」
「帰らない。だって、面白いんだよ。お前の家に、様子のいい若い護衛兼使用人がいるだろ」
はて? 誰?
「なんか黒髪の。あれに王女は興味があるらしい」
「えーと、ただの使用人に?」
アシュトン王子は金髪を振りかぶってニヤリとした。
「顔さえよければ何でもいいらしいよ」
へえ。どんなイケメンかしら? 見てみたいわ。うちにそんな人いたかしら?
「そいつを差し出せば、マイラ王女は喜んで帰るんじゃないかな。マイラ王女は目障りだ」
目障りが何を言っている。
「今度来た時、誰がその使用人なのか教えてくださいませ」
ガゼボで恒例のお茶会をしているとき、その様子のいい若い使用人とやらがコーヒーをもって出現した。殿下が合図してくれた。
「あいつだ」
「ん?」
給仕君がチラリと流し目でこっちを見た。
驚愕した。
ぎえええ。ロアン様。なぜここに?




