調理人との会合
調理人に話を聞く場がセッティングされるまで、1週間ほどの時間を要した。その間も授業を受けつつ、たまに対戦を挑まれる日々。
オールセンからの連絡はなく、対戦を申し込まれることもなかった。
「今日はよろしくお願いします」
「ああ、そりゃ構わんが、俺なんかに何の話を聞きたいんかね?」
食堂の調理人は3人いて、チーフとして現場をまとめている人は40代半ば。本人は魔術師では当然なくて、魔道具を使って調理を行ってきた人だ。
「魔道具を使っての調理してきて、不便に思ったり、こうだったら良いのにって思うことはなかったですか?」
「ううん? どうだろうな。俺は特に気になる事はなかったが……」
「何を作っても変わらない、もっとこうだったら旨くなるのにって、思いませんでしたか?」
魔道具による食堂の調理用魔道具は基本的に楽だ。食材を魔道具にセットすると、洗浄してカット、焼いて味付けするまで流れで作業してくれる。
焼き加減もセンサーで食材の質や量を判断し、焼く過程でスパイス類を添加。
調理人として行うのは、食材選びとその配合割合を見極めて、焼き加減やスパイスの設定を行う程度。
もちろん、それによって出来上がりの味が変わってくるので、調理人としての役割は大事ではある。ただ前世の料理を知っているだけに、それで満足なのかとは思ってしまう。
「何を聞きたいのか、正直良くわからねぇな」
「そうですか……では、試食してもらっていいですか?」
「ん? 坊主は調理人志望なのか? 魔術師クラスって聞いたが……」
疑問を浮かべる調理人を放置して、空間収納から食材を取り出す。厨房の一角を借りて話を聞いているので、最後の焼き工程のみ魔道具を使わせてもらう。
食材はサバイバル学習で採ってきた鹿肉のロース。まずは一般的なローストで仕上げる。
「ほう、これは良い肉だな。下処理がしっかりしていて臭みもない。多少鮮度が落ちてるみてぇだが、味は落ちてないな」
調理人として、食材の吟味に意識が向いているようだ。この食堂に限らず、調理人の良し悪しが出るのは、食材選びの部分が大きいからだ。
特に食堂など、大量の食材を扱う場合に、その選定眼が活きてくる。
そうして肉の旨さを理解してもらった上で、俺が下味を付けて調理したローストを提供した。
「ん? ちょっとスパイスをケチってるな。これだと満足感がイマイチに……」
表面に添加されたスパイスの量を視認して、不平を言いながら焼かれた物を口に入れる。
「ん……ん? ん……んん……!?」
食べながらその表情が変わっていく。まずはやはりといった納得顔、その後、引っかかるものを見つけた思案顔、ゆっくりと考えるように咀嚼を続け、やがて目を見開く驚きの顔。
「これはっ、スパイスを中に詰め込んでいたのか!? いや、そんな感触でもない、もっと肉から直に味が出てる様な、強烈ではないのに、食べていたいと思わされる……」
調理人は食材の吟味を大事にする。それは加工前の素材の味を知っているという事でもあった。なのでこの世界でも、まだ繊細な味覚を知っている人材でもあった。
スパイスでの強烈な味に慣れて、そればかりの人間、特に裕福な貴族などは特に味覚がバカになっている事が多いが、素材の味がわかる人には、食材から染み出す旨味が理解できるのではと考えていた。
「肉から染み出してくるが、肉の味じゃねぇ。それでいて不快な混合ではなく、肉本来の味を補足しているような……これは……なんだ?」
「僕が料理した肉、ですよ。それにこのソースを合わせてみると……」
今回は胡麻ダレを用意してみた。この世界では、香辛料が効いた料理が多いので、それとは真逆を目指して、甘めの味付けだ。
「何だこれは、甘い……だと。そんなの合うはずもない……はずなのに、なんだコレは。刺激のない貧相な味に思えるのに、肉と合わさって不思議な味に……決して、不味くはない。いや、もっと食べたいと思わせる……つまりは、これも旨い……のか?」
魔道具で調理されるスパイシーな食事に慣れきった調理人は、かなりの混乱を見せている。一口すると物足りないのだが、食べたくない訳ではない。自然と手が伸びる。結果、量としては胡麻ダレを絡めた肉の方が食べてしまっている。
そんな現象に戸惑いを隠せないでいた。
「これは……何だ?」
「料理ですよ。僕の故郷の調理法を使って行った料理です」
「な、何が違うんだ?」
「焼く前から味付けをする、まずはそれだけで味を補い、その後、焼いた後に違う味を乗せる事で、変化をもたらす感じです」
焼いてスパイスを振る、スパイスと一緒に煮込むといった調理は、この世界でもあって、その種類も豊富だ。
しかし、下味を付けるという概念と、ソースの概念が乏しかった。
もっと辺境の十分にスパイスがない地域だと、鮮度の落ちた食材を食べきるために、追加処理をして臭みを抜くとか、ソースで味をごまかしながら食べるといった事もある。
しかし、ちゃんとした食材をしっかりと調理できてしまう魔道具に頼った貴族寄りの生活をする者にとって、食事はいかに旨く焼くか、豊富なスパイスで嫌な部分を打ち消すかといった料理になっていた。
そのままでも十分に美味しい食材に、あえて手をいれるという事をしなくなっていた。それは魔道具がしっかりと調節して調理してくれる環境に慣れた結果でもある。
工夫するという考えが、廃れていったのだ。
「僕としては、こうした工程を今の調理用魔道具に加えられないか、研究をしてみたいと思うのですが、貴族の人に受け入れられないと普及はしない。貴族の人にも良くなったと思ってもらえる魔道具を開発したいんです」
「な、なるほど……確かに、貴族を巻き込まないと魔道具なんかは売れねぇ。しかし、強烈な味を好む貴族に、こうした噛んで味わうという料理はウケるかと言われると疑問だ。ソース部分に新たな味を追加するのはまだアリかもしれねぇ」
この世界にもデザートはあり、甘味もある。ただ料理として甘さを使うというのは、あまりされていない。
この辺、最初に調理用魔道具を作った人が、インド人ばりに上手くスパイスを使う人だったのかもしれない。
そのために、それがスタンダードになって、他の料理を駆逐していった……可能性はある。ジャンキーな味というのは、クセになる。
フライドポテトの塩味と炭酸飲料の甘味を交互に食べると止まらない的な、料理はしょっぱく、ワインなどで口を洗うようにしながら食べる。そんな食生活で埋められていったのかもしれない。
「まあ、やりたい事は分かった。料理の仕上げに使うソースに、新たな味を追加していくのをサポートしよう。まずは食堂の料理に、追加ソースという形で提供を始める……しかし、ソースを作る魔道具はないぞ?」
「そうです。そこを僕が作っていこうかと考えています」
「わかった。じゃあ、その魔道具ができたら、食堂で使う許可をだそう。それまでにソースの試食もやっていく」
「はい、よろしくお願いします」
食べさせる方法の根回しは済んだ。後は魔道具の作成に向けた準備なのだが……と、そこに待っていた連絡が入る。
『ボクに……何を求めているの?』
オールセンからのメッセージだった。




