幕間:国境侵犯
「多数の転移を確認。1個師団はあります!」
「第二種戦闘配置いそげ。中央への連絡も入れろ」
国境に配備された衛星要塞に緊張が走る。近年、大規模な侵攻が噂されていたが、それが現実になったと言うことか。
隣国の海賊王国は度々国境線へと攻勢をかけていたが、師団規模での侵攻は30年ぶりである。
転移阻害できる範囲の外へと出現した艦隊は、隊列を整えていく。師団規模の艦隊となれば、攻勢をかけて来るまでには、ある程度の時間が掛かる。その間に休眠状態だった要塞の機能を起動していく。
宇宙空間での戦闘は、基本的に艦隊同士の撃ち合いに始まり、魔導騎士による近接戦へともつれ込み、勝敗が決する。
艦砲クラスになれば、防御結界を飽和させて撃沈を狙えるが、そのためにはかなりの命中弾を必要とする。
そのため、魔導騎士で防御結界の内側に入り、戦艦を落とす戦術が有効とされていた。
しかし、守る側には艦砲よりも火力のある砲を用意する事ができる。戦艦の防御結界でも貫ける火力を持つ要塞砲だ。恒星から光魔力を集積し、放つことができる砲は、回頭性や連射性に難はあるものの威力や射程に関しては、戦艦を遥かに凌駕する。
攻め入る側としては、この砲をある程度受ける覚悟で攻めるしかないのだ。
第四惑星の衛星を改造して作られた要塞まで、星系外縁へと転移してきた艦隊1個師団が到達する間、一方的に攻撃できる。
「照準、合わせておけよ。一応、勧告が終わってからだからな」
『当星系外へ転移してきた艦に告げる。貴艦らは国境を侵犯している。速やかに退避する意志を示し、行動されぬ場合は、国際法に則り対処させてもらう』
こちらが観測した情報と通達文を国際チャンネルに載せて勧告を発する。周辺諸国に対して、正当性がこちらにあると示すための証拠だ。
「艦隊なおも接近中。退避の意図なしと判断できます」
「ログ確認。砲手、しっかり狙え……撃てーっ」
要塞に据えられた大型の砲塔、そこから星系外へ向けて、一条の光線が放たれる。第七次対メルドール王国防衛戦の開戦の狼煙であった。
防衛艦隊の旗艦レデルセンのブリッジでは、戦況の確認が進められていた。
「どうなってる。要塞砲の射手は下手くそか!?」
「敵艦隊は大規模幻影術式を展開している模様です」
「各種観測機器を通して狙っているのだろう!」
既に10発の要塞砲が発射され、直撃していれば少なくないダメージを与えているはずだった。星系内に配置された観測衛星によって、視覚はもちろん、魔力感知などで位置を特定しての射撃だ。艦隊に幻影などを被せて居場所をごまかすのは常套手段なので、それらの看破術式により多角的に観測されているはずである。
「直撃の瞬間映像も確認されていますが、幻影術式に見られる揺らぎもなく、確実に艦隊を捉えているとの分析が出ています」
「しかし、敵の足は止まってないのだろう!」
本来なら被害を抑えるためにある程度、分散しながら星系内に侵入してくるはずだが、敵艦隊は隊列を組んだまま、まっすぐに進んでいる。
その正面から砲撃を行っているが、被害を出すことなく艦隊は近づいてきていた。
「偵察部隊からの連絡は?」
「ありません。一定距離に近づいて、ジャミングされた後は、通信も途絶えています」
星系内の外縁惑星から出発した偵察部隊が、艦隊の詳細を調べるために接近したところ、通信妨害を受け、部隊自体も消息不明となっていた。
4機編成の戦闘機が通信可能領域に戻ることなく撃墜されるというのは、考えにくい事態だ。
「何が起こっている。詳細を調査しろっ」
「はっ」
駆逐艦を中心に編成した先行打撃艦隊が敵艦隊に迫る。遠方からの観測では詳細まで判別できていなかったが、戦闘距離に近づくにつれて詳細が分かってくる。
陣形としてはかなり不自然。1個師団の中で、1艦隊だけが突出している。本来であれば互いに援護できる距離を保つはずだが、ここまで離れると間に合わないはずだ。
そう考えているうちに、要塞砲が突出した艦隊へと直撃する。戦艦2、巡洋艦4、駆逐艦8という戦闘艦隊の半分を要塞砲が薙ぎ払う。戦艦ならば当たりどころによって生き残る事もありえたが、巡洋艦クラスの防御結界ではまず助からない。
しかし、確かに直撃したはずの艦隊は、何事もなかったかのように進軍を止めていなかった。
「どうなってる、幻影じゃないのか?」
「はい、質量を観測。高濃度の魔力も感じますので、実体があるはずです」
敵に近づくことで得られる情報は増えているが、それによって余計に混乱させられる。帝国の絶対火力である要塞砲の直撃を受けたはずなのにダメージがない。そんな船を王国が作り上げているだと。
先行艦隊の参謀長は、得られた情報を後方に伝えながら、目の前の事象を分析しようとする。
要塞砲の攻撃は光魔力を変換した光線兵器だ。命中すれば膨大な熱量を与えられて、船体が溶ける。対抗手段としては、砲撃を上回る防御結界で守る事だが、船の大きさで衛星を改造して作られた要塞から発射される砲撃を上回る防御結界など張れるはずがない。
光線自体は反射する物体がないと可視化されない。それをモニター上で魔力変換する事で疑似的に可視化しているのだが、そこに乱れはなかった。
防御されれば相応に揺らぎが生じるはずだ。それが確認されていない。となると実体のない幻影を撃ったというのが、普通なのだが各種観測機によると、その艦隊はそこにいるはずなのだ。
結果だけを見ると要塞砲は敵艦隊をすり抜けてしまったとしか言えない。
「どうなっている!?」
そう呻く参謀長の耳に声が届く。それは旋律に乗った歌の様だ。この緊迫した事態に歌を聞いてるアホがいるのか。
周囲を叱責しようと顔を上げようとして体が動かない事に気づいた。声を出すことも叶わない。
視線は敵艦を映すモニターから動かせない。
敵艦の1つに人影が浮かび上がる。空中に映し出された姿は、戦場には似つかわしくない少女のもの。
白いドレスに身を包んだ少女は、口を開いて言葉を紡いでいるようだった。
正義を名乗る神に断罪を。
歌は殺意、歌は絶望、歌は欲望、歌は狂気、歌は闇。
聞かせてあげる、堕天使の歌を。
少女の背に黒い翼が広がり、どこか歪な旋律に載せて、少女の声が脳裏へと刻まれていく。心をかき乱される歌声は、聞きたくないはずなのにもっと知りたいと、心へと染み込んでくる。
身動きも取れず防御結界も反応しない、彼女の歌が先行艦隊を飲み込んでいく。
参謀長は唯一働かせる事のできる脳内で、可能な限り分析しようとする。精神魔術なのか。しかし、魔力を伴った攻撃なら防御結界が反応する。速度優先の駆逐艦とはいえ、それなりに強い防御結界に覆われている。
戦闘機の攻撃程度では破られない防御結界は、精神術式によるハッキングへも対抗できるように間接的な術式も防ぐことができる。
そして何より、干渉を受けたら何らかの反応を示すはずだが、そうした警告すら発していない。
声が届いているという事は、通信魔術への干渉か。しかし、軍用通信に割り込むなど許さないように高いセキュリティで守られている。
そちらも干渉があれば何らかの警告を示すはずだが、反応がない。
魔術ではない何か……それは何かと思索を巡らせる間もなく、視界も思考も黒く塗りつぶされていった。
後の世、呪歌が初めて使用されたと記される事となる。




