第35話 積み荷より人命
家に帰る途中の馬車の中で、キティに説教された。
「いいですか? ロアン様は求婚されたんですよね? ローズお嬢様に」
「そうなのかな」
ちょっと弱々しく私は答えた。
ロアン様が私みたいな人間に求婚するかしら? 状況的に結婚する予定みたいな話だったけど、結婚して欲しいとは言われていないのよ。しかも、話はいつもフライング気味で、要領を得ないと言うか。
「そうに決まっています! ロアン様は、しょっちゅうバリー家に来てらしたでしょ?」
私はうなずいた。あんまりしょっちゅう来るんで、ずっと下っ端だと信じていた。まさか、伯爵家のご子息とは思っていなかった。
「ローズ様が好きだったんですよ。だから、自分の手の届くところに置きたがったんですね」
だって、下女として家に置いておくとか、危険だからロアン様の家にいろとか。
その都度、よくわからない理由をつけてロアン様のお屋敷に連れていかれたのよ。
キティはこれまでのいきさつを聞くと、ため息をついた。
「ああ、ロアン様、ヘタレ」
「ヘタレ?」
あんなに偉そうなのに?
「これまでずっと、女性から付きまとわれてばかりだったので、自分から伝えたことがなかったんでしょうね。どうやって女性を惹きつけたらいいのかわからないのね。ヘンリー君の方がよっぽど度胸あるわあ」
引きこもりって、そういうタイプの人の意味だったの?
なんか今までの認識が覆されるのですが。
「でも、これからは本当にどうなるでしょうね? これまでならモレル伯爵家の力が圧倒的でしたから、伯爵様さえ説得できれば、お嬢様はロアン様とご結婚なさることになったんでしょうけど」
「どういうこと?」
「お嬢様には詳細が伝わっていないかもしれませんが、お父様が隣国より伯爵位を授けられました」
「聞いたわ。でも、信じられない。爵位って、そんなに簡単にもらえるものなの?」
「私もそう思ってましたけど、国によって違うようですね。ご両親は難破の時、積み荷より人命を優先した功績を認められての叙爵です」
「普通、人命優先じゃない?」
「そうとも限りません。そして助けた人たちの中に、ローズ様と同い年の隣国の王子様が含まれていたんですわ」
人を助けるためになんでもしろ、積み荷より人命だと父は叫んだそうだ。
それは船長に伝わった。乗っている人たちにも伝わった。
なぜ船賃を払わないで乗ろうとしたのかとか、どうして積み荷を捨てたら助かるのかとか、色々疑問が出てきたが、細かいことは聞かないことにした。多分、キティも知らないだろうし、彼女はなんだか感動してハンカチで涙を拭いているところだったからだ。
「それで、明日戻ってくるとき、隣国の王子様もご一緒されるそうです」
「えええ?」
先にそれを言って欲しい。
隣国と言えば、大国。経済的にも文化的にも発展している。その王子様と言えば賓客中の賓客だろう。
「お忍びだそうですので、表立っては国王陛下も手を出せません。隣国の国王陛下からは好きにさせてやってくれと言われておりますので、ローズ様におかれましては、ぜひお話し相手なりとなられて、おもてなしくださいませ」
王子様の接待役。重責。
明日売る分の薬はどうしたらいいの? 私は途方に暮れた。




