第27話 おとり
正直、他人にとって、こんなに面白いパーティーはなかったかも。
あくまでも他人にとってはだけど。
「ローズ嬢。踊ってください」
片膝ついて麗々しく手を取ることじゃないわ!
でもなー。ロアン様みたいな美しい男に誘われると、うっかりホイホイついて行きたくなる心理って、困るわあ。
私は青筋を立てたまんまのロアン様と五回踊り、ベッタリ張り付かれ、メチャクチャ疲れた。
確かにロアン様はイケメン。ダンスはまるで夢のよう。しかし、体力の限界ってものがあってですね……
久しぶりに私の顔を見て驚いた様子の友人たちと話をしたかったし、目をまんまるにしている遠縁の人たちに説明もしたかったけど、そんな余裕はなかった。
「ローズ。君と初めて踊る日に、あんな不愉快な話を聞かされてとても残念だ。まるで俺がお前を待ち伏せしてたみたいじゃないか」
そう言われると……偶然にしてはよく出来すぎた話ですよね……今、ちょっとそんな気がしてきました。もしかして、本当に待ち伏せしていたのでは? そんなことないよね?
「気を取り直して。踊ろう。婚約者同士なのだから、遠慮はいらないよね」
どこでもここでも、遠慮は大事ですよ! ロアン様! ちょっと! みんな見てるじゃない。止め、止めー。
「さ、飲み物だ。次の曲が始まったら、もう一曲。ふふふ」
流れに逆らいたいと、家出まで敢行したのに、自分の都合ではなく、他人の希望に流されている気がする。気のせい?
パーティーの間中、ジェロームは、私と接触を計りたいらしく、そばに寄ろうとするが、ロアン様と忠実な使用人たちがそれを阻んだ。
「さらわれるだろう」
ジェロームは意外に危険な人物だった。認識していなかった。
「こんなパーティ会場で、あんなことを言い出すとは。伯爵家が怖くないのだな」
いい度胸だ、と続くのかと思ったが、違っていた。
「アホだ」
パーティーは終了し、私はロアン様と伯爵家の別邸に戻ったが、別邸は物々しい雰囲気に包まれていた。
いつもより出入りする人の数が多く、それも武装した男ばかりだった。
「ロアン様。お言いつけ通り」
そのうちの一人が、ロアン様を見つけると走り寄ってきて、かしこまって膝をついた。
「よし。準備は完ぺきだな。さあ、疲れたろう、ローズ」
私は何が何だかわからないまま、ロアン様の顔を見上げた。
「部屋に戻りなさい。キティが待っている」
私はこの屋敷の年を取った使用人に手を引かれ自分の部屋まで送り届けられると、キティが緊張した様子で待っていた。
「何があるの? キティ」
「今晩はここから出てはいけないそうです」
「明日売る薬はどうするの?」
キティは首を振った。
「それどころではございません。なんでも捕り物があるそうです」
「捕り物? 誰かを捕まえるってこと?」
「だんなさまが言うには、今夜か明日の晩、お嬢様をきっとさらいに来るだろうって」
多分、ヘンリー君の話ではないな。ジェロームのことだ。
「お嬢様、まずは着替えを。ダンスパーティでお疲れになったでしょう」
私たちは黙りがちに着替えをした。この家の老女も手伝ってくれた。
「しっ」
突然、キティが指を唇に当てて言った。
キティは窓を見ている。私たちは外から見えないように気を付けてこっそり外を覗いた。
貧相な馬車がガラガラと出て行く。
それまで黙っていた老女が口を開いた。
「おとりです」
「おとり?」
「中に若い女性の姿の人形が乗っています。周りを男たちが人目に立たないよう囲んでいます。万一、バリー男爵家があの馬車に手を出したら、捕まえる気なのですよ」
「そんなものに引っ掛かるかしら?」
私は首をひねった。
「バリー商会の資産は莫大です。万一あなたと結婚すれば、全部、バリー男爵家のものになる。言うことを聞かないようなら殺されるでしょう」
老女、怖い。
「私はドネルの妻です」
私はひっくり返りそうになって老女を見た。
彼女はカツラをむしり取り、ニコリと笑った。
「ファニーじゃないの!」
ドネルの奥さんは、ドネルより頻繁に会っていた。元は私の家の使用人で、ドネルが見染めて妻にしたのだ。そのために、うちへのお使いには気安いので、彼女がよく来ていた。
「おばあさんに化けたのですよ。ここへ来たのがバレないようにね」
「はい。私もいつ気が付くかと思っていました」
キティもにやにやしながら言った。
私の家の忠実な使用人たちが戻ってきてくれている。あと、二週間すれば両親も帰ってくる。
「来てくれてありがとう」
私は言った。心からうれしい。




