初めての対戦
「そもそもこの順位は庶民が上位、貴族が下位に来ている。その理由は分かるかしら?」
「庶民の方が工夫しながら魔法を使ってるからでしょ」
「違うわ。下位の貴族が庶民を駆逐して、上位に上がっていく成功体験をさせる為ですわ!」
そんな斜め上の考えを示すメリッサに頭痛がしてくる。裏表のないケルンと仲良くなった事で、貴族への印象は悪くなかったのだが、この「己は悪くない」と脳内補完しちゃう思考は、まさに前世で思い描いていた貴族そのものだ。
特権をわがままできると解釈し、庶民への負担を当たり前に奉仕しろと言い放つような。
まさか担任もその辺が面倒で、生徒に処理を押し付けたとか言わないよな。
嫌な考えに背筋が寒くなる。
「えっと、対戦希望という事でよいな。では互いに学生証を提示して」
情報端末にインストールされている軍学校の学生証を表示させる。それを見せながら審判に尋ねた。
「場所はどうするんですか?」
「運動場や体育館、模擬戦施設などだな。今日は運動場が空いているから向かおう」
そう言って審判役の教員が魔道具を起動する。床に魔法陣が照射され、転移の術式が発現した。
特定のポイント間を繋ぐタイプの魔術具で、教室から運動場などへ移動が可能となる。
教員が持っているのはあくまで起動用の鍵で、術式自体は校舎自体に埋め込まれていて、魔力タンクから魔力を引き出して使用していた。
「対戦を行う両者と見学を希望するものは、魔法陣を通ってついてきてください」
手本を見せるように直径1mほどの魔法陣へと教員は足を踏み入れた。やがて下から照らされていた体がかき消える。
「それじゃ、お先……」
「私が先よっ」
魔法陣に入ろうとした俺を突き飛ばす様にして割り込んだメリッサが先に転移していった。転移に不慣れだと転移酔いする可能性があるから、早く転移した方が有利ではある。
それを知った上での割り込みかは分からないが、我が強そうなのは確かだ。
俺は一息の間を置いて、魔法陣に足を踏み入れる。しばらく下からの光に晒されて待ち、やがて転移が発動した。一瞬で眼の前の光景が変わるのは、違和感を感じそうだが、前世のVRなんかでも経験があったので転移酔いするほどの不快感はなかった。
俺はそのまま魔法陣を出て、次の者へと場所を空ける。転移事故を起こさないように、魔法陣に入れるのは1人だけで、2人以上が陣の中にいれば起動しないようになっていた。
陣の先に虫がいて融合してしまい、蝿人間になるような事もない。この辺りは魔法科学が進化する上で、しっかりと安全確認が行われている点だ。
俺が研究所からの脱出でやった様な行く先にブレが生じた場合でも、転移先にある物質と融合する様な事はほとんどなかった。精霊さんが清潔に保ってくれるのだろう。
貴族であれば転移慣れしているし、庶民でも帝国本星などでは転移移動が普及している。辺境からのお上りさんは、やや慣れない様子でフラフラとしているが、嘔吐するほどの酔いを見せる者はいなかった。
「両者、こちらへ」
「ええ、分かってるわ」
審判に向かって右手側にメリッサが移動したので、俺はそれに相対する形で審判の左手側に進む。
「勝敗は審判が戦闘不能と判断するか、本人がギブアップするかだ。1年のうちは魔法のみの対戦となる」
実戦では術式を発動させるまでの時間をどうやって稼ぐかも大事になってくるが、1年生のうちはそこまでやらせないらしい。
脳裏に術式に必要な記号を思い浮かべ、それに魔力を注いで形と成すにはそれなりに集中力がいる。かといって戦場でぼーっと突っ立っていればいい的だ。
基本的に移動しながら、高度になれば飛翔しながらでも術式を発動できるのが魔術師だ。
もちろん、それができなければ前線に出ずに研究職に収まるだけなのだが。
帝国軍で重宝されるエリート軍人は、魔術師ではなく、その時その時で最適な魔術具を選び出せる者だ。術式を起動するよりも早く、的確な装備を使えれば、魔術師よりも強い。
また新兵にしても術式を描き切るよりも、魔術具のトリガーを引くほうが早い。
汎用性と即応性で魔術具に魔術師は敵わない。
魔術師が勝る点としては、応用力だ。魔術具は刻まれた術式しか発動できないが、魔術師は脳裏の術式は魔道具の比ではなく多様性を持ち、その上で必要となればその場で新たな術式を生み出す事もできる。
なるほど、応用力を伸ばすには対戦が最も効率的なのかもしれない。
「では……始め!」
審判の声にメリッサは術式を起動し始める。担任に放った氷の槍を放つ術式だな。得意な術式なんだろう。
さて実力差を見せつけて勝つにはどうしたらいいかな。真正面から術式を打破するのはもちろんだが、その方法も大事だろう。
一番簡単な対処法は、炎の術式で溶かして無力化だが、元々炎の術式は威力が高く、氷に対しても有利な属性。これで打破したとしても、実力で上回ったとはみなされない。
技術で上回ったと見せながら打破するには、不利な属性で中和する。俺は水の術式を発動し、氷の槍を包んでいく。
本来なら水は氷に触れた所で凍りついてしまい、逆に相手の氷の槍を強化するような状況に陥る悪手。
しかし、流水に晒すことで水の温度が低下しきって固まるよりも早く、氷の槍を削っていく。水量と勢いを制御して見せる事で、技術力をアピールした。
氷を溶かしきった水流が、そのままメリッサへと向かう。防御結界を張って、直撃を免れるがその勢いを止めきる事はできずに押されていった。
そのまま防御結界を取り囲むように渦を巻き、一気に凍結させて出口のないカマクラを作り上げた。
「さて、溶かして出てこれるかな?」
防御結界の中なら、気温の低下も防げるはずたが、周囲の氷を溶かさなければ、動けないままだ。出口もないので、窒息しかねない状況だが、風の術式で呼吸は確保できるはず。
後は防御結界を維持しながら、氷を溶かせれば出てこれるはずだが、2つの術式をきっちりと動かさないといけないので、魔術師としての技術が足りないと、いつまでも出てこれないだろう。
そしてクラスでも下から数えた方が早いメリッサには、その技術が足りなかった様だ。
やがで防御結界を維持する魔力が尽きてしまう。そのまま凍死させるのはまずいので、即座に氷のカマクラを解除する。
両肩を抱いてガチガチと歯を打ち鳴らしながら震えるメリッサを見て、戦闘不能と判断し審判の教員が俺の勝利を告げる。
「わ、わわ、わたしは、まだ、たたたかえるわっ」
「相手が術式を解除してくれたからだね。しかももう魔力も残ってないでしょう」
「くっ」
教員に諭されてメリッサは敗北を認めた。俺としては下位と当たって、ノルマをこなせたなら上々。今日の戦いを見て、上位の者が躊躇してくれたら尚良しって所だな。
「タマイくんはまだ余力がありそうだけど……他に挑戦者はいないかね?」
この教員、連戦させる気か。見立通り余力十分ではあるが、連戦を続けられると面倒になってくる。その対策も取っておかないとダメなのだろうか。
「いないようだから、今日はここまでだね。解散」
教員の言葉に周囲で見ていた生徒達の輪が解けていく。大半の生徒は見ていたようだが、2番手のニックと3番手のリアの姿はなかった。
対戦に興味がないのか、下から狙われる立場だから早めに対策を立てようとしているのか。何にせよ、俺へ仕掛けて来ないなら助かる。
俺は残った生徒の視線を受けながら、運動場を後にした。




