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家の仕事の合間に、すっかり静かになった家にもなれたレイナがのんびりとお茶を飲んでいた時だ。
真っ白いカラスが、小窓を叩いていることに気づいた。
カラスがバタバタと翼をばたつかせる。
その嘴には、手紙が加えられている。
小窓を開けると、そのカラスは丁寧にお辞儀をして手紙をレイナに渡してくる。
宛名は『お母さん、お父さんへ』となっていた。
少し上達したのか、綺麗になった娘の字だとレイナはすぐに気づいて、手紙を開けた。
そこには娘からの手紙と、学校からのお知らせの紙が入っていた。
娘の手紙には、学校に入ってから、今までの近況等が綴られていてとても楽しく過ごしていると書かれていた。
手紙の最後には、別の学校と訓練も兼ねて交流試合をすることも書かれており、そのお知らせの紙と招待状が添付してある旨も書かれている。
取り急ぎ、その交流試合を見に来るか否かの返事がほしいということ、返事はお知らせの紙の下にチェックを入れてお使いの使い魔ーーこの場合はカラスーーに渡せば良いらしい。
招待状やアルストレーナからの紙を抜いて、すぐにレイナは『参加する』にチェックを入れた。
それを受けとると、カラスはまた丁寧にお辞儀をして飛び立っていった。
「元気そうで良かった」
下手に里心がついてはいけないと思い、こちらからの手紙は我慢していたのだ。
「それにしても、この絵、なにかしら?
魔物?」
頭が馬で体は人間の奇妙な絵が描かれていた。
その絵の近くにはやはり娘の字で、次は怖がらないし泣かないと書かれている。
この魔物と遭遇して泣いた、と言うことだろうか?
手紙をよく読むと、なにやら物騒なことが書かれているが、本当に大丈夫なのだろうか?
「エステル先生? がとても強くて格好良いのはわかったけど」
ただ、イジメの標的にされて顔を蹴られたとか、それでもトールやトゥオーフに教わった魔法や訓練のお陰で大事には至らなかったことなども記されている。
実力主義のエリート学校だからその辺はかなり変わっているのだろうと、レイナは思うようにした。
でなければ、心配で今すぐにでもトゥオーフにお願いして学校に連れていってもらうところだ。
手紙には、教師に対する愚痴などはないので信じることにしよう。
友達も出来たようだし、次の長期休暇の時に泊まりで遊ぶ約束もしたとか。
家にもつれてくるらしい。
つい最近には、五十路の同級生が出来て少しだけ先輩のアルストレーナが魔法と剣を教えているらしい。
年齢が幅広いとは聞いていたが、親である自分よりも年上の友人が出来るとは驚きだ。
「でも、楽しそうで良かった」
何もかもが初めての場所で、適応できずに、または家が恋しくて泣いているのでは無いかと思ったが杞憂だったようだ。
しかし、まったく寂しがっていないというのも親としては複雑なものだ。
手紙には、もう一人のオーク族の友人についても書かれていた。
その文字に視線を落とし、少しだけレイナは悲しそうに顔を歪めた。
そこにはこう書かれていた。
『もし、お姉ちゃんがいたらきっとレンみたいな人だったのかな?』
たった一行の文章だ。
アルストレーナには、兄と姉がいる。
歳もそのレンという少女とそう変わらない兄と姉がいるのだ。
いつかは伝えなければいけないだろう。
それが、いつになるかはわからないが。
双子は兄が黒髪で姉が金髪だった。
名前はそれぞれセージとバジルである。
黒髪は平民に多い色だ。しかし、過去何度か王族にも黒髪を持つものはいたし、正妃が平民出身の妹と言うことになっているので、とくにそのことに言及したトラブル等は無かった。
あの双子たちは元気にしているだろうか?
レイナが子供達の場所から追い出された時、まだ小さかった。
世話をしていた彼女のことを覚えているかは、怪しい。
しかし、それでもーー。
「もう、十五歳か」
大人になった二人に会いたいと思ってしまった。
どんなに立派になっているだろうか?
どんなに成長していることだろう?
「早いなぁ」
アスターは元気だろうか?
妹とうまくやっているだろうか?
確かめようが無いのでわからない。
きっと元気にやっている。レイナは、そう信じることしかできない。
と、そこで家の扉が叩かれた。
この家に来客は少ない。
トゥオーフか、トールに用事の者か何れかである。
盗賊のような不埒な者はそもそもこの家に近づけないよう、結界を張ってあるらしいし、トゥオーフは事前に連絡をくれるので、トールに仕事を頼みにきた離れた場所にある村の者だろうと考えて、レイナは扉を開けた。
するとそこにいたのは、シンプルながら上等な布で出来たマントを羽織った、黒髪の、アルストレーナと同じ金色の綺麗な瞳をした若い頃のレイナに瓜二つの顔立ちをした少年だった。
少年は、レイナを見るなり目を丸くし、少し瞳を潤ませた。
しかし、すぐに真剣な表情を作ると言った。
「失礼。こちらに剣神トール殿がいると聞いてきたのですが、ご在宅でしょうか?」
「トールなら、今は仕事です。夕食までは戻らないかと」
そう言って、レイナは彼が誰なのかはっきり認識した上で続けた。
「時間があるようなら、お茶でも飲んで待ちませんか?」
少年は顔を伏せて、返した。
「はい、お邪魔、します」
「けっして邪魔などではないですよ、殿下」
その言葉に、少年が顔を上げる。
しかし、すでにレイナは背を向けていた。
家に入っていくその背中を少年は追う。
促されるままに椅子に座った少年は、泣きそうになるのをグッと堪える。
今は、そんなことをしている場合ではない。
お茶を飲んでる場合でもない。
すぐにでも、目的の人物であるトールの場所を聞いて会わなければならない。
そして、助けを求めなければならない。
わかっている。
わかっているのに。
「貴女のことは、母から聞いています。そして覚えています。
俺たちの乳母をしていたのですよね?」
「嬉しいです。覚えていてくれたのですね」
「はい。俺、記憶力が良いんです。五歳の時でした。
貴女のことは、とても、よく覚えています」
「お姉様、バジル様はお元気ですか?」
淹れたお茶の入ったカップを少年ーーセージの前に置いて、それから自分の分を持って彼の向かい側にレイナは座った。
「元気、です。父も。おばあ様も」
「リト様は?」
そこで、セージは唇を噛み締める。
「なにか、あったのですか?」
「それは」
セージが何か言おうとしたとき、外から花火のような破裂音が聴こえてきた。
その音に、セージが窓から外をうかがう。
すると、この家の上空で爆発が起きていた。
音の正体はどうやらこれのようだ。
攻撃魔法のひとつのようだが、それはこの家に向かって放たれている。
しかし、家には届かない。
強力な結界で阻まれているのだ。
薄い膜のような結界の向こうには、小型のドラゴンに跨がった騎士がいた。
数は全部で五体。騎士も五人である。
「殿下、これは、いったい」
背後で、そんなレイナの声。
「ごめん、巻き込むつもりは無かったんだ。ごめん、母さーー」
セージの声を遮る形で、乱暴に家の扉が開いた。
今度はトールだった。
「レイナ! この前作ったゴテゴテした魔法の杖あっただろアレどこだ?」
と、そこでトールセージに気づく。
しかし、今は構うことなく杖を探している。
魔法の杖は、外で先日折れた物干し竿の代役を立派に勤めている最中だった。
「なんで、こんなとこにあるんだ!」
思わずトールが突っ込んだ。
レイナが冷静に返す。
「トール兄さんが、新しく竿を作るのを面倒くさがって、これを使えっていったんでしょ」
冷静というか呆れている。
「そうだったか?」
「そうだよ」
今日は天気が良いのですっかり乾いていた洗濯物を取り込んで、レイナは杖をトールに渡す。
「とりあえず、駆除するからレイナとお客様は家の中にいろ」
指示されて、二人は家の中に入る。
それを確認して、物干し竿もとい魔法の杖を一振りする。
結界の外側に巨大な魔方陣が出現し、ドラゴンに跨がった騎士達が慌てその場から離れようとするが、トールは悪魔のような笑みを浮かべて、しかし声は低く、呟いた。
「逃がすわけねーだろ、バーカ」
杖を振るう。
それだけで、魔方陣から術式が騎士とドラゴンに絡み付く。
「本来なら一人くらい生かしておくべきなんだろうが」
トールは、ちらりと家を見る。
「事情知ってそうな奴いるし、ま、いっか」
そして、もう一度杖を振った。
それだけで、騎士のざく切りとドラゴンは心臓に形を変えた鎖が突き刺さり綺麗な死体が出来上がった。
しかし、それは落ちてこず空中で留まっている。
今度は軽く、杖を振った。
すると空間が歪んで、騎士の肉のざく切りはその歪みの中に吸い込まれてしまう。残りのドラゴンの死体が落ちてくる。
先程の騒ぎの跡はどこにもない。
いつも通りの空が広がっていた。




