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町のはずれで小さなお店を。  作者: buchi


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第30話 俺は本気なのに

店のことばかり考えていて、すっかり忘れていた。玄関は開いている。正確にはドアが壊れてて閉まらない。誰でも入れる。


人の気配がする。私は食事用のナイフを握り締めた。


「どこだ?」


男の声がする。ぎゃー、怖い……はずだが、聞き覚えがあった。


ハアハア言いながら出現したのは、騎士様……ではなくてロアン様だった。


「あっ、見つけた」


ロアン様は私を見て叫んだ。


「ロアン様……何しにきたのですか?」


泥棒でなくてよかった。だけど本当に何の用事かしら。

ロアン様の存在はいつでも私の心をかき乱す。いつだって失礼だけど、この人が一番友達に近いかもしれなかった。


「お、お前なぁ……」


お前はちょっと嫌だな。せめてバリー嬢とか。平民に嬢付けが嫌か。領民だし。


ロアン様は黒髪を振り立てた。


「なんで黙って出て行く」


「言いましたよ? 家に帰るって」


「お前の家は、バリー家の屋敷だろう!」


「私の家はここです」


ロアン様はなんとも言えない顔つきで私を見た。


「なぜ、屋敷に帰らない」


「改修中なのですよ。執事や女中頭に迷惑をかけるわけにはいきません」


私は適当なごまかしを言った。


「お前が主人の家なんだ。お前のために改装している。迷惑なんかじゃない」


すごく真っ当な返事が返ってきた。

真っ当すぎて返しに困る。


「ポーツマス夫人やキティが聞いたら泣くぞ」


「私、家事って本当に大変だなって思ったんです」


私は語り始めた。


「私には自分が借りた家があります。これは私のものです。ここなら自由に暮らせます。家事を手抜きしても誰も何も言いません。礼儀作法をあれこれ注意されません」


「お前……よっぽど家でダメ令嬢だったのか。きっと小うるさく躾けられるのが気に入らなかったんだな」


ダメ令嬢ではないと言うのに!


「まあ、強いて言うなら、いい子でいるのは嫌だったかも知れませんが」


一人暮らしって気楽だよね。


「なあ、女が結婚したがるのは、誰かの夫人になれば、自由になるからだ。女主人だからな。使用人にとって主人は夫じゃない。家に長くいて、家事を取り仕切る妻の方だ。子どもの母になれば、子どもや乳母は母親の言うことを聞くだろう」


すぅーっと頭から抜けてく理屈だった。私は結婚したい訳じゃないので。


「私にはこの家があります」


思わず言った。


「ここで暮らします」


「どうして? 俺の屋敷じゃダメなのか?」


「モレル様」


モレル様と正式な名前で呼ばれて、ロアン様は何も言われる先から身構えた。


「ダンスパーティで婚約者扱いしてくださってありがとうございました。でも、私は平民です。本当の婚約者になることはできません」


「みんな、俺が本気だってことを知っている」


ロアン様の青い目が見つめてくる。なんだ知らないけど、本能的な恐怖を感じた。目を見るのが怖い。どうしよう。

あの剣ダコだらけのがっしりした手が伸びてきたら、もう、捕まってしまう……


「ご両親の伯爵夫妻はそうは考えないでしょう」


ロアン様はぎくりとした。その様子を見て、私は両親の了承を取っていないのだと察した。


「ロアン様が真剣だったとしても、同じでしょう。結婚は同じくらいの身分の者同士の方が安心です。誰からも批判されない」


私は身分なんか気にしないけど、そう言う義両親ばかりではないでしょう。


「お前の両親が帰ってきたら、お前は富豪の令嬢に逆戻りだぞ? こんな家に住むような人間ではないはずだ。大体、玄関、開きっぱなしじゃないか。不用心だぞ?」


「こんなあばら屋、誰も人がいるだなんて思いませんよ」


「バカ」


ついにロアン様が言った。


「自分の身分を考えろ」








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