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 アスター達が住む村から一番近く、そこそこ大きな街の広場。

 そこでアスターは畑で採れた野菜や花、そして手作りしたアクセサリーを売っている。

 まだ夕刻には早いが、帰宅する時間を逆算するとそろそろ店終いをする頃合いだ。

 アスターは折り畳み式ーー組立式ともいうーーの屋台を片付け始めた。

 そこに、声が掛かった。


 「見つけましたよ。アルステリア様」


 思わず動きを止めた。

 その名前で呼ばれるのは、もう十年ぶりになる。

 見れば、仕立ての良い服に身を包んだ初老の男が立っていた。


 「あ、いらっしゃいませ、と言いたいところですが、もう店仕舞いなんです。

すみませんね」


 いま呼ばれた名前を聞かなかったことにして、アスターは接客用の笑顔を張り付ける。


 「大きくなられましたね。髪は母君譲りですがその瞳と顔立ちは父君にそっくりだ。私のことをお忘れですか?」


 「恐れ入ります、お客様、何方かと勘違いされていますね。

 俺の名前はーー」


 「殿下、そして母君も王宮に戻れます。

 十年前の件は全て解決しました。

 今なら王位継承権も」


 「俺はアルステリアなんて名前じゃないです。

 人探しなら、商店街に有名な探偵がいるそうですよ?

 そこに依頼でも出したらどうですか?」


 さっさと手際よく店を仕舞うと、屋台を引いてアスターはその場を去ろうとする。


 静かな会話なので、広場のざわつきでとくに目立っていない。

 屋台を引きながらすれ違い様に言われ、初老の男はしかし落ち着いた声で言った。


 「えぇ、わざわざ王都からここまで何もせず来たとお思いですか?」


 その問いに、アスターは立ち止まり男を睨み付ける。


 「今さら何の用だ。俺と母さんを追い出しておきながら。

 あれから十年も経ってる。それが今さら何の」


 「神託がくだり、調査したところルベウス様に生殖能力がないと医師から診断されました」


 腹違いの兄の名前を出され、アスターは苦々しい表情になる


 「なら公爵家からでも養子をもらえばいいだろう。

 俺には関係のない話だ」


 「貴方を呼び戻すよう命令したのは、父君です。

 そして、なによりも神託で次の王に、貴方様の名前が指名されたんです」


 側室の一人であったアスターの母を、ほかの妃たちによる冤罪を信じこんで追放しておいて、何を都合の良いことを言い出しているのだ、あの父は。

 そして、神託の方も今さらすぎる。


 「それで? 俺が素直に戻ると思っているのか?」


 「貴方がこちらに戻ることを渋るのはわかっていました。

 私たちは現在の貴方がたのことを調べあげております。

 過去、下賎な平民の娘が側室となった例もあります」


 レイナのことを言われ、思わず手が出てしまいそうになるのを必死で堪える。


 「なら、俺はその下賎な身分となった男だ」


 皮肉を込めて言ってみる。

 しかし、父の側近であるその男は引かなかった。


 「いいえ、身分など少なくともあなたには関係ありません」


 言っていることがメチャクチャである。


 「それに、もう一度申し上げますが、我々はあなた様の周囲を調べあげております。

 あなた様の伴侶は身分だけではなく、誰が産んだかもわからない孤児だ。

 その妹様は聖女ではありますが、血が繋がっていない。

 妹様と違い、雑種の娘であるのは確実です。

 しかし、この事はまだ報告しておりません。

 これが報告されれば、あなた方が引き離されるのは確実です。

 本来なら愛人か売女という身分が妥当だとは思いますが、そこを報告しないでいてやっているのです。

 アルステリア様、御自分がどういった状況にあるのかよく考えてください。

 そうそう、その娘は最近懐妊されたそうですね」


 もう脅しだった。

 ただの脅しだ。


 「おめでとうございます」


 感情のこもっていない祝福の言葉を苦々しい表情で、アスターは受け取った。


 「今日は挨拶だけです。後日返事を伺いに家の方にもお邪魔しますので。

 念のために言っておくと、こちらにはその娘を受け入れる用意があります。次代の国を担うかもしれない子を孕んでいるのです。

 半分は高貴な血を受け継いでいるのは、たしかです。

 相応の扱いをすると確約します。よく考えてください」


 言うだけ言って、男は帰っていった。

 血が出るほどに、アスターは自分の手を握りしめる。

 今のままでは、レイナを守りきれない。

 力のない平民のままでは、どうしたって権力に勝つことはできない。


 「レイナ」


 幸せになれると思った。

 やっと細やかだけど、幸せになれるとそう思った。

 子供の頃、望んでも手に出来なかった暖かいなんてことない家庭を、家族を作れるとそう思っていたのに。

 なにもかも上手くいく、なんて思っていなかった。

 それでも些細な幸せを手に入れられると思っていたのに。

 王族の側室、もしくはその下の身分である愛人になった所で、レイナが幸せになれるはずはないのだ。

 悪意渦巻く後宮に仮に入ったとしても、そこで働く侍女達、他の妃達による嫌がらせがあるに違いない。

 

 「今の俺じゃ、君を守れない」


 戻ったところで、体のいい操り人形になるのは目に見えている。

 しかし、国を相手にするなんてことは、今の彼にそんな力は無かった。

 こんな時、幼馴染みであり兄貴分の彼が居てくれたら良かったのに、とそう思う。

 彼ーートールは、悔しいことにアスターよりも強いのだ。

 どんなに逆立ちしたって、魔法も剣や武術の腕も敵わなかった。

 彼が居てくれたら、本当に悔しいことだが、レイナのことを託すのに。

 噂では、異国の地で手柄を立てて【剣神】あるいは【拳神】とも呼ばれているらしい。

 権力もなく、歴史に名を残す英雄のような力もない。

 何もない彼は、好きな女の子も、産まれてくるだろう愛の結晶すら守れない。

 それが堪らなく悔しい。




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