13
アルストレーナの入学が決定してからは、学校から用意するものリストに従って、ついでに買い物の練習も兼ねてトールは彼女を街に連れ出すようになった。
社会勉強という点もあるが、あまりにも学校に行くことを嫌がったため、他人に慣れさせるという目的もあった。
もともと人懐っこい性格だし、トールはそんなに心配していなかった。
レイナも、娘の今後のことを考えて過保護な自分を出さないよう厳しく接した。
「ねぇ、お母さん。お母さんはボクがいなくなっても本当に平気?」
「そうね、少し、寂しいかな」
「じゃ、じゃあさじゃあさ、あの、ボクがいなくなって本当のお父さんのこと忘れたりしない?」
お母さん、アスターお父さんのこと大好きでしょ?
そう続いた言葉に、レイナは言葉を失う。
無意識に、それでも何度もこの娘に言った言葉が蘇る。
ーーその色は、アスターの色だから良いの。
貴女がいるからアスターのことを忘れられないでいるしねーー
レイナは、何度もそう語って聞かせた。
だから、アルストレーナは思ってしまったのだろう。
自分がいなくなれば、母の記憶から今でも大好きなままの本当の父親の記憶が消えてしまう、忘れてしまうと考えたのかもしれない。
そんな娘を心配させまいと、レイナは返した。
「忘れたりしないわ。大好きなまま離れてしまうことになったから。
だから、ずっとアスターのことは大好きなまま止まってる。だから忘れたりなんてしないわ。
出来ればアルストレーナにも、そんな子との素敵な出会いがあったら良いなと思ってるの」
それを聞いて、少しだけアルストレーナはすっきりしたようだった。
家を離れる寂しさが消えたわけではないが。
それでも、彼女の中の懸念事項が一つ消えたのは確かだった。
それから更に日が経過し、いよいよ彼女が学校へ入る日がやってきた。
大きな鞄に着替えや日用品、指定され用意した教科書や道具を詰め込む。
「忘れ物はない?
あったらすぐに手紙を寄越すのよ。すぐに送るから」
「しばらく会えなくなると思うと、やっぱりちょっと寂しいな。
アルストレーナ、友達が出来たらすぐ教えろよ?」
両親の言葉に、やっぱり行きたくないと駄々を捏ねそうになるのを堪える。
代わりに、
「うん!」
これから楽しみです、と言わんばかりの笑顔をむけた。
今生の別れになるわけではない。
申請すれば、週二日ある休みの日に帰ることだってできるらしい。
しかし、それはトールから禁止されてしまった。
最初の長期休暇までは家に帰らないこと、と。
推薦人であるトゥオーフが家の外で待っている。
もう出発の時間だ。
荷物を持って、玄関の扉の前に立った時、やはり我慢できなくて、アルストレーナは母に振り返り飛び付いた。
「ほら、甘えん坊禁止ーー」
「お母さん、絶対、絶対、アスターお父さんのこと忘れないでね」
「安心しなさい。大丈夫。絶対忘れないから」
「むしろ忘れたら、俺の方が怒るかな」
トールの言葉に、今さらながら、この二人の関係は不思議だなとちょっと思ったアルストレーナだったが、それでもその両親の言葉がきけて今度こそ安心したようだ。
次には涙を浮かべながら、それでも優雅に微笑む小さな淑女がそこにいた。
天空第一総合学校のクラス分けは、あって無いようなものだ。
というのも、この学校基本必須科目以外は自分で取りたい授業を選択し、自分で時間割りを作るのである。
ただ、何でもかんでも好きに取れるわけではない。
例えば上級生でならう【古語 六】などは、一から五までを履修しなければならない。
そのように段階を踏んでからでないと、上の授業を取れないのだ。
それと、この学校魔法や剣などを教えるだけではなく多種多様な専門分野を勉強できる。三年生以下の低学年では興味のある分野の基礎を一通り学び、四年生以上の高学年になると進路に合わせて授業を選択できるのである。
「卒業後、就職すれば、あくまで例えですが各分野の組織で幹部候補生として扱われます。もちろん、在学中に取得した資格にもよりますが。
大学に進学し、そこから博士課程へすすむ者も多いですよ」
老賢者のトゥオーフの推薦であるので、校長が出てきて直々に説明をしてくれた。
「必須科目以外は、同じ科目を取っていない限り一般的な同級生同士の関わりというものとは勝手が違うでしょう。
必須科目は現代大陸語、体育、魔法、数学、理科、社会の六科目になります。社会の方では大陸史と世界史を勉強します。事前に取りたい授業については書類で送って貰ったので、あとはこちらの表を見ながら、こっちの空白に科目名を書いていただければ、アルストレーナさんの時間割りが完成します」
片方の紙には一週間の授業予定が記載されており、もう片方は空白の時間割りだった。
指示通りに空白の時間割りを埋めていく。
そうして出来上がった彼女の時間割りをミスがないかチェックする。
とりあえず、必須科目の時に同級生に紹介した方が良いだろうということになり、今日はまず寮へ行き、荷物を置いて渡された学校の制服に着替えると、校内をやはり校長自ら案内してくれた。
ちなみに、この学校女子の制服も選択制だったりする。
いわゆるブレザーか海軍の軍服をモデルにしたセーラー服、もしくは私服とで選べるようだ。
男子も同じで、ブレザーかこちらは陸軍の軍服をモデルにしたいわゆる学ラン、そして私服と選べる。
悩んだ末、アルストレーナはブレザーとセーラー服の両方を選んでしまったが、意外と女子はそういう者が多いらしく特に怒られるようなことは無かった。
ちなみに、今日はセーラー服である。
「うう、スカートなんて初めてだ」
思いの外下腹部が冷えてしまうことに気づいた。
とりあえず、冷え対策はこれから考えることにしよう。
今日はどうせ案内だけだろうし、と考えながら外に出ると師匠が在学生たちに、そして女子寮の入り口なので、女子達に取り囲まれていた。
見た目だけなら、十代半ばの少年であり容姿も整っているトゥオーフは笑顔を振り撒き、サインをし、握手をし、とまるで人気の役者か芸人のようだ。
「お、来たの。それではお嬢さん方、しっかり勉学に励むように」
ウィンクまでかます始末である。
ここにトールが居たなら、どん引いていたことだろう。
それはともかく、トゥオーフがアルストレーナに気づいてそう声をかけたことにより、その視線が一斉に彼女へ注がれる。
肉食獣や狂暴な魔物と同じような威圧感がある。
値踏みするように見られ、アルストレーナは気迫に負けて俯いてしまった。
若干涙目である。
「ほれ、行くぞ」
去っていく二人を見ながら、在学生達がこそこそと囁きあった。




