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 「どうしたの?」


 いつになく、暗い雰囲気の夫にレイナは訊ねた。


 「ごめん」


 返ってきたその言葉に、レイナは目をぱちくりする。


 「なんで謝るの? 何を謝ってるの?」


 「今まで、黙ってたこととか、今回の事とか。

 何よりも、きっと君は傷つくことになるだろうから」


 王都に引っ越す件のことを言っているのだろう。

 不安はたしかにレイナにもある。

 しかし、神様が決めたことだ。


 「だったら、私のことなんてここに置いていっていいんだよ。

 私は、寂しいかもしれないけど、でも一人じゃないし」


 レイナが今さらのことを言った。

 そんなことできるわけはないのだ。

 元よりそんなつもりは無いが、そんなことをしたら閉鎖的な田舎で、男に妊娠させられたあと逃げられたように見えるだけである。

 そうなれば、村人の彼女への風当たりはきつくなるだろうことは容易に想像出来た。

 世間体と固定観念に縛られ続ける、それでもぬるい居場所でもあるここは、時に残酷な面を見せることをアスターは知っていた。

 彼女がどんな立ち位置になるか、簡単に想像がついた。

 留まっても、流されても結局どちらでも状況はそんなに変わらないのだ。


 「悪い、そんなことを言わせたいわけじゃないんだ」


 「大丈夫だよ。選ぶことが出来ただけ私は幸せだよ。

 私は、アスターと一緒に居たいから、だから一緒についていく事を選んだんだよ。

 それに、王都に行ったら妹もいるし。またリトと一緒に暮らせるみたいだし。だから、大丈夫だよ」


 レイナの妹のリトのことは、アスターもよく知っている。

 時には一緒に面倒を見たり、遊んだりしていたのだ。

 アスターにしてみれば、本当の妹のようなものであった。

 それが王室側の配慮であることは察しがついたが、何故かアスターの中の不安は消えてくれない。


 レイナは、結果的には後宮に入ることはなくなり、リトの存在もあって教会預かりとなった。

 それが引っ掛かる。

 特例と言えば、アスター自身のこともだ。 

 おそらく強制的に、貴族令嬢と婚姻をさせられ何人も妻を娶らされることになるだろうと思っていた。

 しかし、そんなことはしなくていい、と念書と誓約書まで用意されていた。

 形振りかまっていられないほど、王室が焦っているようにも見える。

 何がなんでも、アスターを連れ戻したいが故の譲歩とも取れる。

 しかし、胸がざわつくのだ。

 

 「(リト)のこともあるけど、お義母さんも一緒だし。

 アスターとはお仕事で中々会える機会が少なくなるみたいだけど、私頑張って元気な赤ちゃんを産むからね。

 だから、大丈夫だよ」


 「そう、だな」


 不安や悲観してばかりも居られない。

 産まれてくる子供達のためにも、アスターも頑張らなくてはならない。

 味方なんていない。

 歴代の王がそうだったように足場固めなんてしていない。

 しかし、ただ流され続けては彼女も子供達も守れない。

 なら、踏ん張るしかない。頑張るしかないのだ。

 傀儡にならないよう。

 この十年分の勉強不足や経験不足を取り戻さなければならない。

 力が無ければつければ良い。

 簡単な事ではないとは思う。

 しかし、やらなければ家族を守れないのだ。


 


 そして、一足先に派遣された護衛とともにアスターが王都へ出発した。

 レイナと義母は、妊婦であるレイナの安定期を待ってからやはり同じように城から派遣されてきた魔法使いと医者とともに王都へと向かうことになった。

 村の者やレイナの実家には、本当のことを話すと大騒ぎになると言うことで、アスターの仕事の関係で引っ越すことを説明した。

 レイナの実家の両親はこんな時期に、と怪訝な表情をした、どうせなら義母とここに残ることは出来ないのか、とも言われたが、大きな街の方が腕のいいお医者さんもいるので平気だ、と説明してなんとか納得してもらえた。

 田舎では、父子家庭が多い。

 両親が揃っていることもあるが、後妻を迎えた家も少なくない。

 つまりは、それくらい出産というものは命懸けなのだ。

 リトを産んだ母が生存していられたのは運と、主治医となったエルフの先生のお陰である。

 そして、設備が整っているだろう街の病院なら出産のリスクも多少は軽減されるはずだ。

 

 そんなこんなで、レイナ達が村を出た数日後のことだ。

 その男が村に帰ってきたのは。


 男の名前はトール。

 異国だけではなく、この大陸でその名を馳せつつある英雄である。

 腕試しと見聞を広めるために各国を旅していた彼は、とある国でその国を救い、【剣神】であり【拳神】の名を与えられた、中には嫉妬もあり神ではなく【剣聖】あるいは【拳聖】などと呼ばれるダークエルフ族の青年である。


 「えー、残念。土産と結婚祝いもたくさん持ってきたのに」


 手紙で時おりやり取りしていたお陰で弟分と妹分が、あのうだうだと見ていてイライラしていた二人がやっとめでたく結ばれたと聞いて、色々茶化したかったのに。

 その二人は弟分であるアスターの母とともに王都へ引っ越したのだという。

 トールがその事を知ったのは、子供の頃なんだかんだとお世話になった妹分であるレイナの両親に会いに、彼女の実家に訪れた時だ。

 のんびりと出されたお茶を飲みながら、土産話をして、食べ物のお土産をレイナの両親に渡す。それから家族の墓参りを済ませてトールはその村を後にした。


 街道を歩きながら、ふと道を見ると枝が落ちている。

 おあつらえ向きにも、道も二つに別れている。

 片方は弟分たちが引っ越したという王都へ、もう片方は海へ続く道だ。

 

 「ふむ」


 暫し考えて、トールは枝をたててどちらに倒れるかを見る。

 枝は海へ続く道へと倒れた。

 

 「遠回りになるか」


 何て言って、トールは海へ向かい始めた。


 「まぁ、久々に刺身を食べるのも良いか」


 あちこちを旅していたので、内陸部でどん引かれる料理でも、彼は美味しく頂けるのだった。

 

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