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聖女となったリトは、あの姉の驚く顔を想像して笑いを抑えることが出来なかった。
リトは姉のことが大好きだった。
愛していると言っても過言ではないだろう。
料理だってうまい。なにより優しい。
ある種の理想の女性だと思う。
その容姿はリトより劣っているし、要領が悪い。
だから、村の同い年の女の子達は彼女を陰でバカにしていた。
姉が孤児で貰われっ子という話は大人達の間では有名だったらしいから。
人の口に戸は立てられないから。
田舎はたとえ、子供だろうと他所ものに冷たい。
彼女は子供が出来なかった両親がもらってきた。
リトがそのことを知ったのは、姉の誕生日。
細やかな、決して豪華とは言えない、それでも両親が、特に母が姉のために作った料理を食べながらリオと姉のレイナはその話を聞いた。
その話を聞いて、リトは安心したのだ。
田舎に住む娘であり、赤ん坊の頃に施設からもらってきたとはいえ、その出時は不明。
村の皆はそのことを知っており、閉鎖的な田舎ではこう言ってはなんだが差別と偏見でとても嫁の貰い手が無いだろう。
きっとずっと、あの家に実家にずっと居てくれる。
そのことに、リトは安心したのだ。
畑仕事が忙しい両親の代わりに、リトの面倒を見て、ずっとリトと一緒に居てくれたのは姉だった。
その姉が誰の物にもならないということが確定したのだ。
知らない者に話せば差別と偏見で白い目で見られる。
孤児で引き取られた、その事実だけでその人物がどんな人間なのかなんてお構い無しだ。
だから、安心していたのに。
それなのに。
リトは笑いを消して、怒りで手を握りしめる。
あの日。
姉の誕生日から数日が過ぎた、あの日。
前から用事があるから、と朝から出掛けていた姉が、幼馴染みでありリトからすれば兄のような存在であった少年と仲睦まじく帰ってきた、あの日。
姉がその少年と一緒になることが決まった、あの日。
婚約したことを嬉しそうに報告する、姉と幼馴染みの少年。
二人が交際していたことは知っていた。
でも、交際と結婚は別物だから、姉のことを知ってそれでも一緒になることを選ぶ人間がいるとは思わなかったのだ。
だから、安心していたのに。
それなのに。
妹の穏やかではない心情など知らず、両親と姉と未来の兄が幸せそうにしている。
リトは嫉妬と憎しみで狂いそうになるのを必死に堪えた。
これは、姉の幸せのためだと自分に言い聞かせようとした。
でも、駄目だった。
姉の容姿は美しくないし、要領だって悪い。
でも、リトにとっては宝物のように、大好きな存在だったのだ。
その存在が取られたのだ。
姉の幼馴染みであり、恋人であり、現在では義理の兄となった男ーーアスターに取られたのだ。
幸せそうな二人を心の底から祝福するなんてことは、出来なかった。
そして、姉の婚約、結婚と人生のイベントが順調に進んでいく中、不貞腐れていたリトの元にその報せは届いた。
『神により、貴女が次代の聖女に選ばれました』
教会からの遣いである、女性の神官はリトの実家にやってくるとそう説明して恭しく頭を下げてきた。
聖女とは、国の繁栄のために神に祈りを捧げ続ける存在だ。
政治とはまた別の国民の心の拠り所でもある。
聖女はその象徴だ。
そんな存在として、リトは選ばれた。
聖女の役割、仕事は断ることは出来ない。
強制的にリトは王都に行くことが決定した。
両親も、大好きな姉も、姉をリトから奪ったアスターもそれを祝福してくれた。
リトは、王都になんて行きたくなかった。聖女になんてなりたくなかった。
神様なんて糞くらえだ。大嫌いだ。
でも、そんなことが言える状況ではなかった。
最後に、腹を括ることが出来たのは姉の幸せそうな顔を見なくていい、そう思えたからだ。
姉を奪った、でも姉が大好きな男を憎むこともなくなる。
そう思ったからだ。
リトには姉さえいれば良かった。
それなのに、姉はリトを置いて幸せになってしまった。
許せないとかではなく、それがただただ悲しかった。
この村から出れば、姉の姿さえ、姉夫婦の姿さえ見なくなればきっと忘れられる、そう思っていたのに。
王都に来て落ち着いた頃を見計らって届いた手紙。
リト宛の手紙。
差出人は姉だった。
そこに書かれていた内容に、思わず手紙を破り捨ててしまった。
子供が出来たのだという。
姉は、妊娠したのだという。
当たり前だ。
結婚をしたのだから、それは、当たり前のことなのだ。
いつかはそうなるだろうとは分かりきっていた。
わかりきっていたことなのに。
堪らなく嫌になってしまった。
どうして自分は男じゃないのだろう。
もしも男だったなら。
姉弟だったとしても、血の繋がりが無かったのなら、もしかしたら姉の横に居たのは自分だったかもしれないのに。
聖女なんてならずに、ずっとずっと。
それこそ、死が二人を別つその日まで一緒に居られたかもしれないのに。
そんなやり場のない怒りと嫉妬で頭がおかしくなりそうだった彼女に、神様は初めて微笑んでくれた。
声が聴こえたのだ。
王様に神託として、次のことを伝えるように、声が聴こえたのだ。
『ルベウス殿下を廃嫡せよ。そうでなければ、王国は滅ぶ』
そんな神託だった。
聖女の受けた神託に、教会の神官のみならず政治を司っている貴族達も衝撃を受けた。
神託には続きがあった。
『アルステリア王子を次の王とすること』
そうすれば、国は繁栄するらしい。
もっともっと豊かになるらしい。
神様はとても不親切だ。
それだけしか伝えてこなかった。
ド田舎の娘だったリトには、どうしてそんなに周囲がざわつくのか、動揺するのかわからなかった。
その理由を知ったのは、聖女直々に神託のことを王様へ説明するよう言われた時だ。
アルステリア王子なる人物と、その母の肖像画を見せられたのだ。
王子の方は、まだ五歳くらいだったが、それでも姉を奪った男に面影が残っていた。
そして、母である側室だった女性の肖像画。
若かったが、その人物にそっくりな人をリトは知っていた。
リトの姉が嫁いだ家の、姑にそっくりだったのである。
そのリトの様子から、話を聞いた王室側はすぐに調査を開始した。
そして、わかったのは、姉の夫とその母ーー姉にしてみると義母ーーが城を追放された肖像画の王子と側室だったということ。
そして、次の王様予定だったルベウス第一王位継承者がいわゆる先天性の種無しだったことだ。
追い出しておきながら、アルステリアーーリトにしてみれば義兄のアスター達は今さらただ戻ってこいと言っても聞かないだろうことは簡単に予測出来た。
だから、リトの姉も受け入れてやるから戻ってこいと提示したらしい。
断ったら、腹の子も無事では済まないという遠回しの脅しもしたらしい。
義兄に関してはいい気味だとしか思わなかった。
少しだけ、姉には悪いかなとは思ったが、国のことはどうしようもない。
結局、聖女だなんだと担ぎ上げられたところで、リトも駒の一つでしかないのだ。
でも、それでも。
「お姉ちゃんに、会える」
身重ということもあり、安定期に入るまでは王都に来られないらしいが、逆を言えば安定期に入れば腕のいい魔法使いと医者を派遣して王都に連れて来るらしい。
その日が楽しみでならない。
何故なら、身内が近くにいた方が良いだろうという配慮で、聖女である自分と一緒に暮らすことが決まっているのだ。
「お姉ちゃんに会えるんだ」
祈りを捧げる仕事にも、いっそう身が入ると言うものだ。




