牢獄での決意
意識が混濁して何時牢屋に戻されたかは確認できなかった。抵抗する意思はないのだが、帝国の技術力が低いせいで辛い思いを強いられる不条理。
まあ、帝国が必要な情報を引き出した後の扱いが、元の生活なんてことは考えられないので、考える時間が残されている事には感謝するしかないだろう。
牢から拷問室までは分岐もなく一本道。拷問室から外へと続く扉は見えなかったと考えると、拷問室の逆方向に囚人の搬入口はあると思われた。
10枚ほど扉が並んでいてその先は壁と見えたが、扉と逆方向に曲がる通路があったのかもしれない。
脱出を阻むものは、手足の拘束、魔力を遮断する部屋。念動ロボットに監視カメラというところだな。
通路の先に何があるかが分からないが何重かのロックがあるだろう。拘束を解いて、念動ロボットを無力化したとして、そのロックを外せるかはかなり運任せになる。
手足の拘束を解いて、魔力妨害の首輪を外せるかどうかもまだ分かっていない。引っ張って外せるとは思えないので、こちらも何らかのロックが掛かっていと思う。それが物理的なものか、魔術的なものか確認もできない。
手錠を外して首輪を調べるなんて動きをすれば、牢屋の監視カメラですぐにバレる。監視カメラの位置は天井の角、そこから下へと向けられている。
何も無い部屋に死角などはないだろう。後ろ手の拘束を背中で隠せるかというと、天井からのカメラでは難しい。隠そうと思うと仰向けに寝る形になるが、そうすると腕を身体の下に敷くことになって行動は制限されるし、あからさまに怪しい状態となる。
監視カメラに幻影を見せる方法は取れるか?
どの程度の範囲で取られているか分からないが、床で寝る俺の少し上に床で寝る俺の絵を重ねる事で、隙間を作って行動する事ができるかもしれない。
バレたら警戒が厳重になるだろうが、知りたい情報が俺の頭の中にあるうちは殺される事はないだろう。
ならばやれる事はやっていくしかない。
まずは俺の上に幻影の床を作り、寝ている映像を映す。それでしばらく待ってみるが、異変を感じて念動ロボットが見に来る様な事は起こらなかった。
なので次は手錠、足かせを外せるか見てみる。目ではなく光術式で見ているので、手錠や足かせの鍵穴部分も詳細に観察できた。一応、魔力感知でセンサーの類がない事を確認して、解錠の術式を起動、あっさりと拘束から解放された。
定期的に掛けられる治癒魔法のおかげで、手足に手錠で擦れた跡なども残っていない。アイマスクは普通に目元を覆うだけの布なので、外すのは簡単だったが、術式で視界を確保できているので敢えて外す必要もなかった。
なので先に首輪を調べる。手錠などの様な鍵穴はない。ただ首にピッタリとハマっているので、軽く引っ張っても外れる様子はなかった。
やはり魔道具の一種と見た方がいいだろう。外すには魔法的な鍵を開ける必要がありそうだ。
指先でなぞりながら魔力を流して反応を感じていく。オールセンから魔道具について学びながら半年、魔道具作成の取っ掛かりみたいな物は見えてきつつあった。
回路に魔力を流すと一定の反応があり、それが何の属性を使った術式なのかが分かる様になってくる。
この首輪には2つの術式が組み込まれている。いや鍵も含めたら3つか。1つは魔法を阻害する闇系統の術式。もう1つは首輪が壊された時に反応する光術式だった。もし首輪が外される事があれば、どこかに通知が走るのだろう。
「この牢屋自体に魔力を遮断する結界が張られている訳だが、この首輪の通知は届くのか?」
この阻害結界に穴が開けられている可能性はありそうだ。そこを見つけられれば牢屋にいながら外を探知する事ができるかもしれない。
「取り敢えずこれを外すのは警報装置を解除してからだな」
一度魔力を走らせた事で魔道具に刻まれた魔法陣は記憶した。というか、これも脳裏に刻まれた感覚だな。あの研究所の仕組みが生きているのだろう。
しかし、分析には時間が掛かりそうなので、俺は手錠と足かせを付け直し、幻影と同じ角度に転がり直して、幻影を消した。
ひとまず逃げ出すきっかけは掴めそうだ。
そう思っていたのだが、帝国も結果の出ない拷問に業を煮やした様で、別の方法を開始した。表層意識を読み取る装置から、強制的に精神支配を行うような術式を俺に掛けようとしてきた。
これはかなり危険度の高い術式の様で、人格を強制的に上書きするような形だ。何か人間としての存在に必要な自我が削られる感覚に、俺は必死で抵抗した。
今まで以上に時間感覚が失われ、脳内で対抗術式を組み上げ続ける羽目に陥る。脳に入り込もうとするナニカを必死に締め出しながら、疑似人格を作り上げてそちらを攻撃させる様に誘導するという方法を導き出すのにかなりの時間を要したと思う。
表層の人格が削り取られ、機械的な反応しか示さなくなったのを見て、拷問官はようやく俺の言葉を信用する様になったらしい。
「お前は王国のスパイだな?」
「イイエ」
「なぜ呪歌を知っていた?」
「……」
「王国の研究を知っていたか?」
「イイエ」
矯正された人格は単純な受け答えしかできなくなっていて、説明はできないらしい。ハイかイイエでの回答しかできないので、拷問官は様々な質問を重ねる。
しかし、共和圏の研究所で作られた俺達の存在は、想像の範疇にないので求める答えには程遠かった。
そんな不毛な質問を繰り返す間に、俺は首輪の解析とセキュリティホールを探す努力を続け、ようやく拷問室を含む牢屋から外の情報へとアクセスできるようになる。
先の王国襲撃から丸1年の時間が経過していたらしい。その間に皇太子が先帝を廃し、皇帝へと成り上がっていた。
奪還作戦のおり、味方を巻き込む形で撃たれた要塞砲は、貴族の不満を集めたらしい。その責任を立案者である俺が丸々被せられていた。
もしあそこで要塞砲を撃たなければ、敵の魔導騎士によりどれだけの艦が沈められていたかというシミュレートはかなり甘く算定され、要塞砲を使った事による被害の方が大きかったと。
多くの死者を出した戦犯という汚名が俺には伸し掛かっていた。
現在の拷問が終われば、俺はその貴族の鬱憤を晴らすために公開処刑される運びらしい。そしてそんな貴族連の中に、ルーデリッヒ伯爵の名を見つけて嫌な予感が沸き起こり、俺は戦死者リストを確認する。
その中には……ケルンの名も連ねられていた。
要塞砲は弱く広く放たれたので、駆逐艦であろうと撃破はされない。魔導騎士の防御結界であろうと、すぐに撃墜される事はないはずだった。
しかし、一時的に機動力は失われる。そして宇宙空間というのは、動き出した物体は外的要因がなければ動き続ける。
その結果、巡洋艦の陰に入りきれていなかったケルン機は、推進機器に異常をきたして宇宙空間を飛び続ける事となった。
乱戦の最中、ケルン機の進路を確認していた者はおらず行方不明。半年後に戦没扱いとされていた。
「そうか……ケルンは俺が殺した様なものか」
帝国に来てから最も信頼していた男である。ルーデリッヒ伯爵が従軍させなければ、新人を戦場に出さなければ、ケルンがちゃんと巡洋艦の陰に入っていれば……色々なIfが頭を過るが、直接の要因は要塞砲を放った事。
「それは背負うべき業かもしれない」
しかし、それで帝国の思惑通りに知識を与えて、殺される気持ちにはなれない。
「俺の知識が帝国を守った事実を歪めて、俺の責任だと処断しようとするなら、相応の覚悟はして貰わないとな」
俺は首輪に手を当てて、それを破壊する。全身に魔力を感じつつ、行動を開始した。




