伯爵領での立て直し
魔力というのは個人の色が出るものだ。特によく知る人物であれば、魔力だけで誰か判別できる。
眠っている所に魔力を流されるというのは、全身をくまなく撫で回されている様なもの。見ず知らずの他人なら不快感もひとしおだが、よく知る異性となると逆に色々と滾ってしまうのも仕方ない。
「うわっぷっ」
勢いのままに押し倒そうとするケルンの顔に、準備しておいた水球をぶつけてやる。顔を覆うように張り付いたそれを剥がそうと悶えるうちに、メリッサと引き離す。
「わ、わかってましたのねっ!?」
「ケルンも男の子だからね」
真っ赤になったメリッサが食って掛かってくるが、ケルンの方に用事がある。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「目が覚めたか?」
「くっ、ユーゴ……なぜ、ここに……いや、どこだ、ここ」
目を覚ましたケルンに、敵の呪歌に襲われて、それをメリッサに治療してもらった事を伝えて、今からルーデリッヒ領へと向かいたい旨を伝えた。
「交渉が終わったら、自由な時間もあるだろうから、メリッサとはその時にでもよろしくやってくれ」
「できるかっ!」
すっかりいつもの調子を取り戻したケルンを連れて、艦橋へと向かう。
「あんまりゆっくりしていられないから、先触れを出したら跳躍する」
本来であれば、直接通信して許可を得てから星系へと向かうべきだ。特に戦時中なので、急に星系へと現れたら敵とみなされる懸念もある。
ただ一度は引き離したとはいえ、巡洋艦がこっちに向かっている可能性もあり、また他の敵船に見つかる可能性もある。できるだけ早くこの星系から脱出したかった。
なのでルーデリッヒ領へとケルン本人にメッセージを空間転移通信で送ってもらい、返答を待たずに空間転移を行う。
ルーデリッヒ領も星系封鎖状態のはずなので、星系外縁で通信を受け取り、星系中心へと転送されるだろう。それを居住可能惑星にいるであろう伯爵が確認して、再度外縁部に通信して、そこから空間転移通信を行うという段取りが必要だ。
そうなると光速通信でも外縁から惑星まで片道5時間ほどの時間が掛かるので、往復で半日掛かる計算となるので、返答を待っていられない。
準備が済み次第、空間転移を行う。いきなり攻撃されないように、メッセージから約10分ほど空けて転移した。
ルーデリッヒ領へと到達すると、すぐさま魔力走査が行われて、艦籍や固有コードの確認が行われる。
星系外縁の警備部隊からの通信に、ケルンを出して対応させ、本人であることを認めてもらう。後は領都の反応次第というところだな。
通信に半日くらい掛かるので、交代で仮眠をとることとなった。
仮眠から目を覚まして見ると、呪歌に汚染された者はひとまず解呪が終わっていた。魔力が枯渇していた者達は、強制的に覚醒させる事はせず、自然に回復する様にしていた。
魔力を注ぐというのは、訓練されていてもそれなりに負担がある。魔力量も少ない魔術師クラス以外の生徒ではかえって身体を壊す危険があった。
居住惑星との連絡はまだついていないが、星系外縁に駐在していた警備部隊はやってきている。輸送船にドッキングして、警備兵が教員達と今後について打ち合わせていた。
既にケルンの面通しも終わっており、許可を得次第居住惑星へと発進する手筈となっている。
「他に変わった事は?」
「お、王国から、勝利、宣言が」
帝国本星を完全に掌握し、皇帝の身柄を確保したという放送が、帝国公共通信を利用して発信されたということだ。
各貴族に向けた通信は、それぞれの惑星で受信されているだろう。
「脱出している皇族は?」
「ま、まだ、名乗りを上げては、いないよ」
王国の勝利宣言は、貴族諸氏に動揺を与えるのが狙いだろう。それに対抗する手段としては、皇位継承権を持つ次の旗印を持ち出して結束を図るのが一番だ。
しかしそれは王国軍の次の標的にされるという事でもある。
万全の守備を敷いていたはずの帝国本星が陥落したという事は、どこかの貴族の下で旗揚げしたとしても、防ぎきれる保証は全く無い。
それは皇位継承者を抱える貴族にとっても安易に表明できない事態だ。
「早いところ、敵の攻撃手段を共有しないとな」
「お、音響システムや、画像フィルターの準備も、できてる」
「さすがオールセン、仕事が早いね」
「で、でも、これだけで万全かは……」
「それはそうだけどね。でも方策があるというのは大きいよ」
呪歌だけなら比較的対応は簡単だ。あの歌を聞かず、あの映像を見なければいい。
呪歌の旋律はかなり繊細で、音程などが狂えば影響を抑えられるので、ノイズキャンセリングの様に打ち消す音を出したり、映像のフィルター機能などで対処できるだろう。
この辺はソフトウェアの修正だけでもかなり効果があるはずなので、情報を共有してアップデートパッチを配信すれば、帝国本星の時のような一方的な展開は避けられる。
「僕達の戦いはここからだな」
ルーデリッヒ伯からの許可も得て、居住惑星へと移動を開始する。これに約一日の時間が必要だったが、その間も出せる情報は渡していく。
距離が詰まれば通信ギャップも狭まっていくので、惑星の衛星軌道までやってくる頃には、敵の攻撃や対処方法に至るまで、明確な情報を伝えられた。
ケルンの友人として紹介された俺は、ケルンの父親である伯とも直接の面談を許され、今後起こされる帝国本星奪還作戦への従軍を依頼される。
オールセンが用意してくれたパッチが、上手く機能するかわからないし、呪歌自体にアレンジが加えられている可能性もあるので、現場にいられるのは大きいだろう。
しかし帝国のためにとかいう忠誠心がある訳でもない。俺の目標に向けて糧になるかが大事だ。
「僕は宇宙を旅する商人になりたいのですが、中古の船をいただけないでしょうか?」
「ほう、それはまた大きく出たな」
宇宙船の価格は中古であっても、かなりのものだ。前世で言うならプライベートジェットという感覚か。億単位で稼ぐスポーツ選手やハリウッド俳優とまではいかなくても、中企業の幹部クラスでないと個人所有はできない。
「もちろん、活躍によっての報酬で構いません。レンタルとかでも良いので……」
「良かろう。そなたの働きいかんでは、新造の船でも用意してやろうではないか」
などとルーデリッヒ伯爵は請け負ってくれた。これで俺もやる気が出るというものだ。船を手に入れたからとすぐに共和圏に戻れる訳でもないが、道は開けるだろう。
そして俺が従軍すると聞いて、黙っていられなかったのがケルンだ。自らも従軍すると伯爵に直談判しにいった。
クラス対抗で魔導騎士の対戦動画を見せてのプレゼンを行い、一般兵と同じ扱いという条件を受けて、同行を勝ち取っている。
まあ、後でメリッサに詰め寄られていたが、それは勝手に解消して欲しい。
帝国本星陥落から2週間、皇太子を擁するヴェルグリード公爵が王国への反撃を宣言する。
皇太子であるシャルル・デルクリフ・エステロアは、帝国本星を奪還した暁には、新皇帝として即位する旨を帝国内に通達。本星奪還に参集せよと檄を飛ばした。
もちろんルーデリッヒ伯爵が前もって接触しており、王国の新兵器たる呪歌への対抗策を伝えている。
星系ではない外宇宙の一角で、貴族連合が結集しつつあり、俺もルーデリッヒ伯爵に従軍する形で現地へと向かうこととなった。




