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「え?」
物凄い早さで、その馬だか人間だか魔物だかよくわからない馬頭はアルストレーナの横を走り抜けて行った。
目をつむっていたので走り抜けたことに気づいて、アルストレーナは目を開けた。
通りすぎる時に、気持ち悪い馬頭が男性の声で、『俺は、風! 俺は自由だ! ひゃっはぁぁぁぁあああああ! 俺が、俺こそが自由の風だぁぁぁああああ! ヒヒーン!』と叫んでいたが、さらに意味がわからなくて、しかし、なんとなく意味不明の脅威が去ったことに気づいて、アルストレーナはその場に腰が抜けて座りこんでしまった。
「なに、いまの?」
声が震えてしまうのは、仕方ないだろう。
「アン、無事?!」
「な、なんとか」
でも、腰が抜けているので、情けないが立ち上がることが出来ないでいた。
だから、レンに恐怖と困ったような表情をない交ぜにした顔を向けながら笑いつつ続けた。
「レン、ごめん。腰抜けちゃった。立てないや。肩かして?」
さて、今しがた上がったアルストレーナの悲鳴だが。
それなりの距離にいるもの達に、居場所を伝えることになってしまった。
それは、当然選民思想、選民意識の高い三組の生徒達にも同様で。
三組の班の一つが少しの間捜索した結果、アルストレーナ達を見つけることに成功した。
事情を知らないその班の者達は、レンに肩を貸されているアルストレーナを確認すると、やはり、足手まといになったと内心で全員が笑っていた。
そして、あれならすぐに脱落させてやれるとも考えた。
そもそも、この班だけではないがレンにも嫉妬故に反感を持っている者がある程度いた。
レン自身にそんなつもりはなかったが、彼女がそれなりの成績を残していることを、要は亜人である彼女を見下す者もそれなりにいたのだ。
国や地域によっては、差別される存在である亜人。
その一人であるレンが優秀な成績を修め、さらに実力もあるなど認めたくなかったのである。
逆に、亜人にも選民思想を持つ者がいるがこの三組には人間族しか集められていなかった。
だから、三組の一部の面々の勘違いが助長されることになった。
レンにも、本来の身分を実力をわからせてやろう。
そう息巻いて、その班の者達は行動を開始した。
正確には開始しようとしたのだが、班員の一人にそれは音もなく近づいて、とんとん、と肩を叩いて自分の存在を示した。
しかし、その班員は同じ班の誰かだろうと思い込んだまま、そして視線はアルストレーナ達に向けたまま口を開いた。
「あの落ちこぼれと穢れた亜人に格の違いを教えてやろう、ぜ」
言いつつ、その班員はそれを見た。
同じ班に所属している仲間だと思っていた、その存在を見て、それが何か脳が理解していくうちに声がしりすぼみになり、やがて途絶える。
すぐ近くにほぼ全裸の馬の頭と、人間の体をしたそれがいた。
この哀れな班員に、それは頭をよこにブルブル震わせて、
「そんなこと言っちゃダメだぞ。
この学校は悪意ある差別や偏見は禁止だからな、ヒヒヒヒーン!」
なんて言って、その全体像を見せてくる。
「いや、考えるのは自由だ!
思うのは、自由!
自由は尊重されなければならない!
でも、口に出した瞬間に、それは君たちの責任になる。
若者達よ! さぁ、どう責任をとる?
自由の名のもとに、好き勝手した責任を君はどうとる?」
得たいの知れない、魔物のようなそれが、そう高らかに言う。
魔族なのかもしれない。
しかし、常軌を逸したように見える馬頭に対して、しかもこんな至近距離で何をどうして良いかもその班員はうまく考えることができなかった。
「正解は~」
馬頭が、男の声で実に楽しそうに言ってくる。
「他人から同じように正義の鉄槌の名のもとに、袋叩きにあう!
自業自得ってね!」
同時に、研ぎ澄まされた殺意が。
明確な、お前を確実に殺すぞ、という声無き声が聞こえた気がして、そして上級生ならともかく、まだ一年生であり実戦経験のない彼は、馬頭の殺意にあてられただけで、失禁してしまった。
「落ちこぼれ、穢れた亜人、うんうん、じゃあ君はとっても優秀なんだよな?
落ちこぼれてもいないし、穢れてもいない。
おしっこ漏らしてるけど、優秀なんだよな?
その優秀さを見せてくれよ!
俺を楽しませて、って、ありゃ、気絶した」
少しずつ、歴戦の兵士でも恐怖を覚えるほどの殺気を当てたら、その班員は気絶してしまった。
馬頭は、がっくりと肩を落としながらその場を離れる。
「あーあ、つまんねぇ。もっと楽しいやつはいないのかね」
そんな事を呟きながら、馬頭は他のターゲットを探す。




