39
「遠足?」
「正確には、企業体験学習のための遠征な」
トールから荷物が届いて数日後のことだ。
今日は休みなので、朝のランニングを終えて寮母さんの作った朝食を美味しく頂いたあと、すっかり常連となった第一空中訓練庭園へアルストレーナはバーベキュー用の食材をとりにやってきた。
あとでレンも売店で、ジュースなどを購入した後合流予定である。
今日は、オオグやエステル、そして何故か捜査委員会のメンバー三人が加わってバーベキュー大会をすることになっているのだ。
委員会のメンバーは、本当はもっと多いのだがそれぞれ予定があり、また強制参加というわけでもないので、暇な者達が集まった結果がこの三人である。
一人は委員長の魔族の少年であるエルド。二人めはエルフの少女である三年生のミア。三人めは二十歳前後の犬の亜人であり垂れ耳が印象的なキリマである。
エルドとミアが社交的なのに対して、キリマはあまり喋る方ではないらしく寡黙だった。
エルドとミア、キリマとアルストレーナの二人組に別れて獲物をとってきて解体していたところ、バーベキュー用の網などの道具を持ってやってきたエステルと雑談をしつつ準備を進めていた。
その準備中の雑談で、【企業体験】の話が出たのだ。
毎月一度だけ、希望者は将来の就職先候補の参考に見学できるしらしい。
冒険者ギルドに始まり、その候補地は様々だ。
飲食店に服飾系、生産系を取り仕切るギルドにも見学可能である。
「へぇ」
「見学は得るものがたくさんある」
横からキリマが静かに言ってきた。
「キリマ先輩はどこに見学に言ったんですか?」
「いろいろ」
「思いで深い所とか、楽しかった所とかあります?」
「冒険者ギルドと異世界の魔王城」
「異世界の魔王城?」
冒険者ギルドはわかるが、異世界の魔王城とはなんだろう?
まさか言葉通りの意味ではないだろう。
アルストレーナが首を傾げていると、エステルが楽しそうに説明してくる。
「捜査委員会限定の職場体験先だ。
って、言ってもいくつか条件を満たさないと行けないんだけどな。
文字通り、こことは別の世界に行けるんだ」
「そんなことできるんですか?!」
驚きのあまり、アルストレーナが食いついた。
こことは別の世界。
研究論文としてその世界が実在するだろうという発表はされているが、本気にしたものはいない。
だから、どうやったら行けるかまでは研究されていない。
おそらく実在するだろうという、酷く曖昧なものだからだ。
「行けるけど、アルストレーナさんは条件を満たしてないから無理だなぁ。
あ、ちなみに俺とオオグ先生は今回は引率として、冒険者ギルド候補者担当だ。
日程は三泊四日。ま、企業体験、見学とは言っても生徒たちのガス抜きも目的にしてるからな」
希望者を募ってのプチ旅行と言った方が正しいかもしれない。
「宿泊費とかは学校が出すから基本は無料だしな」
エステルが言いながら、オオグを見た。
そこで、この際だからとアルストレーナはずっと疑問だったことを訊いてみる。
「この学校ってすっごいお金ありますよね?
奨学金もそうですけど、条件さえ揃えば基本無料で奨学金もお小遣いになるわけで。
そのお金ってどこから調達してるんですか?」
エステルが今度はニヤニヤとオオグを見た。
オオグがそのカラクリを知っていると言うことだろうか?
「この学校を作った奴が、若い頃にその気は無かったが結果的に莫大な、ひょっとしたら来来来世分くらい遊んで暮らせるだけの額を稼ぎだしたんだよ。
んで、せっかくなら使わないと意味無いってことで、この学校の運営に使ってるってわけだ。
その金は現在も稼ぎ中だから、そいつが存命中で稼いでいる間は基本無くなることはないだろうな」
「えっと、スポンサーであり創設者がメチャメチャお金持ちってことですか?」
「まぁ、そういうことだ。
それも、ひとつの仕事じゃなくて複数の仕事を成功させたからってのもある」
「どんな仕事なんですか?」
「興味あるのか?」
「将来の夢の参考にと思って」
「いや、参考にしなくていいと思うぞ」
「えー」
オオグの返しに不服そうにアルストレーナは頬を膨らませた。
「というか、出来ない。
出来ることの方が限られてる」
そう前置きして、オオグではなくエステルが教えてくれた。
まずタダ同然でレア武器を作るための材料が手にはいる場所を確保する。
それで作った武器や、その原材料を売り捌く。
各地で行われている腕試し大会に出場して、そのすべてに優勝する。
新しい技術を開発して特許をとって、他人から金を巻き上げる。
この学校やダンジョンを作って有料化して経営する。
これら全てで大成功を収める。
「無理ですよ。どんだけ勝利の女神に愛されてんですか。ここの設立者」
「うーん、それでも大成功まではそれなりに苦労したみたいだけどな。
身内との折り合いが悪かったらしいし」
「ボクに出来そうなのは、生産職かな?
各地での腕試し大会だと負ける気しかしない」
それを聞いたアルストレーナ以外のメンバーが押し黙った。
「何事も挑戦だから、面白いと思ったらやってみたら良いんだよ」
意外にもオオグがそんなことを言った。
たしかに入学時の成績は良い方だったらしいが、この学校には猛者がウヨウヨしていると、アルストレーナは身をもって知っていた。
実践経験の多い生徒がいて、アルストレーナなんて真正面から突っ込んだところで勝てる気がしない。
例えば、エルドが良い例だろう。
気配を消すのが上手いし、その技術を応用して獲物を仕留めてきた。
暗殺が上手そうなのだ。
現実はどうか知らないが、物語によっては登場することがある特殊部隊とかにいそうな人物である。
「面白いと思ったら、ですか」
「それくらいで良いんだよ。楽しむくらいじゃないと人生詰まらないからな」
「参考にします」
バーベキューの準備が整って、レンはまだだったが肉を焼き始める。
程なくして、レンがジュースと何故かジョセフも伴ってやってきた。
ジョセフの手には酒。
「誘われたんでお邪魔します」
言いつつ、ジョセフは売店で買ったのであろう酒以外の品物も見せてくる。
焼肉専用のタレなんかもあった。
ここには下界にはないものが揃いすぎている。
いや、ひょっとしたら各国の王都とか主要な都市に行けば手に入るのかもしれない。
アルストレーナは世界の歴史は知っていても、世界の現状を知っているわけではない。
将来の夢はまだ無いが、そのプチ旅行には参加してみたいなと思った。
「あ、セーシュだ!」
見たことのないラベルが貼られた茶色と緑色の瓶を見て、オオグが目を輝かしたかと思うとそう言った。
そして収納魔法でしまったいたらしい、グラスよりも小さな手のりサイズの陶器の器を取り出すと、その酒を注いだ。
と、思ったらその酒は水のようだ。
水のように透明で、アルストレーナが今まで見てきた酒とは違っていた。
「師匠がよく飲んでたんだよ、これ」
懐かしいなぁ、とオオグが呟いた。
どうやらセーシュと言うのはお酒の種類のようだ。
「お師匠様、ですか?」
オオグにもそんな存在がいたのか、とちょっと驚く。
「結局一度も勝てなかったんだよなぁ」
そこまで言ったとき、付け足すようにオオグはアルストレーナに言った。
「憧れも将来の夢の判断基準になるな」
「?」
「目標のひとつってことだ。
指針のひとつにもなる」
「ボクの場合だと、お父さんやトゥオーフ師匠みたいになりたいって思ったたりするんですけど、そういうことですか?」
「そう言うことだ。目指すものがあったほうが良い」
となると、アルストレーナの目標は現在三つになる。
母のような優しく料理上手な女性になること。
父のような強い存在になること。
師匠であるトゥオーフのように、ありとあらゆる知識を身に付けたいと思っていること。
最近はジョセフの話も聞いて、少し怖いが冒険者という職業にも興味を持っている。
「オオグ先生、さっきの企業体験の話なんですけど、受付っていつまでですか?」
気づけば、アルストレーナはそう訊いていた。




